5 眠り草
「ご無沙汰しております。マリアンヌ先生はご在宅でしょうか?」
茶葉店に馬車で到着したリリアンは、怪しい袋を持って、師匠であるマリアンヌ先生を訪ねた。
「奥の部屋においでです」
顔見知りの店員がにこやかにお辞儀をした。
「それでは、お邪魔いたします」
学園の制服を身につけたリリアンは、店の奥にあるマリアンヌ先生の家へと向かって行く。鈴を鳴らすと、マリアンヌ先生が扉を開けてくれた。
「まあお久しぶりね、リリアン」
「マリアンヌ先生、ご無沙汰しています。マリアンヌ先生に、見ていただきたい物があるのです」
「なにかしら?」
部屋の中に招かれて、テーブルに座る。
「お茶を淹れましょうか?」
「その前に、これを見ていただきたいのです」
お茶の缶を開けて、マリアンヌ先生の前に置くと、マリアンヌ先生は茶葉の入った缶を手に取り、まずにおいを嗅いで、白い紙の上に茶葉を出した。
「これは殿下のために出す生徒会室の棚の中にあった物です」
「この香りは眠り草の香りがしますね」
「はい。気づき、お茶は捨てましたが。やはり眠り草でしたか」
「他にも、下剤が入っていますね」
乾いた茶葉を指で触れてマリアンヌ先生は言った。
「触れてもよろしいでしょうか?」
紙に広げられた茶葉に触れていく。確かに下剤の茶葉も入っていた。乾燥した茶葉がわずかに大きく色合いも違っている。
「最近、眠り草を購入した者はいませんか?」
「眠り草は病院にしか降ろしていませんから、一般人に触れることはまずありませんが、闇市で買うことは可能でしょう」
闇市には、リリアンは行けない。齢16歳の少女が、そんな場所に足を踏み入れたら、リリアン自体が売り物にされてしまう。
「リリアン、闇市には行ってはいけませんよ」
「はい。マリアンヌ先生」
「殿下が狙われているなら、殿下の騎士団が動いてくださるでしょう」
「兄にお願いして棚に鍵をつけてもらえるよう手配はいたしました」
「リリアン、あまり危険なことはしないでちょうだいね。私の愛弟子が傷でも負ったら悲しいわ」
「気をつけます」
「この茶葉を預かっていただけますか?」
「わかりました。殿下の命を守るのも医療茶葉認定を受けた専門医の役目です」
リリアンは頷く。
マリアンヌ先生に弟子入りしたのは、6歳の頃だった。お茶が好きで、この茶葉店に出入りしていたリリアンは、マリアンヌによく懐き、茶葉について色々教わり、山へ入り毒草を見つけては、それを持ち帰り薬草にして、手で触れて、口に含み味を覚えていった。
マリアンヌ先生に推薦してもらい、医療茶葉認定の試験を受けたのは13歳の頃だった。
最年少で医療茶葉認定医に合格し、高校に通っているが、病院で勤めることもできるほどの腕前だ。
「庭で採れた新鮮なミントがあるの。ミントティーはいかが?」
「是非、いただきます」
マリアンヌ先生は妹ができたようだと喜んで、いつでもリリアンを招き入れてくれる。
高校を卒業したら、マリアンヌ先生のお店で働いてもいいと誘われている。
「パイを焼いたの。一緒にいかが?」
「いただきます」
「森でなったナッツを使って、アップルパイを作ってみたのよ」
オーブンから出てきた焼きたての香りがお腹を刺激する。
サクリと切り分け、マリアンヌ先生はミントティーに添えてくれた。
「とても美味しいです」
「そうね。私はこの焼きたてが最高に美味しいと思うのよ」
一晩寝かしたアップルパイが美味しいという人もいるが、この焼きたてを口にすると、やはり焼きたてが一番、美味しいような気がする。
「殿下とは仲良くしているの?」
「殿下には今、ガールフレンドがいますの。子爵令嬢なのに、殿下のことお名前で呼んでいますのよ。わたしはお名前で呼べないのに、とても悔しいですわ。あの子は恥じらいもなく、いつも殿下にべったりですの。・・・・・・わたしのことを呼び捨てで呼ぶし、わたしは使用人になったような気持ちにさせられています」
「あら。殿下は何を考えていらっしゃるのかしら?」
「殿下が、子爵令嬢のことを好きなら、わたしは婚約破棄されてもいいと思っていますの。わたしには自力で生きて行く資格もありますし、殿下に頼らなくても生きていけます」
「リリアンは強くなったのね。昔から我慢強かったけれど、辛くなったら、ここにいらっしゃい。話し相手にはなるわ。あなたは私が手塩にかけた可愛い弟子ですもの。妹も同然よ」
「・・・・・・マリアンヌ先生」
嬉しくて、リリアンはハンカチで目元を覆う。
「・・・・・・本当は毎日、悲しいのです。とても辛くて」
「そうでしょうとも」
マリアンヌ先生は優しく背中を撫でてくれる。
散々泣いて、涙が止まったら、またお茶を淹れてくれた。
「精神が落ち着くカモミールティーよ」
庭に出て、花を摘み新鮮なカモミールティーを淹れてくれた。
透明のポットの中で花が舞っている。
見て楽しめるお茶だ。
「そうだわ、ポットを透明なガラスにしましょう。カップも揃えて。そうしたら何か混ざっていてもすぐに見つけられそうです」
「そうね。でもあまり背負い込まないでね」
「はい、先生」
新鮮なカモミールティーをいただいて、お店に出て、買い物をしていく。新しいティーセットと紅茶を数種類見繕い、茶菓子も購入して、領収書を書いてもらう。
「またいらしてね」
「マリアンヌ先生、今日はありがとうございました」
馬車に乗り込むまで、マリアンヌ先生は見届け手を振ってくれた。




