7 呪い(2)
医師と神父が呼ばれ、リリアンの体は沈黙している。
父がリリアンの熱い体に触れる。
「触るな」
アウローラの声がする。リリアンは眠ってしまったのだろうか?
神父がリリアンに聖水をかけると、リリアンの体が痙攣を起こす。
「やめろ」
神父は祈りを唱えながら、リリアンの体の聖水をかけ続けている。
「やめろ」
アウローラは、苦しげな声をあげる。
「アウローラ、この体はわたしのものよ。出て行って」
「この体でもいい。そうね、私の漆黒の髪より、アメジストの髪の方が確かに美しいわ」
「アウローラの髪も瞳も美しかったわ。ただわたしと相性が悪かっただけよ」
リリアンは長老の部屋にいた。
アウローラは、長老の椅子に座り、ぬいぐるみを抱いている。
いろんな布を組み合わせて作られた、古びたぬいぐるみだ。
「相性は悪かったわね。私が入っただけで、この高熱。早く眠って一生起きないで」
「嫌よ。この体はわたしの体よ」
「死んで改めて思ったの。私はシェル様が大好きでした。でもシェル様はリリアンを愛している。この体でもいいわ。シェル様に愛されたい」
「他人の体で満たされるの?」
リリアンは長老の家の中を歩きながら、答えている。
金の置物に、宝石でできた猫が輝いている。
二つ並んだベッドには、生きていた時の痕跡がまだ残っている。
テーブルの上に、紙があり魔方陣が描かれていた。
その魔方陣が輝いていた。それに触れると、指が焼けるように痛かった。
「それは触っては駄目よ」
「これを破ったら、アウローラは、消えたりして?」
「やってみなさい。この体を壊すわ」
アウローラは、言葉を発するけれど、長老の椅子から動かない。
動かないのではなくて、動けないのではないのかと、リリアンは思った。
『それを破きなさい。依り代はぬいぐるみ』
長老の声がした。
リリアンは紙を取ると、それを引き裂いた。
アウローラの体がパッと弾けて、細かな光が天上に舞い上がっていった。
「よくもやってくれたわね」
アウローラが抱きかかえていたぬいぐるみが、動いている。
アウローラの声が小さくなっていく。
「ねえ、リリアン、あなたはシェル様の事好きなの?」
「お慕いしているわ」
「悔しいわ」
「・・・・・・アウローラ」
細かな光が消えていく。
部屋にはアウローラが抱えていたぬいぐるみが落ちた。
リリアンは目を開けた。
「リリアン!」
両親や兄、殿下もリリアンを覗き込んでいた。
「長老の家に」
リリアンが起き上がろうとするが、倒れ込んでしまう。
「殿下、アウローラは、呪いを残していたの。それを消さないと。コンコンコン」
激しく咳き込む。
見えない手が首を絞めてくる。
「何をすればいい?」
「テーブルに魔方陣が。ぬいぐるみを依り代に。いろんな布で縫われたぬいぐるみ。それを燃やして」
「僕が行ってくる」
「殿下が危険よ。アウローラは、殿下を好きだから」
シェル殿下の瞳がリリアンを見つめる。強い意思を感じる。
「僕は自分の好きな相手は自分で決める」
殿下は走り出した。その後を兄が追いかける。
神父も後を追った。
空は晴天だったのに、長老の家に着いた頃、空は雪雲になっていた。
薄暗い道を歩き、長老の家を開ける。
部屋の中はひんやりとしている。
「殿下、少しお下がりください」
殿下の護衛の騎士が先に部屋に入っていく。
「グラナード、ここはこんなに華やかな物が置かれていたか?」
「アウローラが、木の葉で買って集めたのでしょう」
長老の椅子の前に、いろんな布作られたぬいぐるみが落ちていた。それを横目で見ながら、テーブルの上を見る。テーブルの上には、リリアンが言ったように、魔方陣が描かれていた紙があった。
「これを燃やすのだな」
神父がぬいぐるみに聖水をかけると、ぬいぐるみが動いた。苦しそうにもがいている。
騎士がそのぬいぐるみを切り捨てた。切られて綿が出ても手足を動かしている。
「家ごと燃やそう」
「はっ」
騎士が馬車に走って、オイルとマッチを持って戻ってくる。
「殿下、こちらです」
「ありがとう」
オイルを受け取ると、魔方陣の描かれた紙とテーブルに垂らし、ぬいぐるみにもかける。
「火を付けます」
騎士が火を放った。
テーブルに火を放ち、ぬいぐるみにも火を放つと、ぬいぐるみはもがき、テーブルの魔方陣が光を放つ。
「火の回りが早いので、殿下は急いで家から出てください」
騎士も神父もグラナードも外に出た。
「殿下は?」
外に出て、グラナードは声をあげた。
「アウローラ、その手を離せ」
「シェル様、アウローラに会いに来てくださったのですね」
「アウローラを殺しに来た」
凍えるような冷たい手が、シェルの腕を掴んでいる。
シェルは振り返り、腰につけている剣を抜くと、躊躇わずアウローラに切りつけた。
「酷いです。いきなり切りつけるなんて」
アウローラの腕が床に落ちた。
「人を操るために魔術を使わず、長老のように人のために使えば、まだ子爵でいられたのに、愚かなアウローラ」
「私が悪いのですか?」
「死んでも、まだ呪い続ける執念は気持ちが悪い」
シェルは、アウローラに更に切りつける。
「シェル様、痛いです」
「天に昇れ。ここは生者の世界だ。自分の愚かな罪を償ってくるといい」
最後は聖水をかけた。
「シェル様!」
アウローラの体は溶け始めた。
「来世では、シェル様と仲良くなりたいです」
溶けて、火で蒸発していく。
「来世でも僕はリリアンを選ぶだろう」
もう声はしなくなった。
シェルは急いで外に出た。




