3 好きだけど好きになりません
お昼放課はシェル殿下に、お茶を淹れて差し上げる習慣になっているから、リリアンは生徒会室に向かった。
ノックをすると兄が扉を開けてくれた。
「リリアン、待っていたよ」
シェル殿下のすぐ隣に、アウローラが甘えるように腕を絡めて座っている。
(はぁ?)
あまりに衝撃的な場面を目にして、リリアンは兄の腕に掴まった。
「あれは、なんなのかしら?」
「ずっと入り浸っているんだよ」
「殿下はお許しになっていらっしゃるのね?」
兄が苦笑した。
肯定の苦笑だ。
「すぐにお茶をお淹れします」
普通の紅茶を淹れて、戸棚の中に入れられた茶菓子を添える。
「リリアン、私のも淹れてちょうだい」
(はぁ?)
なんで呼び捨てにされなくてならないの?名前を呼び合う仲でもないのに。あなたは子爵の子でしょうに、公爵令嬢のわたしに命令をするのは、無礼ではないかしら?
それに、なんであんたのために、わたしがお茶を淹れなくてはならないの?
頭に血が上るが、一度深呼吸をして、首に触れる。
・・・・・・斬首刑は嫌よ。
自分の頭が転がる場面を想像して、体に震えが走る。
彼女と喧嘩して、わたしは嫉妬しまくりアウローラに嫌がらせを始めたんだったわ。
殿下がアウローラを気に入っているのなら、どうぞアウローラを選んでくださいまし。
礼儀正しく、お茶を三つ淹れて、リリアンは殿下の前にまず置き、次に兄の前に置いた。本当は置きたくはないけれど、アウローラの前にもお茶を置いた。茶菓子までつけて。
「リリアンは飲まないのか?」
「ええ、殿下。今日は遠慮しておきます。食器は後から片付けに参ります」
リリアンは頭を下げて、部屋を出て行った。
なんて、悔しいんでしょう。どうして彼女が殿下の腕に腕を絡めているの?
婚約者はわたしなのに。
廊下をとぼとぼ歩いていると、背後から兄が走ってきた。
「リリアンどこか具合でも悪いのか?」
「お兄様、わたしは殿下と婚約しているのでしたよね?」
「生まれた瞬間にリリアンは、シェル殿下の許嫁だろう。忘れたのか?」
「それなら、どうして殿下は、アウローラを隣に置き、腕を絡ませていらっしゃるの?」
「それは僕にもわからないんだ。いつの間にか仲良くなられて、いつの間にか入り浸るようになったんだ」
「殿下はアウローラのことを好きなのでしょうか?」
「それはないと思うけど、今もリリアンの体調を気になさって、見てきて欲しいとおっしゃっていたのだから」
「・・・・・・そうですか?」
リリアンは俯いて、兄の前から離れていく。
「わたし、アウローラがいるなら殿下のそばにはいられません。子爵の者に命令されるのも、名前を呼び捨てにされるのも屈辱的ですから」
「リリアン・・・・・・」
早足で廊下を綺麗に歩きながら、リリアンは生徒会室から離れていく。学舎の外に出て、温室に入って行く。
学園の温室には、茶葉になるハーブも生けられていて、その香りを嗅ぐと気持ちが安らぐ。
嫌なことがあったときのリリアンの避難場所だ。この温室の奥にもテーブルが置かれている。
ハーブを何種類か摘むとリリアンは、携帯用のコンロでお湯を沸かしハーブティーを淹れて、一人でお茶を飲む。
殿下の気持ちがわからない。
わたしも昔のようにシェルと呼んでみたいのに、アウローラには呼ばせている。わたしはアウローラの下女ではないわ。