1 アウローラの最後
ツールスハイト公爵の家は、また騒がしくなった。戦の時に集まる公爵家の騎士団も出され、殿下の騎士団も動かされている。
シェル殿下は、リリアンの家にいた。
未来にリリアンを殺したという自分が恐ろしく、大好きなリリアンを裏切ったことにショックを受けていた。長老は、シェル殿下に、やり直す機会ができたのですと告げた。
誰にも操られていない今の自分の気持ちを大切にしてくださいと、長老は、シェルとリリアン、リリアンの兄にアウローラの呪いを受けないまじないを行った。
それでも、殿下はリリアンを悲しませた自分が許せずに、リリアンに寄り添っている。
「わたしは怒ってはいないわ。愚かな自分の行いを悔やんだけれど」
「それでもリリアンを愛しているのに、ずっと苦しめた」
リリアンは微笑んで、手に触れている殿下の手を握りしめた。
「それほど想われていながら、わたしは殿下を信じられなかったのでしょう。呪われていたとはいえ、殿下に剣を向けたのは、紛れもなくわたしなのです」
「リリアンをそれほど追い詰めたのは僕だ。今度は絶対にリリアンを守るよ」
「ありがとうございます」
「あっ」
応接室で話しているとき、殿下が声を上げた。
「どうかなさいましたか?」
リリアンは殿下を見つめる。
「静電気が耳元で起きたような衝撃があった」
「アウローラがしているのだろう」と長老が言った。
「あっ」
「きゃ」
殿下が肩をすくめると、リリアンも耳を押さえて、頭を抱える。
「手当たり次第か?あの子は今、どこにいるのか?」
リリアンの体を殿下は抱きしめる。
「もう平気よ」
長老が「アウローラか?」と声を出した。
「どうかしましたか?」
「魔術をかけてきた。私には効かぬが」
長老は、再び殿下とリリアン、リリアンの兄にまじないを行った。
そっと殿下の胸を押し、リリアンは殿下から離れた。
「お婆さまがいらしてくれて、助かりました」
「孫が仕掛けていることだ。本当に申し訳ない」
「気分転換にお茶でも淹れましょうか?」
リリアンは席を立つと、応接室を出て行った。
屋敷の中にも騎士たちがいる。
美味しい茶葉を取りに自分の部屋に戻ると、モリーとメリーが窓の外を見ていた。
「お嬢様、どのような様子でしょうか?」
「殿下がいらしているので、よけいに騎士団が増えているのよ。お客様をお預かりすることになったので、そのための騎士団よ」
「そうでございますか。戦争でも起きたのかと心配しておりました」
「ある意味、戦争かもしれませんね。魔術を行う少女が、わたしや殿下に魔術をかけていたのですから」
「まあ。お嬢様はご無事ですか?」
「ええ、いつも様子を伺っているお婆さまが、長老だったのです。魔術を解いていただきました」
「それはよかったですわ」
「まだ、少女は捕まっていないので、窓の近くは危ないかもしれないですよ」
モリーとマリーは急いで窓辺から離れた。
「追われている身なので、誰にでも魔術をかけるかもしれませんから」
「窓辺には寄りません」
「脅かしてしまって、ごめんなさい。でも、少しでも安心したいの。モリーとメリーに何かあったら、わたしはとても悲しいですから」
「ええ。ご心配をかけないように、部屋の奥におりますね」
「ありがとう」
リリアンは茶棚からお茶道具を出すとトレーに載せる。
「お手伝いをいたしますね」
「お願いします」
綺麗な器を出して、トレーに出していく。
「熱湯を湧かして参りますね」
「メリーありがとう。応接室にお願いします」
メリーは先に部屋を出て行った。
「茶菓子もあった方がいいですね」
「ありましたらお願いします」
新しい茶葉を出して、リリアンはモリーと応接室に戻っていった。
夜になって辺りが暗くなった。
「殿下はお泊まりになりますか?」
兄が殿下に聞いた。
「ああ、嫌な予感がしてならないんだ」
「殿下は、もう魔術がかかっていませんよ」
リリアンは殿下を見上げて、笑顔を見せる。
「今夜は泊めてもらいたい」
「我が家はいつでも殿下をお迎えできるように準備はしています」
「グラナード、いつもすまない」
「気持ちが落ち着く、お茶を淹れましょう」
老婆は食事の後、部屋に戻り眠った。
「お花を摘んできます」
殿下と兄に告げて、部屋を出て行った。
マリアンヌ先生が株分けしてくれたカモミールの花を摘みに庭に出た。
「リリアンお嬢様、外は危険ですよ」
騎士の一人が声をかけてきた。
「お花を摘んだら、すぐに戻りますね」
愛らしい笑顔を見た騎士は、頬を染めて「早めにお戻りください」と告げた。
ガラスのポットに花を摘んで入れていく。
「これくらいかな?」
そのとき、背後から何かで打たれて、ポットを落とし、リリアンは倒れた。
リリアンと話をしていた騎士が、すぐに気づき、笛を吹く。
「お嬢様」
華奢な体を抱き上げ、屋敷の方へと走り出そうとしたとき、兄のグラナードと殿下が出てきた。
「何事だ」
「グラナード様、お嬢様をお願いします」
兄は騎士からリリアンを預かり、殿下と共に家に戻る。
騎士が剣を抜き、走って行く。
アウローラは、頭を抱えていた。
上手くいったかと思ったが、シェルの剣を見たら鞘から剣が抜かれていない。
「シェル、剣は鞘から抜いて使うのよ」
「知らなかった」
先に教えておくべき事だった。この子はまだ幼児と歳は変わらない。
知らなくて当然だった。
「私が悪かったわ。最初に教えておかなかった私が悪いのよ」
素早く身を隠したアウローラとシェルは、騎士の間を歩いて屋敷の中に足を踏み入れた。
その瞬間、体が跳ね返り屋敷の外に弾き飛ばされた。
姿を消していた魔術は消え、二人で地面に尻餅をついていた。
「捕らえよ」
「その二人を捕らえよ」
アウローラは、縄で体中を巻かれ、シェルも同じように縄で縛られた。
家の中から長老が出てきた。
「愚かな孫よ。罪を償いなさい。ザクリナーニネ子爵の名は返上した。ただのアウローラに戻った。その身は悪事を働いた罪人だ」
「このくそばばあ」
「我が一族の恥だ。情けない」
長老はシェルの額に指で触れた。するとシェル殿下と同じ姿だった子は、二歳半の子の姿に戻り、ロープは緩み、小さな体に剣が握られていた。
「戻せ。この姿は僕ではない。僕はシェル殿下だ」
小さなシェルは、今度は鞘を抜き、剣を振り回す。その剣がアウローラの胸に刺さったが、それに気付かず、剣を抜き、騎士に飛びかかっていく。
「シェル」
アウローラは、幼い我が子の姿を見て、微笑んだ。
「なんて凜々しいのでしょう」
長老が魔術で、幼子の動きを閉じ込めた。
グラナードとグラナードに抱き上げられたリリアンは意識を取り戻した。外で起きている騒ぎに目を見開いた。シェル殿下は、目を覚ましたリリアンの手を握り、その様子を見ていた。
「この子は魔術を使う。手加減せずに手も目も口も塞ぎ拘束してください」
長老は騎士に指示を出した。
王宮に送還されたアウローラとアウローラの子は、厳重な牢にそれぞれ入れられた。
「アウローラ、アウローラ、アウローラ・・・」
幼子は母の名を呼び続けている
声は出ないはずなのに、頭の中にその音が響く。
アウローラは、目を閉じて眠っている。足は腐り、腐臭がする。
背中を剣で突かれたリリアンは、痛みを我慢しながら、兄とシェル殿下と牢の様子を見ていた。
「アウローラの足は、腐っていますね。治療をしなくは死んでしまいます」
目と口と手と体を塞がれた二人は、声は出せない。
芋虫のように、牢屋に転がっている。
国王はこの二人に斬首刑を命じた。
芋虫のように拘束されたまま、首を落とされた。
拘束された村人も同罪とされた。
たくさんの首が落とされて、長老も「どうぞ殺してください」と申し出たが、転生を恐れた国王は長老を家に戻した。
たくさんの屍は村に連れて行かれ、焼かれた。
アウローラとその子は、普通の火では燃えずに残った。それを見た長老は魔術を使い、灰も残さずに燃やした。




