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2   殿下がお見舞いに来てくれました

 

 久しぶりのお風呂は気持ちがいい。湯船にゆったり浸かって、固定されていた足首を動かしてみる。

 うん、痛くない。

 あれほど、痛かったのに、今は少しも痛くはない。

 ふと目の前に過ぎった老人は、アウローラの祖母だと言っていた。

 もしかしたら、助けていただいたのかしら?

 定期的に老婆の家に通っているわたしは、老婆とアウローラとは、別人だと考えている。


 老婆は、家族とは住んでいない。森の奥に付き人と共に住んでいる。長老だと言ったが、扱いは、一族から追い出されているように見えた。集落から離れた山に家があり、初めて出会った頃は、酷い咳をしていた。


 アウローラの実家を訪ねて、迷った時に見つけたのが、その老婆の家だった。アウローラに嫌がらせをするつもりだった気持ちも忘れ、老婆の治療に力を注いだ。

 わたしは医師だ。弱った人を捨てておくことはできなかった。

 粗末な服を身につけ、病院にもかかれずにいるのだろう。

 わたしは日頃から、ボランティアで診察し薬を作り、貧しい人に薬を与えていた。

 だから、わたしがその老婆に手を差し出したのは、ごく普通のことだった。

 具合が落ち着くまで、連日通い、薬の淹れ方を付き人に教えて、肺の病気が治った頃から、滋養の薬を定期的に持って行っている。

 そろそろ様子を診にいかなければと、お風呂に入りながら思う。


 髪を洗ってもらいながら、頭のマッサージをしてもらい、わたしは気持ち良すぎて、幸せな気持ちになる。

 モリーもメリーも楽しそうだ。


「さあ、お嬢様、洗い流しますよ。お熱を出していたので長湯はよくありません」

「そうね」


 綺麗に流されて、香油で磨かれて、体がしっとりとして香りも良く、気持ちがいい。

 手を引かれながら、ゆっくり歩き、ソファーに座る。

 メリーが髪を拭き、櫛で梳かしてくれる。


「シーツを替えますね。お熱を出していたので、汗もかかれていたでしょう」

「お願いするわ。秋祭りの日は、少し暑くて。その日からずっとお風呂に入りたかったの」

「よく頑張りましたわ、お嬢様」


 モリーが褒めてくれる。

 ネグリジェにガウンを身につけたわたしは、明るいアメジストの髪を下ろして、テーブルの上に置かれたお湯の入ったポットを引き寄せると、お茶を淹れるためのポットに新緑の茶葉を淹れて、お茶を淹れる。少しぬるめで淹れたかったので、カップは温めなかった。

 時間を見て、カップに注ぐと、いい香りがする。

 新緑の茶葉は芽吹いたばかり葉を摘み作られる。その時期にしか飲めない贅沢なお茶だ。

 カップに口をつけたとき、扉がノックされた。


「リリアン」


 兄の声だ。メリーが扉を開けた。


「足が治ったと聞いたが」

「ええ、とても不思議なことが起きたの。目の前で腫れた足が元に戻っていったのよ。マリアンヌ先生も驚いて見ていたわ」

「歩けるのか?」

「はい」


 カップをテーブルに置くと、わたしはゆっくり立ち上がり、部屋の中を歩く。扉の前まで歩くと、兄の後ろに、殿下がいた。


「殿下。こんな姿で申し訳ございません」

「歩ける姿を見て安心した。どんな奇跡でもいい。治ってくれて嬉しい」


 わたしは微笑んで、二人を部屋に招いた。

 モリーが新しい茶器を出してきてくれた。

 今度はカップを温め、茶葉は3人分入れて、お茶を蒸らす。


「茶菓子はありませんが」

「リリアンにお茶を淹れてもらえるとは思っていなかった」

「ええ、つい先ほど、痛みが消えるまで、痛みにうなっておりました」


 わたしは、カップにお茶を注いだ。

 お茶の甘い香りが部屋に広がる。


「どうぞ、召し上がってください。新緑のお茶です」

「ありがとう」

「久しぶりだ」


 兄と殿下はわたしの横に並んで座っている。殿下が真ん中にいる。

 白いネグリジェ姿を男性に見せるのは淑女としては恥ずかしいことだが、ガウンを身につけているので、ギリギリセーフだろう。お見舞いだし・・・・・・。


「やはりリリアンのお茶は美味しいな」

「ありがとうございます」

「アウローラは、どうなりましたか?」

「逃げた」

「・・・・・・あら」


 殿下の言葉に、わたしは驚いた。

 牢獄や王宮には騎士がたくさんいるのに、どのように逃げたのだろう?


「魔術を使われては、捕らえるのは難しいだろう」


 兄が驚いた顔のわたしに教えてくれた。

 確かに魔術を使って逃げたのなら、どんなに騎士達がいても逃げられてしまうかもしれない。


「僕にそっくりの子が、アウローラとの子と言われて、正直、恐ろしい。すべて魔術だと言われても、納得できない。アウローラに実際、操られているからな」


 殿下は疲れた顔をしていた。


「わたし、アウローラのお婆さまと知り合いなのです。お体を壊していらした時に、お薬を作って差し上げたの。それ以来、時々様子を診に出かけているのです。アウローラの事を聞いてみましょうか?」

「是非、一緒に行かせてもらえるか?」


 殿下が身を乗り出した。


「ええ。いつがよろしいですか?」

「早いほうがいい。僕そっくりな子は、魔法で攻撃してくる。護衛に騎士団も動くことになるが」

「殿下にそっくりな子ですか?」

「ああ、実に瓜二つだ」


 兄が感心したように口にした。


「僕とアウローラとの子だと言っている。魔術で操られたようだ」

「殿下の子ですか?」

「僕は信じてはいないが・・・・・・」

「どこまでアウローラの言葉を信じていいのかわからないのだ」


 兄が苦悩している殿下に代わり、会話を閉じた。


「それなら、明日、向かいましょうか?」

「お嬢様、先ほどまで熱があったのですから、無理をなさってはいけません」

「モリー、ありがとう。もう、本当にどこも悪くないのよ?」

「そうでございますか?」


 モリーは心配そうな顔をしていた。

 先ほどまでうなっていたのだから、仕方がない。


「今夜は休みます。明日、迎えに来てください」

「ああ、そうだな。夜に伺ってすまない」


 殿下は頬を染めている。


「リリアン、無理はするな」

「はい。お兄様」


 二人は部屋から出て行った。


「お嬢様、お食事を持って参りますね」

「ダイニングまで歩けるわ」

「今日はお部屋で召し上がってください」


 いつの間にかメリーの姿がない。


「滋養の薬の予備はあったかしら?」


 机の引き出しから鍵を取り出すと、モリーが、「お嬢様」と声を低めた。


「わかったわ。今日はおとなしくしています。お薬は明日の朝、調合します」


 メリーが部屋に入ってきた。

 トレーに食事を載せて、ワゴンを押してくる。


「さあ、お食事を召し上がってください。しばらく食べていなかったので、消化のいい物を作ってもらいました」

「そうね、マリアンヌ先生のケーキしか食べてなかったわね」


 テーブルの上は素早く茶器が片付けられ、料理が並べられた。


「いただきます」


 リリアンは久しぶりにシェフの料理を食べた。


「美味しいわ」


 食事を食べ終えると、あくびが止まらなくなり、眠る準備を急いでベッドに入った。

 リリアンはすぐに眠ってしまった。


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