2 秋祭り(1)
美しいアメジストの髪を結い上げ、殿下からの贈り物のドレスを身につける。
使ってある素材が違うのかしら?軽くて着心地もいい。柔らかいシルクに可愛らしいレースは砂糖菓子のように繊細で、無理に引っ張ったら破いてしまいそうだ。デザインもお洒落だ。高価なパールを使ったドレスは、ビーズを使ったドレスより色合いが上品に仕上がっている。シルクのスカートに重ねられるように、透けるほどの薄いレースにダイアのように光るビーズが細かくつけられていて、その美しさに、さすがのわたしも、殿下の心遣いと愛情を受け取った気がした。
宝石は控えめにパールで統一した。ネックレスと髪飾りをパールで作ってもらい、それを身につけている。
宝石のつけられた靴を履き、兄がわたしの手を引く。
「お姫様、お手をどうぞ」
「お兄様、恥ずかしいわ」
「殿下も喜ばれるだろう。これほど似合っていれば」
「喜んでいただけたら嬉しいわ」
強がってみても、齢16歳だ。美しい物は美しいし。綺麗に飾られれば嬉しくもなる。
年相応の顔立ちに、いつもはあまり見られない笑顔が浮かんでくる。
馬車で学園に着くと、ダンスホールに足を運ぶ。
「殿下はセンスがいいのだな。僕も女性にドレスを贈るときは、自分でデザインした物を贈ってみたいな」
「お兄様、センスは磨くものですわ。わたしのドレスで練習をしてみては如何でしょうか?」
「そう言えば、母上がリリアンの洋服を新調しようと言っておられたな?」
「ええ、少し身長が伸びましたので。もう少し大人っぽい物を着てはどうかと言われました。家の中なら、どんな服でも気になりませんが・・・・・・」
「年相応な物がいいだろう。リリアンは美しいのだから」
リリアンの頬が赤く染まる。
「お兄様も身長が伸びましたね?最近では見上げなくてはならなくなりました」
「それを言うなら、殿下も同じだ。僕と身長は変わらない」
「・・・・・・そうですね」
ダンスホールに入っていくと、シャンデリアはないものの、いつも以上に明るいホールになっている。
「リリアン、少し待っていてくれるか?殿下を呼びに行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
さあ、どこにいましょうか。いつも制服を着た生徒が、皆、ドレスを身につけて、「ごきげんよう」と声をかけている。
わたしには仲のいい友達はいない。一人でいることに慣れているので、寂しいと思ったことはないが、こんなパーティーの時は、一緒にいる者がいなくて寂しく思う。殿下から贈り物をもらわなければ、パーティーは欠席のつもりだった。
立食パーティーになっていたので、お皿を持つと、食事をお皿に載せていく。
コルセットで締め上げているので、そんなに食べられない。
後で苦しくなるだけだ。
軽く食事を摂って、飲み物置き場に足を運んだ。
葡萄ジュースは駄目よ。今のわたしは彼女にかけるつもりはないけれど、念には念を入れて、リンゴジュースを手に取る。オレンジジュースも色がつくし、コーヒーは嫌いよ。紅茶は自分で淹れた方が断然美味しいから・・・・・・。
誰も座っていないテーブルを見つけて、お皿とジュースを置き、椅子に座った。
誰とも目が合わないように、会場に背を向けて座って、食べ始める。
生徒会長が殿下だからなのか、生徒会主催のダンスパーティーの料理は美味しい。
ドレスを汚さないように、サンドイッチのみを取り、空腹を紛らわす。リンゴジュースをゆっくり飲み、兄を待つ。従者が通ったので、お皿を片付けてもらう。
リンゴジュースがなくなっても兄は戻ってこない。
わたしは立ち上がり、グラスを従者に渡すと、会場内を歩き始めた。
「お兄様、どこかしら?」
会場の入り口に人が集まっている。
自然と足がそちらに向かう。
殿下、何をなさっているの?
兄が人払いをしている。
そこにいるのは、殿下とアウローラだった。
ただ立っているのではなく、パートナーのように腕を絡めている。
「はあ?」
わたしの好きな気持ちを一瞬で破裂させた。
パートナーはわたしではなかったの?
「お兄様、これはどういうことですか?」と前に出たとき、彼女のドレスに目が行った。
「殿下、何故、同じドレスをわたしに贈ったのですか?」
「あら、偶然ね。これはシェル様からいただいたドレスよ」
アウローラはクスクスと笑っている。
「リリアン、これは違うんだ。僕がデザインしたドレスは君にしか贈ってはいない」
「では、どうして同じドレスなのですか?」
リリアンは両手を握りしめた。
怒っては駄目。
そっと首に触れて怒りの感情を鎮める。
「お兄様、先に帰ります」
わたしは、くるりと体の向きを変えて足を前に出した。そのとき、たまたま歩いていた従者とぶつかりそうになった。衝突を避けた従者は足を滑らせ転んだ。
ガシャンとガラスの割れる音と男性が倒れた音が響いた。
「なんてことをするの?このクズ、のろま、ばか!このドレスどうしてくれるのよ」
わたしは振り向いた。綺麗なドレスの全面に葡萄ジュースを浴びていた。
「リリアンが足を引っかけたから。葡萄ジュースが飛んできてかかったんだわ」
「すみません。足は引っかけられていません。わたくしが転びました」
従者がひれ伏している。
「すみませんじゃないわよ。ドレスはタダじゃないのよ」
ガラスが割れて危ないわ。
他の従者も集まってきて、片付けが始まる。
「アウローラ、止めなさい。これは事故だ。生徒会費からドレス分を払い戻そう」
「そういう問題じゃないわ。このドレスは1枚しかないのよ。シェル様がくださったものですよね?」
「僕はアウローラには、贈っていない」
「そんなことはないわ。これが証拠よ」
アウローラは送り状を見せた。
「シェル様のお名前が書かれています」
「贈った覚えはない」
わたしは不毛な言い合いを始めた二人から離れていく。
来なければ良かった。同じドレスを見るなんて気持ちが悪い。
「リリアンが足を引っかけたから、葡萄ジュースがかかったのよ」
アウローラは叫び続ける。
「いい加減にしないか、アウローラ。リリアンは関係ない」
わたしは馬車に急ぐ。馬車に乗って扉が閉じたとき、扉をノックされ、扉が開かれる。
「お兄様?」
「僕だ、シェルだ」
「・・・・・・殿下」
「ダンスを踊って欲しい。今日のリリアンはいつもに増して美しい」
「お断ります。今日は帰ります」
「リリアン、ドレスはリリアンにしか贈ってはいない。信じて欲しい」
「それならどうして同じドレスを彼女が着ていたの?」
殿下は白いタキシードを着ていた。襟元に一粒の真珠をつけていた。
まるでお揃いのドレスのように見えた。
「さあ、リリアン、お願いだ。今日のために準備をしてきた」
差し出された手を握れない。
「僕は贈り物を贈るときは、従者を使う。宅配便を使ったことはない」
「それは、誠ですか?」
「それほど疑うのならば、次からは直々に持っていこう」
殿下は手を伸ばすと、リリアンを抱き上げて馬車から降ろした。
「パーティー会場には戻りたくはありません」
「それなら、こちらにおいで」
殿下の手が、わたしの手を掴んでいる。
池が見える庭園には誰もいない。所々にガス燈が灯り、パーティー会場から演奏の音が聞こえる。
「ここならいいだろう?」
「アウローラはどうしたのですか?」
「女子役員が更衣室に連れて行った。代わりのドレスを着るだろう。同じドレスはなくなった。リリアンのためにデザインしたドレスだ。よく見たい」
手を重ねられ、音楽に合わせながらダンスを踊った。
「こんな暗闇では見えませんわ」
「そのドレスは、僕のタキシードとペアだ。同じ真珠を使っている。真珠を見れば、本物かどうかは判断できる。ドレスは調べるために預かった。生徒会室にも魔方陣があったと聞いた。僕はいつからアウローラを生徒会室に招いたのか覚えていない。名前を呼ぶことも許してはいない。グラナードから教えてもらった。今、アウローラの家系も探っている。どうか僕を信じて欲しい」
「・・・・・・殿下」
「リリアンには名前を呼ぶことを許したが」
「いいえ、殿下でいいのです。あまり期待を持たせないでください」
一曲踊り終え、礼をする。
「パーティー会場に行こう。僕がエスコートする」
「・・・・・・はい」
今度は手を繋いで、歩いて行く。
繋いだ手は温かく、大きな手だ。
子供頃に繋いだ手とは、ずいぶん大きさが違うけれど、温かは同じだった。
これはどういう事でしょう。
全部、都合良く動いています。
前世では、葡萄ジュースを頭からかけたのは、紛れもなくわたしだ。見ていた殿下が怒って罵られた。同じドレスも存在していなかった。
どんな展開になっていくのでしょうか?どこかに落とし穴が開いてそうで、とても怖い。
もう首を落とされるのは嫌なの。
あんな惨めな最後は、迎えたくはない。
婚約破棄されてもいいから、平穏な人生を送りたいの。




