婚約破棄と言われてもそもそも性別が違います!
※悪役令嬢自体は出てきません。
※ざまぁより勘違い寄りです。
※恋愛要素薄めです。
※その時のテンションで書いてます。それでもいいよ!と言う方だけどうぞ!
「ジュリア・スカーレット!お前のアンナに対する悪事の数々にはもうウンザリだ!この婚約は破棄させてもらう!」
学園の食堂で、劇団員の様に高らかに宣言してみせた制服である黒いローブに所属する学科のエンブレムの縫われたオレンジのネクタイをした黒髪の青年と、その横で怯えた表情で青年のローブを握る同じくオレンジのネクタイをした白い髪の少女。
一方、宣言された紫のネクタイをした金髪の少年ローランは突如目の前に現れた二人に意味が分からず、スプーンでスープを食べようとした体勢のまま二人を見上げていた。
わざわざ違う学科の寮生のテーブルで身に憶えのない罪状とやらを喚く見ず知らずの男女にローランは首を傾げる。
確かに彼はスカーレットの姓だが彼は男であり、ジュリアと言うのは彼の4つ歳の離れた姉の名前だ。
しかも姉はとっくに卒業して長年婚約していた同級生と恋愛結婚して幸せに暮らしている。
ローランは姉と同じ金髪碧眼に、可愛らしい顔立ちと160cmの小柄な身長のせいで少女によく間違われ、姉や母に着せ替え人形にされまくった苦い過去から、(ローブを着ていて体格が分からない事もあり)彼らが自分と姉を間違えているのは百歩譲って飲み込んだ。
しかし、何故(入れ替わり入学だった為)会った事も無いはずの姉上を見ず知らずの他人にしてもいない婚約を破棄された上にボロカスに言われなければならないのか。
ローランがあまりの怒りに顔を引きつらせているのを悪事を暴かれたからとでも思ったのか、男は偉そうにふんぞりがえり、女(アンナと言うらしい)は『謝ってくださればお許しいたします!ジュリア様どうか!』とかほざいてやがる。
左右隣に座る同寮の友、エリックはオロオロとローランと男女を見比べ、トーマは噛み付かんばかりの脅威で目の前の男女を睨み付けていた。
そんな重苦しい空気の中、ローランに近づく足音がひとつ…
「どうしたのローラン」
「ぺティ…」
燃える様な艶のある赤髪にルビーの様な瞳をした女性、ローランの婚約者ペティー・プロペウスが黒いブーツを鳴らし優雅にローランの隣に立つと、目の前の男女に軽蔑の眼差しを向ける。
「あらやだ、ここは由緒ある家系の婚約者がいる方の集うパープル寮生の為のテーブルですわ。貴方達のように未婚者で婚約者のいらっしゃらない方の集うオレンジ寮生のテーブルはあちらの端でしてよ」
ぺティは『それとも』と、ローランの肩に両手を添えてにっこり微笑む。
「私、ぺティー・プロペウスの婚約者であるローラン・スカーレット様に何か御用ですの?」
彼女の一言で今まで状況を理解していなかったパープル以外の寮生達がざわめきだす。
プロペウスとは隣国の王家のファミリーネームで、ぺティーはその王女の名前である。よっぽどの馬鹿でないかぎり彼女を知らない訳が無い。(各授業で隣国の話には必ず触れるので全生徒が知っている一般常識)
また、ローランも魔術の天才として数々の功績を収めている有名人であり、二年連続パープル寮の主席を務めている。
様子が可笑しい事にようやく気づいたのか、女の方は顔色青くさせた。
しかし、男の方は救いようのないバカのようで、怒りに顔を赤くさせながら『よくも俺を騙したな!本物のジュリアは何処だ!あの悪女めッ影武者を使ってまで俺に恥をかかせて!』等と喚き散らす。
ぺティーが軽蔑の眼差しを強め、口を開こうとするもローランが片手で制して立ち上がる。
「私の姉上は確かにジュリアと言う名ですが、姉上は四年前にこの学園を卒業とともに婚約していた隣国の男性に嫁ついで行かれました。今では三人の子宝にも恵まれ、今年騎士団長に昇格された義兄と幸せに暮らしていると聞いています。第一、姉上のタイプは力強く頼りがいのある強い男性であり、例え天地がひっくり返ったとしても貴殿の様なひょろひょろな軟弱者など視界の端にすら入りませんよ。」
可愛らしい笑顔で黒い威圧を発しながら棘のある言葉を吐くローランに男の顔が引きつる。
「姉上は社交界の華と謳われるほど美しくも上品で多くの者を納得させる才女でした。貴方が何故厚かましくも凛とした強さと美しさを持つ姉上の婚約者などと嘯き、尚且つ断罪と称しこの国にすらいらっしゃらない無罪の姉上に有りもしない罪を着せようとしているのか知りませんが、一体いつ多忙でお忙しい姉上にお会いになったと言うのですか?」
『それは…』と途端に口ごもる男にローランは笑みを消した。
「あなた方が我がスカーレット家に対し在りもしない侮辱と罪をでっち上げ吊し上げようとした。これは立派な罪に問われます。あなた方の言動はここに居る皆さんが証明してくださるでしょう。もう二度とお会いすることもありませんが、せいぜい仲良く牢獄での余生を過ごしてください。」
途端に顔色が悪くなった男を押しのけた女、アンナがローランにしがみ付いた。
「待ってローラン君!あなたはお姉さんに脅されてるんだよね?」
あまりにも的外れで関係のない発言にローランはつい『はぁ?』素で返し、周りも腕に擦り寄り上目遣いでローランを見上げるアンナに声を失う。
「大丈夫!虐められるから嫌々従ってるんでしょ?私が守ってあげるからもう従わなくていいんだよ!」
ローランが『何言ってんだこいつ』とフリーズしていると、我慢の限界に達したトーマがアンナを掴んで引っ張り剥がした。放り投げられ転んだアンナはトーマを睨む。
「何するのよ!」
「お前は何を聞いてたんだ頭空っぽ女!見ず知らずの女性を侮辱して…今度は訳の分からん事言って婚約者の居る男性に婚約者が居る目の前で媚売るのか?その位のマナー常識だろうが!よっぽど育ちが悪いんだな!」
「お、落ち着いてよトーマ」
「止めんなエリック!親友をバカにされてんだぞ!?」
「はいはい、怒りをぶつけるのは後でね…ごめんねローラン続けて」
「離せー!!」
エリックは怒り狂うトーマを引きずって部屋を出て行った。
「…彼の言う通り一体何を聞いていたんですかね。ねぇぺティ、こう言うのを頭お花畑って言うんですよね?」
「そうよローラン、それに知能レベルに差が有り過ぎると会話が成り立たないそうですわ。」
クスクス笑うぺティにローランはそうかと頷く。
「この学園に通っていて初めて会話が成り立たない人に会ったよ。」
「何で!?だってジュリアに虐められてるでしょ!?そう言う設定じゃない!やっぱりジュリアがバグなのね…悪役令嬢が学園に居ないなんておかしいもの!それにローランだって隠しキャラだけどライバルの婚約者なんて居なかったわ!あんたもバグなんでしょ!」
アンナは声を荒げぺティに掴み掛かろうとするも素早く二人の間に入ったローランがアンナの頬を叩いた。
「な、なんで…」
ショックにありえないものを見たような顔で立ち竦むアンナは、叩かれた頬を押さえたままぺティを背に庇うローランを見つめる。
「いい加減にしろ。お前の話は聞くに堪えない…」
「なッなんで?どうして?だって私はヒロインだよ?これはヒロインが幸せになるゲームなんだよ?」
「ゲームが何かは分からないが、愛する家族や婚約者をここまで侮辱されて黙っていられるわけないだろ!急に現れて散々姉上を悪く言って、男と分かれば今度は擦り寄り婚約者を貶して…意味が分からない。姉上やぺティが君たちに何かしたか?してないよな?お前らの事なんて今初めて知ったんだからな。二度と俺達の前に現れないでくれ…目障りだ。」
座り込んだアンナを冷たい眼差しで見下ろしているローランにいつの間にか戻ったエリックが声をかける。
「兵士達を呼んできたよ」
「ありがとうエリック」
「いーえ」
「おかしい…おかしい!おかしい!おかしい!!ローランは王族の血筋で、身分を振りかざすジュリアが嫌いで、ヒロインと協力してジュリアの悪事を暴いて、ジュリアは勘当されて国外追放されて、ヒロインはローランと結婚してハッピーエンドになるはずなのに!!」
「確かに我がスカーレット家は王家の末席だ…。だが姉上がその身分や権力を笠に着て威張り散らしたこと等一度もない。連れて行け。」
「「はっ!」」
兵がいまだに何か喚き散らすアンナと顔面蒼白の男を連れて行くとローランはスッとお辞儀した。
「皆さんお騒がせしてすみませんでした。残りのお食事をお楽しみください。」
ローランがにっこり笑って元の席に座るとパープルから順にざわめきや食事の音が戻りだした。
問題を起こした二人は学園を退学処分になり、その後どうなったか分からないが、家を勘当され王族に危害を与えようとした罪などから終身刑として牢獄に入れられたと囁かれている。
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<主な登場人物や設定>
ローラン・スカーレット・・・主人公的な立ち位置の少年。ゲームでは捻くれた闇キャラだった。
ジュリア・スカーレット・・・名前だけ登場。本人は隣国で三人の子を子育て中。ゲームではテンプレの悪役。
トーマ&エリック・・・ローランの親友二人組み。ゲームでは取り巻きAとBで名前なし。
ベティー・プロペウス・・・隣国の王女でローランの婚約者。ゲームには登場せず、実は前世の記憶持ち。
アンナ・・・転生した(自称)ヒロイン。名前や周囲の環境でゲームの世界と勘違いした結果暴走して自滅。
名もなき男・・・アンナに唆された男。監獄で反省中。
乙女ゲームを元軸にしたパラレルワールドが舞台。とある魔法学校見てたら思いついたネタから書いてみました。
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城の地下にある牢獄。
壁にかかる松明の火だけが辺りを照す石造りの薄暗い螺旋階段の更に下に降りた先。
他の罪人とも隔離された奥の間の前で、ペティは足を止めた。
手持ちの蝋燭台を片手に、ドレスのスカートを摘まんで軽く『ご機嫌よう』とお辞儀をする。
松明でも見えない奥の暗闇で鎖の擦れる音がした。
「…何しに来たのよ」
たっぷりの間を開け聞こえたアンナの低い声に、ペティーは深紅のドレスを汚さぬようにしゃがみこむ。
「何故こうなったのかお分かりかしら?」
勿論分かっていればこんな馬鹿なことをしたりしないと言う事はペティーも承知している。
微かな情報と僅かな共通点だけでここをゲームの世界と決めつけ、現実から逃げた彼女をこれから待つのは長い投獄の日々。
うっかり王家の秘密を暴露してしまったのだから生涯を地下牢で過ごすことになるだろう。
「あんたが悪いのよ!あんたさえ居なければ!」
ペティーは鎖をガチャガチャ鳴らしながら食って掛かるアンナに『お可哀想に』と呟く。
「現実が見えていらっしゃらないのね。ここはゲームの世界などではないのよ?痛みも空腹もあるでしょう?ゲームの様にやり直しも、やっぱり止めたも出来ないの。」
ペティーは子供に言い聞かせる様にゆっくり丁寧に話す。
「だって私達は今この地で生きているんですもの。おとぎ話などではなく、意思を持ち、自らの足で歩んでいる。」
スッと立ち上がったペティーは牢に背を向け歩き出す。
「これ以上貴女には何を言っても無駄でしょう。考える時間はたっぷりあるわ。じっくりと己の過ちと向き合いなさい。」
ペティーは扉の前で振り向き『さようなら、もうお会いする事はないでしょう』と微笑む。
冷たい鉄の扉は閉ざされた。