マジックブルーガール(1)
第三話です。
ヒモなのに偉そうな主人公がハードボイルド調に語るホラーシリーズ。
うん、駄作なのは知ってる。
知ってるけど、せっかく書いたからアップするんだいw
(書いたの、ずーっと以前だけど)
電話の向こうで、そいつはこう言った。
「魔術を信じますか?」
オレは、もちろん信じないと言ってやった。
「だけど、そちらは心霊関係の調査をしてくれる事務所なんでしょ?」
そうだ。だが、だからと言って、このオレがそれを信じていなくちゃいけない理由は無い。解決する問題はオレの信条とは関係無く解決するし、解決しないものは、オレとは関係の無いところで解決しないのだ。
「すみません。わたしは、黒崎涼子のマネージャーでして。霊感のあるのは、彼女一人なんですよ」
「あ、なるほど。その黒崎さんとは、お話しできますか?」
ああ、そうだろうよ、どうせオレはマネージャーだよ。付け人だよ。
「彼女は出かけております。いずれにしても、仕事を受けるかどうかは、わたしに任されておりますので」
「そうですか」
「そうです」
「じゃあ、午後にでもお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。歓迎いたします」
せいぜいな。
ホントに、世の中くそったれだ。
こんなにも、お化けだか魔術だかを信じているやつがいるとは思わなかった。
オレは、いろいろとあって、心霊事務所をやっている。特殊能力を使って事件を解決するっていうわけだ。それというのも、篠原とかいう男にそそのかされて始めた仕事だ。やつが、出資してやるっていうから。
もっとも、やつが買ったのは、黒崎涼子という二十歳にもならない女の能力で、オレの力量ではない。オレは、もうすぐ三十で、彼女はオレの恋人、だったはずなんだが、仕事のパートナーでもあるってわけだ。
これって、よく考えると「ひも」じゃないのかね?十九の女のヒモかよ。ジョークにもならないぜ。
そういうわけで、オレは辞めたはずのタバコに手を出して、涼子に咎められ、すごすごとゴミ箱にそいつを捨てて、ウイスキーをポケットに忍ばせている、ってわけだ。
あ?酔っているさ。酔ってなきゃやってられないぜ、まったく。
窓の外には、色づいた木の葉が、強い北風に揺れてワルツを踊っている。世界は光に溢れていて、オレのオフィスは紙屑に溢れている。
山岸、とかいう芸の無い名前の依頼人は、おどおどとしてビニール張りのソファーに座っていた。
「よろしいでしょう。話はわかりました。引き受けます」
オレは、書類を用意しながら言った。ウイスキーのせいで、字が二重に見えた。
「お願いします。有難うございます。これで女房も救われます」
書類を渡しながら見れば、山岸次郎は三十の真ん中くらいの冴えないサラリーマンで、そうは言っても、まっとうな仕事をしてこなかったオレから見れば、うらやましいくらいのもんだが、そんなこと考えてみても、どうにもならない。
「じゃあ、次の土曜日にお宅へお伺いします。奥さんにとり憑いた幽霊を退治するっていうことで」
「ええ、よろしくお願いします」
まったく、こいつ、信じているのかね、幽霊が人に取り憑くなんてことを。
涼子は、上機嫌だった。
彼女には、上機嫌な時と、最悪の気分の時の二種類しかない。ノーマルな気分ってやつを見たことが無い。ただ、上機嫌の時ってのは、その半分ほどは、薬のせいだから、本当は、ノーマルの気分だったのかもしれない。
「今日の薬はなんだい?」
オレは、書類の整理をしながら涼子に言った。
「ワイパックス」
ま、聞いてもそいつがなんなのか、わからないんだが。なんかの精神安定薬だ。霊能力があるなんていうけれど、そういうのは、一般的な常識で言えば、精神異常なんだよな。涼子の場合、「パニック障害」だとか、「統合失調症」だとか、いろいろと病名をもらっているらしくて、いろいろな薬をかなり勝手に飲んでいる。体にはよくないと思うし、医者もそういう飲み方は禁じているはずだが、不思議となんとかなっている。そのあたり、かなり異常だと言っていい。
「今回は、徐霊ってわけ?」
「そうだ」
涼子は、にこにこしながらオレに言った。
「土曜日に行くのね?」
「そうだよ、涼子」
「帰りにアイスクリーム屋さんに寄っていい?」
好きなだけどうぞ。もう、冬だっていうのに。勝手にしてくれ。
土曜日は、あっという間にやってきて、自分が歳をとったような気になった。
以前は、こんなに早く時間が過ぎていったりしなかった。中学や高校で、あれほど長く感じた現代文の授業って、いったいなんだったのだろう。
プレリュードは、相変わらずちゃんと走るから、オレは買い替えもしないでこいつに乗り続けている。涼子は、いつものように助手席から窓の外を見ていた。窓の外は、雪でも降り出しそうなほど、厚く雲が空を覆っていた。
「涼子。何か感じるか?」
涼子は、オレを振り返って、オレの顔をまじまじと見つめた。
「何も。幽霊に取り憑かれた人のところに行くんでしょう?」
「そうだ」
「普通、こういう時って、なにか予感みたいなもの、感じるんだけど」
「今日は、感じない?」
「ええ。そういうこともあるわ」
そうかい。そういうこともあるだろうさ。
「圭吾。あんまり乗り気じゃないわね」
「まあな」
人の心を読んだな?涼子。
「聞こえるんだもの、仕方無いわよ。気になる?」
「いや。もう慣れたよ」
その家っていうのは、そりゃあ立派なやつだった。
生け垣っていうのか?もじゃもじゃの木が立ち並んで外界をシャットアウトしている。郊外に建っている屋敷の周辺には森が点在していて、閑静な住宅環境だった。いい暮らしをしてますな、山岸さん。
オレは、不機嫌だった。車を運転するからアルコールは飲めない。いっそ、涼子にハイになる薬を分けてもらおうか、と思った。
「やめておいたほうがいいわよ、圭吾」
「ん?何を?」
「薬。普通の人が飲むと、気持ち悪くなったりするだけよ、こういうのって」
「ああ。そうだな」
マリファナかなんかが欲しいぜ。使ったこと無いけど。
オレは、呼び鈴を鳴らしながらため息をついた。ピンポンとかなんとか、電子音が鳴り響いた。
「はい。山岸です」
インターホンから声がした。
「桜井です。黒崎心霊事務所の」
「あ、ちょっとお待ちください」
屋敷の中も、ちょっとしたものだった。
値の張りそうな絵画が数点、なんだか良くわからないが、サンマを載せても似合いそうにない皿やらが、壁にかけてあったり、そんな感じ。しかし、それよりも、家中に貼られた「おふだ」のほうが目立っていたが。
「魔除けですか、これは」
「え?」
山岸は、オレの視線の先を見ながら答えた。
「そうです。女房のやつが、ああなってしまってからこっち、徐々に増えましてね。顔が見えたと言っては貼り、おかしな音がすると言っては貼って。今ではこの有様です」
「なるほどね」
あほらしい。こんな紙切れ役にたつかよ。
「女房は、奥の部屋に寝ております。今日も、あまり状態は良く無くて」
「そうですか。ところで、恨まれるような心当たりはありますか?」
「恨まれる?」
途端に山岸に睨まれて、オレはあわてて付け足した。
「もちろん、奥さんに憑いている幽霊の心当たり、ですけど」
「ああ。わかりません」
「そうですか」
そう言ったところで、二階の寝室にたどり着いた。
「玉恵、開けるぞ」
山岸が、一言。それから襖を引いた。それまで、薬でにやにやしていた涼子の顔が、急に青ざめた。
「どうした、涼子」
「あ、ちょっと」
二、三度浅い呼吸をすると、意を決したように涼子は、部屋に足を踏み入れた。
「圭吾、女の子がいるわ」
山岸が、ぱっと振り返った。
「どんな?」
オレは、淡々と聞き返した。
「小学生低学年くらいの。黒い服を着ているの」
「そいつが、悪さを?」
「うーん。そうでも無いけれど、霊を呼び寄せているのかもしれないわ」
「そうか。徐霊出来そう?」
「まあ、やってみるけど」
そういうと、涼子はオレの耳に口を近づけて「他にもたくさんいるの」とささやいた。
部屋の中は、薄暗かった。ただでさえ暗い午後だっていうのに、カーテンで少ない日光までも遮っていた。襖を山岸が閉めると、さらに暗くなった。
山岸玉恵は、布団の上に横になって何もない中空を眺めていた。三十台の女性にしては老けて見えた。肩までの髪は櫛が入っておらずばらばらで好き勝手なほうを向いていた。白い肌は、かさかさに乾燥していて擦り切れた和紙のようで、黄色っぽく変色している。体の方は、布団に隠れて見えないが、清潔そうなシーツの下にあるのは、痩せ過ぎであることは間違いない。
「いつからですか?」
オレは、玉恵に聞いた。玉恵は返事をしなかった。
「三ヶ月ほど前に、急にこうなってしまって」
答えたのは旦那だった。
「病院には?」
「行きました。体には異常は無いそうです」
オレには、異常が無いとは、とても思えなかった。内臓の何かが悪いんじゃなければ、どうしてこんなに顔色が悪いのだ?
「精神科には?」
「ええ。統合失調症だと言われました」
そうだろうな。涼子と一緒だ。妄想型の精神分裂病。現在では統合失調症と名称がかわった。
「しかし、いくら薬を飲んでも良くはならなかった」
そう結論付けるには、三ヶ月は短いんじゃないのかね、と思ったが、言わなかった。
涼子は、そんな会話を聞いているのか聞いていないのか、玉恵の枕元に座ると、何やらぶつぶつ言い始めた。お経、かな?オレの耳には聞こえないほど、小さな声で続けている。オレは、山岸に目配せすると、涼子の後ろに二人で正座した。
厳粛な雰囲気って?正直に言えば、三人にとってはそうかもしれないが、オレには苦痛なだけだった。あほらしくて。
突然、玉恵がはっきりした声で叫び出した。
「あっちへ行って」
涼子は、意に介した様子もなく経を唱え続けている。いつの間に、そんなもの覚えたんだろう。
「あっちに行けって。あんたなんか嫌い」
旦那の方は、脂汗をかきながら、じっと妻を見つめている。その口元だけは、奇妙な怖れがにじんでいた。涼子が、つぶやくのをやめて言った。
「あなた。玉恵さん?それとも玉恵さんに取り憑いた霊?」
間抜けな質問のように、オレには聞こえた。玉恵は答えなかった。涼子は、布団をめくって、玉恵の肩を抑え付けるようにして乗りかかった。
「答えなさい。あなたは誰?」
涼子を振りほどこうとするように、弱々しく体を揺すった。なにやら、ぶつぶつと言い始めた。
「名前は?」
「里美・・・」
じりっと、山岸が動いた。
「どうして、この人に取り憑いているの?」
再び、玉恵は体をよじった。
「答えないと、助けてあげられないわ。あなただって苦しいでしょう?成仏したいでしょう?」
成仏ねえ・・・。だが、「里美」とやらは答えた。
「あたしはねえ、この人のせいで死んだの。だからよ」
「この人って?玉恵さん?」
玉恵、だか「里美」だかは首を振った。
「ううん、違う。あの人よ」
そういうと、ゆっくりと右手を上げて指差した。その人指し指の先は、山岸次郎だった。
プレリュードは、いつものように咳き込みながらエンジンを始動した。
見送る山岸に一礼すると、オレはローを選んで走らせ始めた。
「涼子、一応聞くが、『里美ちゃん』は乗っているのか?」
冗談がきつい、と思ったが、涼子は「とにかく、今日は彼女を連れて帰る」と言って徐霊を打ち切った。
「乗っているわよ。リアシートで後ろを見ているわよ」
あ、そう。
「中途半端に打ち切ったみたいだが、いいのか、こんなことで」
涼子は頷いた。
「仕方無いわ。旦那さんのほうはシラを切っているみたいだし」
「なんのことだ?」
「里美ちゃん、山岸次郎に殺されたって言ったでしょ?」
「ああ」
涼子は、ちらっと後ろを振り向いた。なんだよ、気になるじゃないか。
「どうして、そんなことを言ったのか、それを突き止めないと。出来る徐霊も出来ないわよ」
「そんなもんかね?」
オレは、運転に集中しようと努力していたが、ついつい何も無いリアシートが気になって仕方無い。ちらちらとルームミラーを見てしまう。
「大丈夫よ、圭吾。彼女、何もしないから」
信じられるか。一人の女を呪い殺そうとしているんだぞ。
「大丈夫だってば。だって、圭吾は関係の無い人だもの。怒らせない限り大丈夫」
怒らせない限り・・・。そいつは安心なことだぜ。
三十分ほどで、オレのアパートにたどりついた。アパート兼、事務所。
その駐車場には、一人の女が自転車のわきに立っていた。
「あ、加奈」
涼子が、うれしそうに言った。加奈だと?涼子の大学の友人で、オレの天敵の加奈か?
「何しに来たんだ?彼女」
「遊びに来たのよ。二人で夕飯に行く約束してたの」
「あ、そう」
「圭吾も一緒に行く?」
「いや、オレは・・・」
「行こうよ、ね」
涼子は、にっこりとオレに微笑んだ。オレは、その笑顔には弱いんだよな。
プレリュードを加奈の自転車の隣に止めると、オレ達は車から降りた。
「久しぶりだな、加奈」
オレは、ひきつった笑顔で言った。
「久しぶりね、圭吾さん」
ちらっとだけオレに微笑むと、すぐに加奈は涼子に視線を戻した。
「涼子。待ってたのよ。何処に行っていたの?」
「うん。ちょっと仕事」
「幽霊のやつ?」
「そう」
「ふーん。おもしろい?」
「まあまあ」
何がまあまあだよ。第一、おもしろがるなよ。幽霊だぜ、まったく。
「ところで、涼子。後ろに乗っていた女の子は誰?」
「なに?」
オレは、加奈をきっと睨んだ。
「あれ?見間違いだったかな?いたように見えたんだけど」
プレリュードを眺め直して加奈は不思議そうに言った。
「見間違いじゃないわよ、加奈。幽霊なの、彼女」
冗談きついぜ。
ファミレスで、ドリンクをひたすらオカワリしている女二人を眺めながら、オレはビールを飲んでいた。
一応断わっておくが、近所の店だから、歩いてきた。飲酒運転をして他人を危険にさらそうと思うほど、思慮が浅いわけではない。
「ねえねえ、涼子。徐霊って、どうやるの?」
加奈は、目を輝かせるわけでもなく、いちごとバナナがどっちが好きか、っていうくらい軽い感じで聞いた。オレは、聞くともなしに聞いていた。
「別に。その時によるけど」
「今回は?」
「うーん。普通かな」
「普通って?」
オレは、涼子の視線を捕えようとして言った。
「そう言えば、お経を唱えていたみたいだな。いつ、覚えたんだ?」
涼子は、オレの方を見た。
「一月前」
おいおい。そんなことでいいのか?
「いいの。本当は絶対に必要なことではないの。霊に憑かれた人の意識を向けさせるためにやっているだけから」
「え?そうなの?」
加奈が言い、涼子は加奈に視線を戻した。
「わたし、もともと宗教には興味ないの」
霊能者の言うセリフかね?
「心理学よ、心理学」
涼子は、あたかもそれが常識と言わんばかりに言った。
「心理学?」
疑問に思ったのはオレだけではなかったようだ。
「そう。徐霊って、世界的に言っても同じ方法なの。エクソシストっていう映画見たことある?」
うさん臭い霊能者だな。
「あるわ」
「エクソシストは、呪文のようなものを唱えた後、悪魔に取り憑かれた子供に尋ねるでしょ?」
「え?そうだっけ?」
「そうよ。お前は誰だって」
「そうだったかなあ」
「そうやって、取り憑いた幽霊だとか悪魔の正体を突きとめるんだけど、もう一つ重要なのは、答えているのが本人ではないと確かめることなの」
「ふーん。よく分からないけど」
まあ、幽霊がいないのに、徐霊しようとしても仕方ないしな。
心理学的に言って、幽霊に取り憑かれるというのは、多重人格らしいけど。狐憑きとか悪魔憑きとか、基本的には別人格が体を乗っ取るという点では同じことだ。違うのは、多重人格の場合、もともと体の中で発生した人格だが、幽霊や狐は他からやってきた人格だということだ。
もっとも、それは本人がどう思っているかによるもので、違いは無いのだが。
まあ、こんな霊能者のマネージャーなんていう仕事をするからには、一応の知識ってやつを仕入れている。大体、商売繁盛ってわけにはいかないしな。暇は持て余すほどあるってことだ。
多くの場合、幽霊に取り憑かれたというのはストレスが原因の精神異常だな。平たく言えば。誰かに話してしまいたい秘密だとか、助けて欲しいけれど、その手段が見つからないだとか、そういう人が最終手段として、幽霊に取り憑かれたとか言い出すんだ。
つまり、幽霊の口を借りて、言いたいことを言うわけだ。
単に、自分に注意を払ってもらいたがっている場合もある。子供や女性が狐や幽霊に取り憑かれやすいのは、そのせいだ。もっと私のことを構ってよ、というメッセージ。
その当たりのことを、昔の悪魔払い師は、わかっていたような節があって、例えば江戸時代に活躍した祐天和尚というのは、その代表といえる。「累が淵」のモデルになった話に出て来る実在の人物だ。
「取り憑いた幽霊が誰なのか。それからよね、どうやって説き伏せるかは」
涼子が、そう言った。
「どうやって説き伏せるの?」
加奈が目を輝かせ始めた。
「言い分を聞いて、出来ることはしてあげるし、そうでなければ諦めてもらう」
通常の幽霊は、成仏できなくて苦しい、とか言うものなのだ。それは、取り憑かれている人物の代弁なのだ。理由の「成仏できなくて」は日本の考え方に沿った解釈に過ぎないから、欧米の悪魔はそんな事は言わないが、要するに「供養されないから成仏できない」というのは、取り憑かれている人間が、いつも放っておかれていることを意味している。せめて、自分に取り憑いた幽霊の供養をするという代替行為を持って、自分に注意を向けさせ、ケアをしてもらいたい、とそういうことだ。
「諦めてもらう?」
「そうよ。だって、言うことが大抵は無茶苦茶だもの」
「例えば?」
「恨んでいるから、殺してやりたいとか」
まあ、そういうこともある。自殺願望みたいなものだ。けれど自殺したくないから、そうしなくて済む方法を考えだすわけだ。このままでは死んだほうがまし、けれど他に方法があるはず、っていうことだ。もちろん、取り憑かれたと思っている人間は、いずれの場合も自分では意識していない。
「あ、それは無理よね」
幽霊に取り憑かれているのか、それとも思い込みなのか、それは誰にもわからないことだ。霊能者からすれば、それは幽霊の仕業だし、心理学者からすれば、精神病なのだ。いずれにしても対処の方法の第一歩は、当人の話を聞く事から始まる。涼子が、お経を唱えるのも、「わたしは霊能者だから、信用して話をしなさい」というメッセージを伝えたにすぎない。信用のための肩書きみたいなものだ。
「ねえ。無理に決まっているわ」
オレは、三杯目のビールを注文した。涼子が、ちらっとオレを見た。
「圭吾。酔っ払う前に言っておくわ」
「なんだ?涼子」
オレは、ようやくオレに視線を落ち着けた涼子に微笑んだ。
「明日から、ちょっと調査して欲しいの」
「調査?」
「そうよ。どうして里美ちゃんが山岸次郎を恨んでいるか」
そういうのって、霊能者が幽霊から聞き出すんじゃないのか?
「もちろん、聞くわよ。でも、それが本当のことなのかどうか確かめ無いと。幽霊が嘘を付かないってわけでもないから」
あ、そう。
「それで、何を調査すればいいんだ?オレは」
「山岸次郎さんの過去。たぶん自動車に関係あるわ。交通事故だと思う」
「里美っていう女の子を轢き殺している?」
「うーん。そこまでははっきりしてないわ。ひょっとしたらそうかもしれないし、そうでないかも」
アバウトだな。どうやって調べるっていうんだ?