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ブラッディーレッドドレス(1)

ブラッディーレッドドレス



 超能力者を恋人に持つのは苦労する。

 しかも、それが年下のかわいい女性だと、余計に苦労する。とくに、付き合う男の方が幽霊だとか、超能力を信じていない時は。


 夏は好きだ。

 第一に、女性が薄着になるのがいい。軽やかに飛び回っているのを見ているだけでも、気分が軽くなる。

 どうせ今年で二十代も終わりだから、いまさら冒険しようとは思わないが、だからって、やっぱり夏はいい。

 ただ、暑すぎるのは良くない。

 じりじりと焼けるような太陽は、まだいいが、じとじとと蒸し暑いのは最低だ。

 まあ、そんなわけでオレはエアコンを効かせたアパートの部屋の中で、じっとパソコンに写るスクリーンセイバーの幾何学模様を見つめていた。

 本棚の中に整然と並んだ、半分しか読んでいないジャンルもバラバラの書籍。

 閉め切ったカーテンの向こうからこぼれてくる夏の光。

こぼれた光を、うっすらと反射するフローリング。

 自分としては、部屋を片付けている方だと思っている。

 余計なものは買わないし、いらないものは処分するから、あまり物がないことも、その一因だ。

 金が無いのも一因だが。

 フローリングの床も、涼子が時々磨くから、きれいなもんだ。もちろん、オレも磨くんだが、きれいなものを磨く事もないから、最近はやってない。

 いや、さぼっているわけじゃない。

 それに、最近は暑い。

 あんまり暑くて、オレは動きたくないんだ。

 こんな日が続いては、何もする気にならない。

 しかし、それにしても暑いな。設定温度を下げることしよう。

 オレは、エアコンのリモコンをつかんだ。


 しばらくしてオレはパソコンのスイッチを落とした。

 駄目だ。こんな薄暗い部屋に閉じこもっていちゃあ、気分もくさるってもんだ。何処かにドライブにでも出かけよう。第一、この部屋は暑すぎる。あんまり暑くてハエさえ飛ばない。

 そんなことを言って、昨日は車で出かけたが、帰ってきてからビールを飲んで寝ちまったけれど。


 そこで、デスクの電話が鳴った。

 ドラマじゃあ、こういう時に鳴るのは、ろくでも無い電話と相場が決まっている。

「はい。桜井です」

 サラリーマンの生活が染みついちまった。別に、電話に丁寧に出るなんて、そんな必要はない。

「圭吾?わたしだけど?」

「わたし?わたしって誰?」

オレは、すっとぼけて聞いた。聞かなくても分かっていた。

「涼子。今、暇?」

 単語だけで会話出来ると思っているのは、若者の特権か?どうせ、オレは来年には三十だ。

「暇と言えば暇だけど、用件によっては暇じゃないな」

「じゃあ、ちょっと寄るね、圭吾」

 一見、矛盾するような会話だったが、弾むような声で言うと、涼子は電話を切った。そういう身勝手なところも若者の特権か。

 黒崎涼子は、オレの恋人だ。年の差、十年。結婚した友人は、うらやましいだとか、勝手なことを言うが、そんなこともない。さっきも言ったが、彼女はちょっと異常だ。いや特別におかしい女なんだ。だから、うらやましがられる理由が無い。

 階下でバイクのエンジンの音がした。

 どうやら、涼子は近くまで来ていたらしい。

 いつ、旅行から帰ってきたのだろう。

「おまたせ」

 涼子は、ドアをバタンと開けて入ってきた。

 髪の毛はヘルメットと風でぐちゃぐちゃ。おまけに、着ているのは薄汚れた革の上下。

「涼子。アパートに寄らずに来たのか?」

「そうよ。早く会いたかったのよ、圭吾」

 そう言うと、彼女は飛びついてきた。

 おいおい、薄汚れたジャケットで飛びつくなよ。

「今度は何処に行っていたんだ?」

 オレの唇にキスをすると、まじまじと顔を覗き込んだ。オレは、そんな彼女を、とても好きだ。かわいいと思う。

 どうかしている。涼子はまだ十九なのに。本気になったりしてはいけない相手だ。

「九州」

「えらく遠いな」

「カルデラを見たかったのよ。圭吾にも見せたかったわ」

 キャスター付きのチェアーに座っていたオレの膝の上から涼子は飛び降りた。

 彼女の体は小さい方だ。体重も軽いとしか言いようがない。時折、心配になるほど軽い。

「圭吾、仕事辞めたんだって?」

「何処で聞いたんだ?」

「携帯のメールで。加奈からメールがあって」

「そうか。加奈に涼子の行き先を聞いたんだけど、教えてくれなかった」

 涼子は、首をすくめた。

「教えてくれなかったなんて言わないで。加奈も知らなかったのよ」

「そうか」

 ふっと、オレが目をそらしてため息をつくと、涼子は、じっと見つめた。

「でも、圭吾が、あの仕事を辞めてくれてよかったわ」

 ちらっと、涼子の方を見た。彼女の目は真剣だった。

「どうして」

「圭吾に、いろんな悪い霊が付いて来るから」

 オレは、再び、ため息をついた。


 涼子とは、今から半年くらい前に出会った。

 彼女と付き合い始めたのは、そのすぐ後だった。出会いの場は、どっかの交通事故現場だったんだが、オレはというと、そこで交通事故調査のアルバイトで写真を撮っていた。

 二十九にもなって、アルバイトをしている身分なのは、自分に合う仕事が見つからないからだ。大学を出てからこっち、毎年、退職と就職を繰り返しているような気がする。

 ま、言い訳だが。

 涼子の方は、幽霊がでるとかいう、その場所で霊視を頼まれていた。

 もっとも、それは後で知った事だ。それを最初に知っていたら、たぶん、オレは、彼女にあまり関わらなかっただろう。

 彼女は、道路の真ん中で、突然倒れた。

 大人びているようで、子供っぽく、華奢な体の女だった。

 きれいな顔立ちではあるけれど、妙な暗さも持ち合わせている十九才。大学生だってことも、後から知った。

 すごく魅力的で、神秘的な女性だと、その時は、そう思った。

 まあ、それでいろいろあって、オレ達は付き合うことになったんだが、その話は、直接関係ないから、オレは話さない。

 話さないんだよ。恥ずかしいから。恋の話なんて、照れくさいこと書けないんだ。

 とにかく、付き合っていくうちに、彼女の異常さに気付くようになった。

 一般的には「霊感が強い」と表現される、あれだ。

 オレには、霊感がない。だから、霊感なんていうものは、ただの思い込みだと思っているし、それをいちいち例を上げて説明することも出来る。

 幻覚を伴う精神異常の例は数え切れないほどだし、だからといって、入院しなくちゃいけないかっていうと、そうでもないことはご存じだろう。

 オカルトブームなんて言われているが、本当のところ、そいつはブームであって、人々の関心が集まっているわけでもない。「不思議な話や、怖い話を聞くのは楽しい」って、ただそれだけのことだ。科学的に解釈してみせるテレビ番組もあったりはするが、どれも表面的に追及しているだけだ。真剣にやっている人は、ほとんどいない。

 で、大抵の人は、こういうわけだ。

「幽霊?いるわけないじゃん。科学的に解明されているじゃないか」

 でも、そういう人に限って、科学にも興味がない。


 加奈、というのは涼子の親友だとかで、オレは三日前に涼子の居所を聞きたくて電話した。

「圭吾もバイク買いなよ。そうしたら、一緒にツーリングできるじゃない?」

 オレは苦笑いした。免許もないのに、バイクを買ってどうする?涼子のバイクは400だ。それもなんとかっていうスポーツタイプのバイク。原付では追いつけない。

「プレリュードで充分だよ、オレは」

 そう言ってから、オレは涼子が返事を期待していたわけではない、と気がついた。

「ねえ、シャワーを借りるわね。昨日もお風呂に入って無いのよ」

 オレは、両手を挙げてみせた。降参だ。

「覗いてもいいかい?」

 涼子は人差し指を立てて、それを振った。

「駄目よ」


 シャワーから出てくると、涼子は髪を乾かしながら話をした。

「だから、また手伝って欲しいの」

 オレは頭を掻いた。かゆかったんじゃない。

「あ、圭吾。今、『面倒な事を』って思ったでしょ」

「あんまり人の心を読むなよ」

 オレは思わず、そう言った。

「違うわよ。今は圭吾の顔を見てただけ。圭吾は思ったことがすぐに顔に出るもの」

「そうか。気をつけるよ」

「ううん。そういうところが好き」

 下着の上に、Tシャツを着ただけという姿で涼子は言った。細くて小さな体。濡れた髪の毛がドライヤーの風に吹かれて踊る。真っ黒なまま長く伸ばした髪。驚くほどぱっちりとした、きれいな目。オレは、思わず頭を振って、その考えを追い出した。それに涼子は気がついたが、無視することに決めたようだ。

「わかった。手伝うよ」

 オレは、仕方無く、そう言った。どうも、利用されているだけのような気がした。

「利用なんてしてないわよ、圭吾。わたしは、圭吾が大好きなんだから」

 にっこりと微笑むと、涼子はそう言った。

「そう言うけどな、お前には分かっても、オレには人の考えなんか読めないんだよ」

 ドライヤーをバスルームへ戻すと、涼子はジーンズに手を伸ばした。

「人の気持ちなんて、読めないほうがいいこともあるわ」

 一瞬、悲しそうな顔で涼子はつぶやいた。

「そうだったな」

 ふっと、息を吐き、オレは話題を変えるように続けた。

「じゃあ、出かけるか?車で行くんだろ?」

「うん」

 にっこりと微笑むと涼子は、ジーンズに足を通してオレに飛びついた。

「ドライブ、ドライブ」

「よく、そんなにはしゃげるよ、まったく」

 オレは、呆れて言った。


 科学の基本は、客観性、公共性、再現性の三つを満たした観測によって得られた知識である。

 難しい話だ。いや、誰かが無理矢利難しくしているような陰謀さえ感じる。

 つまり、わかりやすく言うなら、誰から見ても同じことが、実験条件が同じであった場合に必ず起きる、そういうことだけが「科学で証明されたこと」なのだ。

 だから、霊能者が幽霊を見た、と言っても、誰かがそいつの頭の中を探検するわけにはいかないから、科学的には何の根拠にもならないってわけだ。

 乱暴な言い方だが。

 例えば、いくら頭に電極を取り付けたとしても、それでわかるのは神経が刺激を受けて興奮していることだけで、何が見えているのか、それが何を意味するのかはわからない。

 それに、幽霊のほうだって、規則正しく登場してくれないから、その時点で科学的でない、と言える。

 じゃあ、幽霊は存在しないんだな、と思うだろう。

 しかし、オレは幽霊だとか超能力だとか、そういうのも信じていないが、科学のほうも信じていないんだ。

 科学を信じていない、なんていうと変人扱いされそうだが。そいつは誤解だ。

 おそらく、ニュートンもアインシュタインも間違った事は言っていないとは思うよ。オレには理解できないだけで。

 つまりね、ほとんどの人っていうのは、アインシュタインのなんとか理論だとか、そういうの、あんまり理解できないだろう?それが何の役に立つのかどうかさえさっぱりわからない。

 それから、科学って、非人間的だろう?

 抽象的過ぎるか。

 じゃあ、こういうのはどうだろう。

 どうして物が見えるのか。ここに、涼子が置いていった、造花のバラがある。赤いバラだ。どうして、オレは、これを見て、陳腐な細工の赤いバラだ、と思うのか。

 科学的には、こうだ。

 バラから出た、なんとかナノメートルの波長の光が目に入り、視神系を刺激する。それは大脳のどっかにパルスとなって伝えられ、その何処かで「バラ」という知覚像となる。

 何処かって何処だよ?

 それに、じゃあ何か?この世は色も何もない、素粒子の振動だけの世界か?オレが、今感じている、この憤りもただのパルスか?

 と、思うわけだ。

 科学の世界では、怒り、悲しみ、色、匂い、そういう感覚のものは、一切データにならない。赤、と言っても、人によって、それは朱色だったり濃い色だったりするわけで、そういうのはデータではないわけだ。公共性がないから。

 つまり、意識というのは存在しない、と科学は言っているんだ。あなたが、自分だと思っているものは、実は、ただの思い込みだと、そう科学は言っているのだ。

 オレやあんたが感じていることを、「客観的に」確かめる事が出来ないから、そいつは存在しない、と科学は言っている。それを真面目に主張するのが科学なんだ。

 信じられないだろう?

 だから、オレは科学も信じない、と言ったんだ。


 黒いプレリュードは、アパートの群れの中を縫って走っていた。

 狭い道路の両側には、新旧折り混ぜて二階から三階建ての建物が並んでいた。こういうところは、昔から苦手だった。建築には、まったく興味が無いから、どれも同じに見えるのだ。

 オレは、いろんな仕事をしてきた。ようするに、飽きっぽいのかもしれない。大学を卒業して就職したのは、普通の会社だったが、営業の仕事が自分に合って無いと感じて、三ヶ月で辞めた。その次は、新聞に広告が出ていた探偵社。そこは、一年くらい。どうせ金目当ての浮気調査だとか、くだらない身元調査だとか、そういうのが嫌になった。人を信じようとしない人間か、欲に目の眩んだ人間しか依頼にやってこないからだ。普通の探偵ってのは、そんなもの。

 その後、コンビニでバイトをしていたこともあったし、広告の仕事もした。一ヶ月前までは、交通事故の調査をしていた。保険会社から依頼を受けて、事故を起こした車の損傷の程度なんかを調べたり、事故現場の見取図を作ったりする仕事だ。データを集めるのが仕事で、事故の責任が誰にあるだとか、そういうのは保険会社の仕事だ。しばらくやっていると、飽きてくる。

 やっぱり、飽きっぽいだけかもしれない。

「違うわよ、圭吾」

 突然に涼子が、そう言った。

「何?なんだって?」

 彼女は、右手で後ろを指差した。

「さっきのところ、右」

「また道を間違えたのか」

「よく、それで探偵なんかしてたわよね」

「探偵じゃないよ、事故調査は」

 涼子には、随分前に探偵をやっていたことは言っていなかった。特に理由は無い。聞かれ無かったから言わなかった、それだけだ。

「でも、現場に行くんでしょ?」

「そりゃあ、そうだが」

 実は、仕事でも、よく道に迷った。このプレリュードの走行距離が多いのも、それが一因だ。毎日のように仕事で使う上に、無駄に走り回るからだ。メーターは十六万キロを示していた。

「これじゃあ、加奈の家に着く前に日が暮れちゃう」

「悪かったな」

 オレは苦笑いをした。


 まあ、あれだ。

 日本人は宗教を信じない。オレもそうだ。でも、人間って、世の中を渡っていくのに、何か拠り所になる考え方が必要なんだ。

 それが、信仰を持たない日本人にとって普通は科学だってことなんじゃないかな。

 神様よりは、科学の方が信じやすいってことだ。

 でもさ、それって、死んだら魂も何もないってことだし、生まれてきたのにも何も理由はないってことなんだよな。それじゃあアイデンティティーの崩壊だ。


 加奈は、アパート暮しではない。大学には電車で通っている。涼子は、アパートに一人暮し。オレの部屋には、涼子が時々、転がり込んでくる。

 大学、か。

 随分前のことだ。今さら、そんな時代のことを思い出すようなことは無いだろうと思っていた。涼子に出会って、現役の大学生と話していると、自分の大学生活のことを思い出す。そういえば、このプレリュードも、大学生のころ、父親に買ってもらったものだ。それを買い替えもしないで乗り続けている。新車だった車も、ワイパーや足回りに、錆びが浮き始めていた。

 オレ自身、あの頃から比べれば、随分とくたびれてしまったような気がした。

 加奈の家はオレのアパートから三十分くらいだった。新興住宅街にあって、アパートのある一角と、住宅のある一角があり、小学校が近かった。地方都市の強みで、土地だけはたくさんある。

「来てくれてありがとう」

 加奈は、オレンジジュースとともに現われると、そう言った。彼女の部屋はきれいに片付いていて、二階の窓からは、隣家の屋根が見えた。よくある建て売りの一軒家、というやつだ。デスクトップのパソコンと学習机が別々にあって、本棚にはコミックスが六割、文庫本が三割、残りが大学の教科書という比率で詰まっていた。シングルのベッドには大きな熊のヌイグルミ。

「何をして欲しいの?」

 涼子は、加奈に言った。

「わたしね、猫を飼い始めたの」

 オレは、することもなくて二人が向かい合って座っている後ろでオレンジジュースのストローをいじくっていた。

「涼子にね、透視して欲しいの」

 またか、とオレは思った。涼子にそういう能力があるのだ、と信じるのは勝手だが、あまり度を越せば、涼子にとってもストレスになる。つまり、涼子の妄想に拍車をかけることになる。ようするに、霊感だとかなんとかってのは、妄想だ、とオレは思っていた。

「何を?」

 涼子が、そう加奈に尋ねた。

「以前もね、猫を飼っていたのよ。でも、死んじゃったの。誰かに殺されて」

「まだ、よくわからないんだけど」

「今度の猫も殺されちゃうんじゃないかって不安なのよ」

「殺されるかどうかを見て欲しい?」

「違うの」

 慌てて加奈は手を振って、それから続けた。

「以前の猫は、みーちゃんっていうんだけど、とてもひどい殺されかたをしたの」

 涼子は頷いた。

「誰が殺したのか、突き止めて欲しいの。そうすれば、もうこんな事件は起きないでしょう?」

「わかったわ」

 涼子は目を閉じた。しばらく目を閉じたまま、少しだけ顔を持ち上げて、斜め上を向いた。

「加奈。みーちゃんが死んだのは四年前・・・ね?」

「うん」

 目を輝かせて加奈は頷いた。涼子は、まだ目を閉じている。

「首を切られている・・・」

 ぱっと、涼子は目を開けた。

「ひどいわ・・・」

 加奈は、心配そうに涼子を見た。

「大丈夫?」

「あんまり・・・」

「つらいならいいのよ」

「いいえ、やるわ。猫を縛りつけて切り裂くなんて・・・。こんなことをする人は許せない」

 そう言うと、涼子は立ち上がった。部屋の中をぐるぐると歩き回ると、深呼吸をした。

「みーちゃんが身に着けていたもの、何かない?はっきりとした映像が見えないの」

「みーちゃんの物・・・。物置きの中にならあるかもしれない」

「それ、すぐ出せる?」

「わかんない。探してみないと」

「そっか」

 涼子は、再び元の場所へ座った。

「じゃあ、今度までに探しておいて」


 それからしばらくして、オレ達は、加奈の家をあとにした。

 それというのも、出かけたのは、加奈に会うためでは無かったからだ。加奈の家に寄るのはついで。

「一時間はかかるよな、その山までは」

 オレは、プレリュードのギアを切り替えながら言った。大学時代は、マニュアルミッションが格好いい、と思っていた。今は、単に面倒だ。

「着くまでは、ゆっくりドライブね」

 うれしそうに涼子が言った。まるで子供のような笑みだ、と思った。

 もっとも、オレから見れば、子供みたいなもんだ。

 オレは、ふっと息を吐き出した。

「なあ、涼子。どうやって猫を殺した犯人なんて見つけられるんだ?」

 涼子は不思議そうな顔をした。

「さあ?わたしには分からないわ」

「猫の霊に聞く、とか?」

 涼子は笑い出した。

「どうやって聞くのよ?猫よ。話せるはず無いでしょう?」

 もっともだ。

「じゃあ、どうやるんだ?」

 涼子はめんどくさそうに顔をしかめた。それがまた、子供が大人ぶるような仕草で、かわいらしい。

「とにかく、わかるのよ」

「猫の付けていた物が欲しいって言ったけど?」

「あれは、物に残った印象をたどればいいかな、と思って。加奈の部屋には、加奈の思い出しかなかったから」

「物に残った印象?」

「そうよ」

 これ以上尋ねるのは危険かな、と思った。涼子は、彼女の能力に関する質問には、すぐにつむじを曲げる。

「だからね、圭吾、車を買い替える時は、新車にしてね。中古車って気持ち悪いんだから。以前に乗っていた知らない人の感情が溢れていて。そういうのが、次から次に頭の中に浮かんできて」

 オレは頷いた。その話は以前にも聞いた。プレリュードのクラッチが壊れた時のことだ。ほんの二ヶ月前のこと。買い替えようとしていたオレを涼子が止めた。中古は絶対に嫌だ、と言って。残念ながら、新車を買う余裕はなかった。だから、クラッチを交換したのだ。二度目のクラッチ交換だった。四年前にも一度交換している。八万キロの時だ。そのぐらいがクラッチの寿命なんだろう。

「圭吾。何年か前に、この車でデートしたでしょ」

 オレは答えなかった。そりゃあ、何度かはしている。

「その人と喧嘩したのも、車の中ね。その時、その女の人が投げた携帯電話がここにぶつかった」

 そう言うと、ダッシュボードの傷に触れた。ほんの1センチくらいの傷だ。

「覚えて無いよ、そんなこと」

 オレは、不機嫌な声で言った。そんな昔のことを思い出したくない。

「そうよ。圭吾は忘れていられる。でも、わたしはそうはいかないの。こんな小さな傷でも、わたしには息が詰まるのよ。それが、見知らぬ人の記憶だったりしたら、最悪よ」

「そうだな」

 オレは、黙りこんだ。彼女は、オレの気持ちを察したらしい。

「話を変えましょう」

 オレは頷いた。


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