竜装騎士、突入可能まであと――
酒場に大勢の人間が集まっていた。
その中心にいるのは、エルムによって傷の手当てをされたエドワードだった。
「……すごい、こんなにも効果の高い回復魔術を……」
「それはともかく、さっきのダンジョン七層での話は本当なのか?」
村長ということで、エルムが代表で話を聞いていた。
他の者は固唾を呑んで、“ダンジョンの崩壊”という言葉に危機感を募らせる。
「はい。とても強くて信頼できる匿名希望の方が、それをエルムさんに伝えてほしいと」
「俺に伝えてほしいと……? 誰だろうな……」
「とにかく、その方がまだ戦っているはずです! 助けに行かなくては!」
シャルマの救助を求めるエドワードだったが、エルムは神妙な面持ちで答えた。
「いや、その件なんだが……。あのあと偶然にも七層に行ったパーティーが戻ってきた。しかし、あったのは天井崩落の瓦礫と、そこから流れでる大量の血液だったらしい……」
「……そんな……拙僧を逃がすために……」
「落ちつくんだ。ダンジョンの結界があれば、普段と違って死亡後の時間経過が長くても蘇生は可能だろう?」
「……いえ、普段ならそうなのですが……。最悪の場合は、それすらもできなくなる可能性もあります」
「焦る理由はそれか……。現れたダンジョンイーターというモンスターに関係がありそうだな。事情を話してくれないか?」
「わかりました」
エドワードは、髪色を隠すためにかぶっていた帽子を脱ぎ、細目を見開いた。
白い髪に赤い眼、世にも珍しいアルビノである。
「拙僧は法国の王子エドワード……。いえ、正確には元王子ですね」
「法国……か。十数年前、突然他国に占領され、王が処刑されたと風の噂で聞いた記憶があるな……」
当時の法国は、帝国や王国のように大きくはないが、それなりの兵力を持った国だった。
それが短期間に占領されてしまい、様々な憶測を呼んだ。
しかし、それも風化して、新たな王の下での統治が乱れて情勢が不安定になっている。
「父が治めていた法国が占領されたのは、ダンジョンイーターのせいなのです」
「ダンジョンイーターが……?」
「当時、平和だった法国の街にダンジョンが出現しました。資源として使えると民は喜んでいたのですが、突然……内部からダンジョンイーターが発生しました。奴は探索中だった冒険者を皆殺しにして、そのまま壁ごと蘇生結界を食い破り、冒険者は生き返れずに……。そして被害はさらに拡大しました」
当時、街は悲惨な状況だった。
駐在していた兵士と冒険者がダンジョンイーターを討伐しようとするも、異常に硬い皮膚を傷付けられない。
巨大な身体で外部に出て暴れ回り、街を破壊。
漏れ出たダンジョンの魔力も様々なモノと反応して、モンスターを地上に生み出していった。
「その事態を見かねた父――法国の王は、多くの兵を連れて出撃しました」
法国の王は、これで国の守りを薄くするのは危険かもしれないと悩んでいた。
しかし、民を見捨てることはできない。
そう決断して、代々伝わる伝説装備の剣を手に、ダンジョンイーターと戦ったのだ。
相手に深手を負わせてダンジョンの奥に追いつめるも、王の追撃隊は相手を見失ってしまう。
そして――その隙を突かれて、法国は他国に占領されてしまった。
「……なるほど、法国でそんなことがあったのか。辛いことを思い出させてしまってすまない」
「いえ、法国の過去のことはいいんです。今、このボリス村にダンジョンイーターが現れたことが問題なのです」
「確かにそうだな。では、まとめよう。ダンジョンイーターはダンジョンを喰らい、とても硬い皮膚を持つ。……これは同系統のモンスター特性から考えれば、ダンジョンの壁と同じような強度になっていると考えられる」
同系統である、弁当勝負で勇者たちが向かったダンジョンに生息していたサンドワーム。
この種類のモンスターは特性としては、生息地にある砂や鉱石を喰らって自らの身体の一部にしている。
今回のダンジョンイーターが、ダンジョンの壁を食べているのだとすれば、同様の通常破壊不能に近い特性を持っている可能性が高い。
過去の話からしても、皮膚を傷付けることができたのは伝説装備のみだ。
「そしてダンジョンの外壁が壊れて、魔力が漏れるとモンスターなどが出現する」
同時に蘇生結界の効果が消えて、死者の魂も外部に霧散するだろう。
「……実はその後にわかったのですが、ダンジョンの魔力に晒された土地は死にます。具体的には農作物が育たなくなり、水も汚染されて……」
その二人の恐ろしい発言に、酒場の中はざわめいた。
傷付けられない相手が、ダンジョンを崩壊させ、村の土地を汚染しようとしているのだ。
突き付けられた突然の出来事に、絶望感しかない。
――だが、エルムとその仲間たちだけは違っていた。
「それなら、やることは決まったな」
「ふふ、楽勝ですね」
「地上に出てこられる前に、ダンジョンイーターを倒すだけだわ!」
ガイ、ウリコ、レンは勝利を確信してニヤリと笑う。
そして、エルムに熱い視線を向けた。
「悪い、ダンジョンに入れるまであと20時間くらいある……」
「「「えぇーッ!?」」」