異界の災害級、ダンジョンを喰らう
――これは数十分前の出来事。
ボリス村ダンジョン七層目。
エドワードとシャルマ、それと数人のパーティーメンバーがいつものように休憩していた。
「くくく……待ちわびたぞ。今日はついに、この村に来た目的の一つ。我が友の料理を食べられる」
「シャルマさん、友達なら普通に会えばいいんじゃないですか?」
「たわけが……! 余が軽々しく顔を合わせては、勿体ないではないか!」
「えぇ……」
いつものように隣り合って座り、荷物から弁当を取りだしているシャルマとエドワード。
今日は普段より、シャルマのテンションが高めだ。
「あの、もしかして弁当を拙僧に買いに行かせていた理由は……」
「ふん! 語るまでもないわ!」
「……恥ずかしくて語れない、の間違いでは。もうさすがに面倒くさいので、直に会いに行っちゃってくださいよ」
「まぁ、其方がそこまで言うのなら、そうしてやらないこともない。余がボリス村に来たもう一つの理由も、運命が逸れたようだしな」
「運命が逸れた……?」
そのとき――地響きがダンジョンを大きく揺らした。
尋常ではない震動に、エドワードは弁当を落としそうになりながらも周囲を警戒する。
「こ、これはいったい……」
「ちっ、このタイミングか。無粋な奴め」
逆にシャルマは、まるでこうなるのを知っていたかのように落ち着き払っていた。
まだ開けていない弁当を惜しみながら、エドワードに手渡した。
「準備体操を終えてから食べることにする。それまで預かっておけ」
「な、何が起こって……?」
シャルマ以外のパーティーメンバーも、落ち着き払った様子で武器を構え始めた。
「陛下、援護致します」
「ふん、良きに計らえ。デイム」
ダンジョンで見せていた冒険者の顔とは違い、全員が何か一国を背負っているかのような気迫。
シャルマを中心に、訓練された隊列が作られていく。
「来るぞ……!」
その前方斜め上、ダンジョンの天井が轟音と共に砕けた。
どんな攻撃でも砕けないとされるダンジョンが、砕かれるという異常事態。
この世界の常識的にありえない。
過去に起きた、例外を除いては――
「あ、アレはまさか……」
エドワードは幼い頃の記憶がフラッシュバックしていた。
人間はおろか建物すら一飲みできそうな巨大なワームの体躯、口内の至る所から生えているギザギザの鋭い歯、ゴツゴツした土色の皮膚に見える一本線の傷、そしてもっともたる特徴は――どんな壁でも囓って己が身とする能力。
「そうだ。冒険者エドワード――いや、追放されし法国の王子エドワードよ。アレは以前、其方の法国を襲った“異界の災害級・ダンジョンイーター”だ。まったく、普段は的中しない未来視が当たってしまうとは」
「シャルマ……あなたは……。いえ、貴方様はもしかして……」
「法国の王子エドワード、其方に勅命を下す。ここから全力で生き延びて、このことを我が友エルムに伝えてこい。――まぁ、余が倒してしまって無駄足になると思うがな」
「は、はい!」
「ああ、それと……余の名前は伝えなくていい。エルムのことだ。立場など関係なく世界を救ってしまうような――大馬鹿者だからなッ!」
戦闘が始まった。
ダンジョンの広い通路を、ダンジョンイーターの巨躯が這いずる。
シャルマが飛び込み、その手に持つ斬鉄剣を振るうも、異常な強度の皮膚に弾かれてしまう。
そのまま、他のパーティーメンバーの一人が無慈悲に一飲みにされる。
「くっ、拙僧は自らの役目を……!」
勝てない戦いだと悟ったエドワードは、ダンジョンを共に冒険してきた仲間たちに背を向けた。
逃げるという意思ではない。
仲間達が託してくれた、エルムへの連絡のために苦渋の決断なのだ。
本当ならヒーラーとして今すぐにでも戦闘に加わりたい。
しかし、それでも反対側にある転移陣の出口まで向かうことを選択した。
「戻るまで無事でいてください、シャルマさん……!」
背後からダンジョンイーターの射出された牙が飛んできて、エドワードの肩を抉ったが、痛みに耐えながらそのまま走った。





