弁当七番勝負! 魔法猫組の魔剤弁当!③
――遡ること数分前。
肩にかかりそうな長さの金髪をなびかせる猫獣人の幼い少女――レンは無事に水場を見つけて、とても嬉しそうな表情をしていた。
「こ、これでベタベタの汗と糸を洗い流せるわ! こんな場所の水場を見つけられるなんてブレイス様はやっぱりすごいな~。いつも修行は厳しいけど、優しい一面もあってステキ。さすが特別な存在……! もしかしてレンの王子様なのでは? ……なんて、なんてー!」
そこは比較的広い水場で、透明度も高く、危険な生物が潜んでいる様子もない。
念のために指先をチャポンと入れてみて、濡れた部分を舌でペロッと舐めてみる。
「舌先が痺れないし、味的にも普通の水……かな?」
平気そうだと思い、手のひらですくった水をゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んだ。
仮に腹痛になったとしても、魔術師ならある程度は治すことができる。
「ふぅ……水ってこんなにおいしいんだ……」
歩きづめでカラカラに渇いた喉を潤す水は、極上の飲料にも負けない。
貴族という恵まれた環境で育ったレンは、これはいい経験をしたという満足感でいっぱいだった。
「さてと、あとは水浴び~♪」
レンも女の子である。
身体を清潔にしたいという優先順位はかなり高い。
まだあまり慣れていない巫女服を脱いでいく。
最初に下半身を被う緋袴と呼ばれる、東の国特有のダボダボ赤ロングスカートの帯をほどき、ずり下げて取り去る。
次に身体全体を包み込んでいる白衣、そして最後に下着の一種である襦袢とショーツを脱ぎ捨てた。
下着は汗でグッショリとなっているので、あとで軽く水で洗ってしまってもいいかもしれない。
火と風の魔術ですぐ乾かせるのも、魔術師の特権だ。
「いやっほ~♪」
レンはそのまま水場の中へとダイブした。
薄く軽い身体は水しぶきをあげながら、水中へと一旦沈み、意外と浅くて立ち上がる。
それでも満足そうに身体を清めていく。
火照って赤くなっていた顔をパシャパシャと洗って糸を流し、上半身の汗も流してスベスベの肌に元通り。
猫耳と尻尾を振ると、水滴が太陽に反射してキラキラと輝く。
「ん~、気持ち良い~!」
険しい熱帯雨林という環境だからこそ得られる、至福の時間。
師匠であるブレイスに勧められたのもあって、レンは気を緩めきっていた。
――ガサッ、と草むらから音がした。
「ん……? 風……だよね? いくらブレイス様でも、モンスターのいる場所で水浴びとか勧めるはずないし」
レンは気にしないように、水浴びを続けた。
うなじ、脇の下など汗をかきやすい場所を水で流していく。身体の熱い部分が冷やされて気持ちがいい。
そういえば……とレンは思い出した。
なるべく手放さないようにと言われていた錫杖も、脱ぎっぱなしの着替えと一緒に放置されている。
今襲われでもしたら、ひとたまりもないだろう。
ゴクリとツバを飲み込んで、念のために音がした方を注視した。
「まさかねー……。いや、きっとブレイス様かエルムが、『そろそろ時間だ』と呼びに来てくれた音に違いな――」
再びガサッと草むらが揺れた。
レンは身構える。
すると――ピヨピヨと小さな鳥が飛び立って行った。
「なーんだ鳥さんか。やっぱりモンスターじゃないわよね」
「――ピィッ!?」
安心したのもつかの間、その小さな鳥は糸に絡め取られて落下した。
草むらの奥からノッソリと出てきたのは、巨大な蜘蛛型のモンスターだった。
「キャーッ! バケモノ蜘蛛がーッ!?」
その身体の大きさは子どもであればペロリと食べてしまいそうで、頭部の不気味な黒い目が一糸まとわぬレンを捉えていた。
「なんでモンスターが……。まさかブレイス様、厳しい修行をしてくるとは思っていたけど、まさか……まさか……」
巨大な蜘蛛は八本足を器用に動かして近付いてくる。
「水浴び中にモンスターと戦わせて修行とかありえないんですけどーッ!?」
レンは何も装備していないために不安だが、生き残るために必死に集中して、成功率の高い氷弾の魔術を唱えた。
「――飛べ! “氷の破片”!」
何とか成功させるも、錫杖がないので魔術の威力が落ちている。
巨大な蜘蛛は避ける必要すらないのか、丸太のように太い足で軽々と氷弾をはじき飛ばした。
「そんな……!? きゃッ!?」
混乱しつつも二発目を撃とうとしたが、巨大な蜘蛛は糸を吐き出してきた。
一本程度ではそこまで拘束の効果はないが、次々と糸を飛ばしてきて、小さなレンの身体をがんじがらめにしていく。
「ちょっと、これ本当にまずいわ!? 可愛い弟子に、なんて修行をさせるのブレイス様は!? うぅぅぅ……薄々勘付いてはいたけど、人でなし! ろくでなし! 猫の皮をかぶった修行の鬼ー!!」
もうダメだ――と思ったそのとき。
草むらから覗いていたブレイスと目が合った。
ブレイスは普段と変わらない表情で、片手を上げて『やぁ』と挨拶をしてきた。
「いたなら見てないで助けてくださいよ、ブレイス様ぁぁああ!!」
「仕方ないですね~。でも、うまくやれば、レンの魔力量や練度でも切り抜けられたんですよ?」
ブレイスはやれやれという仕草をしながら、レンの錫杖を拾い上げた。
「まずは武器を手放したのが減点ですね。持ち歩くか、すぐ手に取れる場所にいましょう」
ブレイスはその錫杖を水場に向けて、ほんの少しの魔力を注ぐ。
すると水場から水球が浮き上がり、瞬時に大きめの氷塊へと変化した。
「なっ!? 少しの魔力しか感じないのに、ブレイス様はどうやって……」
「場所を最大限利用しましょう。何もない空中から氷を作り出すより、その場にある水の性質を変化させて氷にした方が、魔力を節約できて――このように威力も上がります」
ブレイスの手によって操られた氷塊は、猛スピードで巨大な蜘蛛に激突した。
いくら太い足のガードでも、この威力なら防げないようだ。
一瞬にして巨大な蜘蛛は潰れ、退治された。
「とまぁ、これが正解の一つです。前衛と違って、後衛というのは幅広い視野を確保できます。だからリーダーは前衛というケースが多いのですが、それでも儂たち後衛は状況を柔軟に判断できる立場なので、常にパーティーを支えられる冷静さを鍛えなければなりません」
「……さすがブレイス様。人格はアレだけど――でも、やっぱりカッコイイ!」
レンは少し前まで、人でなし、ろくでなしと言っていたブレイスに対して手のひらをクルッと返した。
基本的に問題のある人間が好きなのかもしれない。
「さて。お兄さんだったら、どうしますか?」
「エルムの答えも、レン聞きたい! きっと素晴らしい答えに違いないわ!」
話を振られたエルムは、いつの間にか水場でレンの服を洗っていた。
その姿はまるで親のようである。
「ん~、そうだな~。俺がレンだとしたら、小さな火の玉を出して……容赦なく森を燃やす。生木は燃えにくいけど、幸い着火剤となる糸がいっぱいだしな。モンスターの逃げ場がなくなるくらい、全体によく燃え広がるだろう。あとはそれを安全な水場から眺めているだけでいい」
エルムは洗濯の傍らで当たり前のように話したが、二人のリアクションが返ってこないのに気付いてハッとした。
ゆっくりと顔を向けると、驚愕の視線が向けられていた。
「ま、まぁ確かにお兄さんの回答なら、他にモンスターが潜んでいても退治できますが……。いやはや、そういうところ昔から本当に大雑把ですよね」
「も、森を焼き払うってスケールがでかすぎるわ……。でも、それもキケンでステキかも……!」
「……いや、問題として聞かれたから答えただけで、実際にはやらないぞ!? やったとしても、消火したりのフォローはするだろうし……たぶん」
戦闘の影響か顔を上気させているレンは、これからはもっとエルムの言うことをキチンと聞こうと思った。
あと下着を洗われているのが少し恥ずかしかった。