弁当七番勝負! 爺孫組の東の国弁当!②
冒険者へのリサーチを終えたコンは、居ても立っても居られず酒場の厨房へとやってきていた。
まだ十歳の少年は背も低く、背伸びをしたり、踏み台を使ってやっと作業台の上をのぞき込めるくらいだ。
それでも猫耳をピコピコ、尻尾をブンブンさせながら興奮している。
「よし! さっそく、料理というものを作るぞ!」
それを見守っていたエルムは溜め息を吐いた。
「いや、ちょっと待つんだ。ショーグンがまだ来ていない……」
「この抑えきれない気持ち、どうしようもないんだ!」
「何か無駄に子ども特有の勢いがある」
仕方がないとエルムは押し負けた。
ただ、料理は油断をすると怪我をすることもある。
調理に介入するようなアドバイスは禁止されているが、危険な部分だけは注意することにした。
そんな気もしらず、コンは行動開始するのであった。
「えーっと、まずはリクエストにあったジャガイモから! ……ジャガイモ、どこだろう」
コンはキョロキョロし始めるも、まだ村に来たばかりで勝手をしらないのか、どうやってジャガイモを入手するかもわからないらしい。
エルムは、せっかく子どもがやる気を出していると考え、木箱の中に入っていたジャガイモをコンの目の前に置いてあげた。
「ほら、ジャガイモだ」
「……え? これがジャガイモなの? なんか泥も付いてるし汚くない?」
ただの収穫されたばかりのジャガイモを、訝しげな眼で見るコン。
「どこからどう見てもジャガイモだが? ……あ~、そうか」
一瞬、エルムは理解が追いつかなかったのだが、たぶんコンは調理前のジャガイモを見たことがないのだと察した。
貴族の家に生まれた、まだ十歳の子どもなら仕方がないのかもしれない。
「いいか、コン。このジャガイモを水で洗って、皮を剥くと、コンが知ってるジャガイモになる」
「皮をむく……フルーツみたいな感じか! わかった、やる!」
「フルーツ……」
嫌な予感しかしない。
冷たい水で我慢してジャガイモを洗ったあとに案の定、フルーツのように素手で皮を剥こうとする。
「むむむ……ジャガイモの皮、綺麗に剥がれないぞ!」
「えーっと、残念ながら指で剥くのは無理だな。刃物を使うんだ」
「なんだ、それなら早く言ってよ~」
コンは笑顔で、腰に帯びていた刀をスラッと抜いた。
エルムは速攻で止めに入る。
「ストーップ! 刀で野菜の皮剥きとか普通はしない。刃物は刃物でも、料理では包丁というものを使うんだ……」
「ほーちょー?」
「ええと、これだな……」
エルムは包丁をコンの前に置いた。
しかし今までの行動から、もはや不安しかなかった。
さすがにここまでだと料理以前の問題だ。
明らかにコンでは、弁当を作るのは不可能に近いとしか思えない。
「コン……そのな……。無理はしなくてもいいんだぞ……。この弁当勝負も、ウリコの気まぐれだし……」
場の空気に流されただけで、強引に料理に挑戦させようというのは考え物である。
エルムもそれを考えて、コンを止めようとしたのだが――
「いや、コンはやる! 弁当勝負とかじゃなくて、ただ冒険者――あいつらに弁当を作ってあげたいだけなんだ!」
「コン……お前……」
エルムは諦めたような表情で、フッと笑った。
思っていた以上に、子どもの成長というのは早いのかもしれない。
しかし、現実問題としてどうやって弁当を作るかというのがある。
エルムが手伝えない状態で、コン一人では到底成し得ないだろう。
――と、そこにショーグンがやってきた。
「ククク……もう始めておったのか。気が早い奴よ」
「おじいちゃん!」
「来たのかショーグン。待ちに待った真打ち登場だな」
厨房の入り口から入ってきたその姿は、いつもの東洋甲冑ではなかった。
着物にたすき掛けをして動きやすくした、調理のための格好だ。
あのショーグンが甲冑を脱ぐ、それは本気度を表しているのだろう。
「見たところ、ジャガイモの皮剥きか……。どれ、この拙者に任せろ」
ショーグンは自信満々で前に一歩出て、ジャガイモを力強く掴んだ。
エルムはその堂々とした姿に“さすがショーグン、料理もできるのか”と驚いていた。
「でやァーッ!!」
魂すら込められたような、気合いの一声が厨房内に響き渡った。
それはまるでショーグンが戦闘で抜刀するかのような声で――
「なん……だと……」
いや、それはそのままショーグンが抜刀しただけだった。
長い刀で、ショリショリとジャガイモの皮を剥いていく。
前振り的にエルムは唖然としていた。
しかも、微妙に上手く剥けていないのと、よく見ると指に包帯が不器用に巻かれていた。
「あ、あの……ショーグン……」
「なんだ小僧、話しかけるな気が散る……!!」
「アッ、ハイ……」
エルムは不安そうな眼で見つめるしかなかった。
たぶん、もしかすると、もしかしなくても……ショーグンがここ数日姿を見せなかったのは、隠れて料理の練習をしていたのだ。
コンにそれを知られるのが恥ずかしくて、エルムに面倒を見させていたのだろう。
「ぐっ、手強い……!」
ショーグンは地味に指を切って、ジャガイモを血だらけにしてしまう。
過去最大の強敵かもしれない。
「コンも皮剥きやるぞー!」
「あ、まだコンは危な――」
エルムが止める間もなく、コンは皮剥きを開始してしまった。
しかし、予想に反して――
「なにぃ!?」
コンは片手に包丁、もう片方の手で持ったジャガイモを高速回転させながらシュルシュルと皮のカーテンを作り出していた。
まったく危なげなく、十秒足らずで一個を剥ききってしまう。
驚いたエルムとショーグンだったが、冷静に考えればコンの種族は猫獣人。
自然と共に生きる種族のために、手先が器用なのかもしれない。
「なんかこれ、おもしろいな!」
「な、なかなかやるではないか……さすが拙者の新たなる孫……」
一瞬で負けたショーグンは、雷に打たれたような表情なのだが、無理をして平静に取り繕っていた。
プルプルと血だらけで震える指で、コンのジャガイモを指差し――
「そ、そこの芽は食べられないから取るのだぞぉ……」
「わかった! さすがおじいちゃん、物知り!」
「は、ははは……」
物凄い勢いでジャガイモの皮を剥き続けるコンを横目に、若干気落ちしているショーグンは古い紙のレシピを片手に料理を始めようとしていた。
それに気が付いたエルムは質問してみた。
「ショーグン、何を作るんだ?」
「夜ごとコンから、冒険者の家庭料理を聞かされたからな。それに近いものを何品か作ろうと思う。おにぎり、肉じゃが、きんぴらゴボウ――」
「……作れるのか?」
エルムは先ほどまでの料理下手から、ショーグンに対して疑いの眼を向けていた。
「むぅ……正直なところ、普段の自分一人で食べられさえすればいい男の料理と違って、今回は他者に喰わせるもの……。色々と勝手が違うので苦労はしているが、妻のレシピを参考にやってみようと思っている」
「なるほど。作り慣れた人が書いたレシピがあるなら、多少は安心できる」
それからショーグンは不器用ながら、一品ずつをゆっくりと作っていった。
レシピには弁当に詰めるときの注意点も書いており、肉じゃがの汁対策にカツオ節を敷いたりもした。
不器用なショーグンと、まだ様々なことに慣れていないコンの不出来な弁当。
――しかし確かに不出来な弁当だが、まごころは沢山込められているような暖かさがあった。
ちょっと文章の整え方を書籍版に合わせてみました。





