竜装騎士、人妻に告白される
「エルム様、あなたに恋い焦がれておりました」
「……え? ちょっと、あの、いきなり訳がわからないのだが……」
ニジン伯爵が早急に交易ルート開拓の検討に入ったため、側近達と忙しそうにしている部屋から出てきたエルム。
こんなにも早く対応してくれてありがたいという気持ちでいっぱいだ。
ジャマをしてはいけないので、屋敷の中で休憩できる場所はないかと探そうとしていた矢先、一人の美女と出会った。
「あの、どちら様……だろうか……?」
「そうですね。時が経ち、随分と私も老けてしまいました。気が付いて頂けないのも当然かもしれません」
目の前の金髪美女は、愁いを帯びた視線を伏し目がち。
老けたと言っているが、とんでもない。
まだ二十代のような美しくシワのない白い肌を、シルクのドレスで包み込んでいる。
それでいて、雰囲気は熟した女性特有の余裕と妖艶さを兼ね備えているのが伝わってくる。
スタイルも胸が大きく、くびれは細く、姿勢も良く、世間的な評価では完璧と言っても良いだろう。
そして特徴的なのは――その耳と尻尾である。
母性的な雰囲気と、猫獣人の可愛いギャップで大抵の人間はドキドキしてしまうだろう。ただし、エルムは朴念仁なので見知らぬ相手に困惑しているだけだが。
「王国の異種族として見放され、災害級モンスターに集落を襲われるも、王国軍は見て見ぬフリ。そんな中、潰されるはずだった幼い私――アビシニを救い、抱き上げてくれたのがエルム様でした……」
「ああ、そんな事もあったな……数十年前か。久しぶりだな、アビシニ。あんなに小さかった子が大人に……か。見違えたよ」
「ふふ、もう。いけずですねぇ。心は今でも生娘のようなものですよ、ニジンと結婚して人妻になっても」
「ニジン伯爵と結婚……つまり、アビシニは伯爵夫人なのか?」
「はい。エルム様が、安心して暮らせる場所を、こちらのノガード大陸に用意してくれたおかげです。夫のニジンとはそこで出会いました」
「……そうか、俺のあの行動は無駄ではなかったのか」
以前やっていた、とても些細な人助け。
それは世界を救うのに比べたらちっぽけだが、確実に誰かの人生を救っていたのだ。
そう思うと、少しだけ目頭が熱くなってくる。
「エルム様?」
「いや、何でも無い。目にゴミが入っただけだ」
「あらあら、ふふ。エルム様と出会った事を、王国に残った仲間に自慢しちゃおうかしら。最近、あっちからの手紙が途絶えちゃってるし、丁度良い機会だわ」
「王国からの手紙が途絶えた……?」
何かあったのだろうか、と思った瞬間――。
「隙ありだー!」
「隙ありだわー!」
無邪気で可愛い声と共に、木刀と氷塊が飛んできた。
普通だったらエルムの顔面に直撃コース。
しかし、それをヒョイッと難なく躱した。
「おぉ? なんだなんだ?」
アビシニの後ろにサッと隠れる二つの小さな影。
どうやらそれが犯人らしい。
「こら、レン! コン! エルム様に失礼でしょう!」
アビシニが一喝すると、ションボリとした男の子と女の子が出てきた。
「だってぇ~……コイツ、ママの好きな人なんでしょ~……」
「だったら、ボッコボコにしちゃわないとダメかな~って思ったの~……」
二人ともうり二つの外見をしていた。
年齢は十歳くらいで、どこかアビシニに似た美しくも可愛い顔立ちと、猫獣人の耳と尻尾だ。
違うところと言えば片方は金色の髪を短く刈り上げている……男の子だろうか?
もう片方は金色の髪が肩にかかりそうな長さで、女の子に見える。
「ごめんなさい、エルム様。この子たちは私とニジンの、双子の子供なんです。ほら、二人とも、ご挨拶なさい」
「う~。レンは挨拶するの嫌だわ……」
「コンも嫌だー!」
どうやらエルムは嫌われてしまっているらしい。
何故なのだろうか? と思っていると、アビシニが優しく母性的な笑みを浮かべた。
「もう、エルム様は私の初恋の人だけど、それで二人へ愛情が変わるという事はありませんよ」
「うぅ~……。べーっ! だ!」
「ばかエルムー!」
大好きな母親をエルムに取られてしまうと勘違いしているのか、色々と納得できない双子は舌を出したり、お尻を出したりして挑発。
そのまま走り去ってしまった。
「もう、あの子たちったら……」
「いや、気にしない。それだけアビシニが愛されてるって事だからな。母親がいない俺からしたら、羨ましい限りだ」
「エルム様……。確かに愛情はタップリなのですが、少し問題が……」
「ん?」
少しだけ困ったような表情になるアビシニ。
「実は、街の子供たちと頻繁に喧嘩をしているようなんです……。耳と尻尾が珍しいから、絡まれる事が多いと……」
「なるほど、それは母親としてはケガが心配だな……」
「はい、ケガが心配なんです。相手の――」
「……相手の?」
「レンは見よう見まねで魔術を覚えてしまって、コンは剣術を……。何か才能があったらしく、街の子供たちをすべてコテンパンにしてしまうんです」
確かにエルムに放ってきた攻撃は、普通の子供が喰らえばノックアウトだったはずだ。
下手をすると大けがをさせてしまう可能性もある。
「それで自分たちは天才、誰よりもすごい、特別な存在。と自尊心が強まりすぎてしまって」
「それであんなヤンチャになったのか。子育てというのは大変だな。アビシニは昔から静かで思慮深い性格だったし、そういうのは苦手そうだ。争いを好まず、いつも日陰で本を読んでいた小さな仔猫を思い出すよ」
「そこでエルム様にお願いがあります」
「ああ、俺に出来るなら何でも聞こう」
「――あの子たちを、ボリス村で預かってもらえないでしょうか?」
「……ボリス村で?」
「そして、天才というプライド、天狗になった鼻っ柱をへし折ってやってください。それはもう徹底的に、完膚なきまでに、上には上がいるというのをビシバシと見せつけて……ッ!」
「えぇ……」
母性溢れすぎてカーチャンと呼びたくなるくらい良い笑顔のアビシニ。
子供を産んで色々と強くなったのかも知れない。
眼が怖い。
「お願いしますね! 何でも聞くのでしょう!? エルム様!」
「……あ、はい」
エルムはその強さに圧倒されて、断りたくても断れなかった。
数十年前に抱きかかえた、あの小さく、か弱く泣いていた猫獣人の少女はどこに消えたのだろうか……。
人妻の描写がやけにスラスラと書けました。