魔法学校首席、過去を思い出す5
いきなり極大魔法を放たれて、魔王呼ばわりされたエルム。
普通だったら見捨てるか、怒り狂うだろう。
しかし、そんな事は気にせずにブレイスを拘束していた鎖を引き千切った。
「平気か?」
「あ……はい……」
衰弱で倒れそうになった裸のブレイスに、エルムが逞しい片腕を差し出した。
一瞬、躊躇するブレイスだったが、エスコートされる淑女のように掴まるしかない。
「あなた達はいったい……。まさか、魔法学校からの依頼で……?」
「魔法学校? なんだそれは。俺はお前の名前すら知らないのだが」
そのまま床に座り込むブレイス。
自己紹介をしていなかった事を思い出す。
「ぼ、ぼくの名前はブレイス・バートでしゅ……へっくしゅ!」
喋っている途中だったが、服を着ていないので身体が冷えてきた。
ブレイスは魔力をほぼ使い切ったということもあり、自らを抱き締めるようにしてブルッと震えた。
「サイズは合わないかも知れないが、それでも着ておけ。えーっと、ブレイス」
「あ、ありがとうございます」
上着を脱いで上半身裸となったエルム。
ブレイスは受け取って着てみたものの、サイズ差でブカブカ。赤面してしまう。
その二人を見た子竜が一言。
「何かボクのライバルになりそうだから、見殺しにしておいた方が良い気がするよ」
「バハさん、何訳わからない事を言っているんだ。あ、ブレイス、殺気を放たなくてもいいぞ。たぶん他愛のない冗談だ」
竜と猫、謎の険悪ムードの中で話は進む。
「ところで、あなた方はどうしてここに? なぜぼくの魔法を受け止められたんですか? なんでそちらの子竜は信じられない程に邪悪な魔力を?」
「あー……確かに俺達を見て混乱はするか。ここはまだ敵地だ。一つずつ、手短に話していくぞ」
「はい。こちらも信頼に値するという確証を得るまでは、何も話せませんから」
ブレイスからしたら、相手は魔王の手の者という可能性があるのだ。
心を許した瞬間に取り込まれるかも知れない。当然のように警戒心がある。
「ここに来たのは、近くの村が奴らに占拠されていたからだ」
「ぼ、ぼくの村に行ったんですか!? どうなったんですか!?」
「占拠していた奴らを全員倒した」
「……あの数を倒した」
「それでまだ占拠されてから時間も経っていないようだったし、村人が移送されてそうなここにやってきたわけだ」
「他のみんなは、村人の安否は……?」
「いや、一番警備が厳重だったから、最初にここに来た状態だ。まだ別の建物は調べていない」
エルムは、質問の答えの二つ目だ、と二本指を立てた。
「ブレイスの魔法で平気だったのは――」
「平気だったのは……? ゴクリ……」
「何かびっくりして手で弾いた」
「びっくりして手で弾いた」
これにはブレイスも真顔で輪唱するしかなかった。
今までどんな相手でも、極大魔法を弾ける相手などいなかったからだ。
それこそまだ見ぬ魔王クラスでも無傷ではすまない自信があった。
「あなたは人間なんですか……?」
「最初に言ったとおり竜装騎士だ。武具のない竜装騎士なんてお笑いぐさだけどな」
「確かに特殊な装備を持っているようには見えないですね……」
ブレイスは確かめるようにその手を、エルムの身体にペタペタと当ててみる。
感触としては程よく鍛えられた、成人男性の筋肉といったところだ。
「このバハさんの加護で、歳を取らなかったり、ちょっと力が強まっていたりするくらいだ」
「……そうか。あまりに自然すぎたから気が付きませんでしたが、喋る竜――つまり上位種の竜。まだ現存していたんですね」
神々にも匹敵するという、上位種の竜。
それは魔王が出現してから、ほぼ姿を消したと言われていた。
普通の人間がイメージするのは雄々しく巨大で力強いドラゴン。
しかし、目の前にいるのは可愛いぬいぐるみのような子竜だ。
「最後の質問は、バハさんから邪悪な魔力を感じる……という事だが……」
エルムは返答に困っていた。
確かにバハムート十三世は邪竜である。
それなら、見る者が見れば邪悪な魔力というのに映るだろう。
「じゃ、邪悪だけど、それほど悪い奴じゃないぞ……うん、たぶん……のような気がする」
「ちょっとエルム、そこは相棒として自信を持ってよ~!」
なるほど、と頷くブレイス。
「つまり、邪悪そうで邪悪じゃない少し邪悪な邪竜――ということですね?」
「うーん、この猫。やっぱり見殺しにしておいた方がよかったと思うな、ボクは」
子竜はニコッと悪辣な笑みを浮かべた。
そんな事を微塵も気にせず、話している内に少しだけ体力の回復したブレイスは、壁に掴まりながらも立ち上がった。
「さてと。それじゃあ、行きましょうか――お兄さん」
「お兄さん……? 俺の事か?」
「はい。とっておきの極大魔法を弾かれたのは、才能や努力の差ではなく、きっと不老不死の年齢の差です。なので、年齢だけのアナタをお兄さんと呼びます。ええ、悔しいとかないです。悔しくないですが、ちょっとしたイラつきを込めてお兄さんです♪」
「なにこの子、超面倒くさい」
「エルムぅ、人間の矮小なプライドって醜いね~」