魔法学校首席、過去を思い出す2
ブレイスは血の気が引いた。
近くの村が襲われている――該当する場所は故郷しかない。
今すぐにでも向かいたいが、学生が勝手に外に出ることは禁じられている。
ブレイスは逸る気持ちを抑えながら、学園長室をノックした。
「――入りたまえ」
「失礼します、学園長」
中にいたのは、高級な革張りの椅子に座る老人。
猛禽類のような眼で、机の上の書類を眺めていた。
「付近に魔王信奉者達が攻めてきているそうです」
「ああ。寄せ集め共が来ているのは知っている」
魔王信奉者とは、自発的に魔王を崇めて行動する存在である。
復活した魔王は軍を持たず、最初の大規模な戦闘以外は姿も見せずに、どこかに身を潜めていた。
しかし、その圧倒的な力に魅入られたのか、人間、魔族問わず崇める者が出てきたのだ。
魔王を崇めない人間を勧誘し、時には暴力に訴えて仲間を増やそうとする。
ただの宗教的なものなら何とかなるのだが、その魔王信仰は常軌を逸していて、何かに取り付かれたかのように倫理観を失っている。
今回も、魔王信奉者が村を襲って、自らの同類とすべく暴力的な行動に出るのだろう。以前のケースでは、従わないものを皆殺しにしている。
「それなら、今すぐにでも魔法学校から戦力を向かわせましょう!」
「いや、戦力は出さない」
「……い、いま……なんて?」
「聞こえなかったか、ブレイス君。戦力は出さない。魔法学校の守りを固める。この学び舎さえ残れば、人類の叡智は保たれるのだからな。外の輩など些末な事よ」
「ッ……失礼します」
「魔法使いならわきまえていると思ったのだがね、ブレイス君。……いくら将来有望なキミとはいえ、勝手に村に向かった場合は退学処分とさせてもらうよ」
ブレイスはドアを殴るように開けて、学園長室を後にした。
* * * * * * * *
ブレイスは魔法学校の生徒に有志を募ったが、誰一人として賛同者はいなかった。
小さな村一つのために学歴という名の人生を捨てる貴族層もいないし、命を危険に晒す勇気ある者もいなかったのだ。
「何が魔王を倒すためのパーティーだ、何が人類の叡智だ!」
心の中はグチャグチャになりながらも、悔しさからくる涙をぬぐって村へと向かった。
移動方法は常人のような徒歩や馬車ではなく、風の精霊に呼びかける詠唱をして、高速で飛翔する魔法。
しばらくして村の上空に辿り着いた。
俯瞰的に偵察すると、既に村は占領されているようだった。
悪趣味な魔王崇拝の装具を付けた人間や魔物達が、村を蹂躙している。
村のみんながどうなるかわからない、一刻も早く解決したい。
単身で心細かったブレイスは意識を集中して、すぐに詠唱を開始した。
それはただの魔法ではなく、この神の加護失われた世界でも届く、外なる存在からの助力を請う――極大氷魔法。
「――今ここに極大の魔法紡ぎ織りなす……“氷獄”!」
「な、なんだ!? 突然、上から……ギャッ!?」
魔王信奉者だけを狙って、空からいくつもの氷柱を降らせていく。
次々と潰され、触れただけでも氷付けになる。
襲撃に気付いた魔王信奉者達が地上から、空中のブレイスに矢を放つも、風の精霊の守りによって当たらない。
圧倒的有利な立場。
普通の存在が数百、数千集まろうと敵わない。
それが魔法使いという、人類に少数残された最高戦力の一つだ。
しかし、ブレイスには誤算があった。
「お前が魔法使い、ブレイス・バートだな? 両親を殺されたくなければ抵抗せずに降りてこい……!」
「……クソッ」
ブレイスはまだ、ただの子供だ。
人質を取られてしまえば、その戦意は砂の城のように脆く崩れ去る。
誰かとパーティーを組んでいれば人質救出も同時にできたのだろうが、今のブレイスは孤独だった。
地面に降り立ったブレイスは、背後から殴られ目の前が暗くなる。
そして――近くの廃棄砦を利用した収容所に移送されることになった。
* * * * * * * *
しばらく経ち、魔王信奉者達が村を拠点の一つとして使い始めたその頃。
「目標はあそこか。行くぞ、ハンス、バハさん」
「敵だ敵だイヤッホー! エルム! この大天才にもモルモットを残しておけよ! 魔道具のテストをしたいからな!」
「静かにしなよ、ハンスぅ……。まったく、ゴーレムばかりこんなに量産するとか、ボクですら呆れるよ……」
――後に“名も無き救世主”と呼ばれるパーティーが、崖の上から眺めていた。
ハンスお前そんなキャラだったのか……!





