竜装騎士、ようやく発見する
ダンジョンのモンスターを瞬殺してしまって、早々にウリコの店に引き上げてきたエルム達。
休憩中だったウリコがそれを見つけて駆け寄ってきた。
「あれ? いつもより更に戻りが早いですね。もしかしてラブラブレイスちゃんとの相性で絶好調ですか? このこの、色男!」
「いや、ウリコ。意味がわからない。それに“ちゃん”って……。何度も言うがブレイスは男だ」
「いいじゃないですか。何かこう、可愛いとちゃん付けしたくなるんですよ」
ノリについていけないエルムは椅子に座って、ウリコはいつもの癖で注文を取り始めた。
「エルムさん、何か食べますか? 従順な奴隷……もとい、優秀な従業員の副官さんが入ったので、お店に余裕ができちゃって! 今回は私が直接料理しちゃいますよ! 手作り!」
「お前……仮にも上級悪魔を従順な奴隷扱いって……。世界一怖い物知らずな上司だな。それはそれとして、ダンジョンで干し肉とパンを食べてきたから大丈夫だ」
「あ~、あの冒険者携帯食セットですか~……。すっごく不味いですよね」
「以前はアレをそれなりの食事と有り難がってなかったか、ウリコ?」
エルムが村にやってきた時、ウリコが冒険者用の食事を持ってきた事があった。
その時は感謝の印だったのだが、逆にエルムが美味しい料理を作って格差を見せつけてしまったのだ。
「ふふ……エルムさん。あれは私がまだ穢れを知らぬ純真な子供だった、遙か遠く昔の話ですよ……」
「数十日しか経ってないぞ」
「ああもう、舌が肥えちゃったんですよ! 誰かさんのせいで!! お腹もちょっと肥え気味になってきたので責任を取って貰いたいくらいです!」
「だ、ダイエット食でも作って責任を取った方が良いか……?」
「そういうところ! そういうところですよエルムさん!」
「うんうん、お兄さんは昔っからそういうところありますよね」
伝説級の朴念仁であるエルムに対して、ウリコと、横から割り込んできたブレイスが意気投合した。
ガッシリと交わされる握手。
なんだコイツら、と思いつつエルムは気にせず話を進めた。
「そういえば、冒険者携帯食で思い出したんだが、ダンジョンに持ち込む食事を酒場で販売してもいいんじゃないだろうか」
「ダンジョンに持ち込む食事……?」
「村のダンジョンは現状、比較的フロアが狭いからな。攻略法で内部も把握してるし、保存性の高い食事を持ち込む必要がないんだ」
「あ~、確かに。決まり事のように干し肉とパン、水で済ませちゃってましたね」
冒険者携帯食は、どの町や村でも売られている標準的なものだ。
在庫になっても腐りにくいし、一定数は必ず売れる。
特に考えなくても、置いておくだけで利益が出るという点でも強い。
「乱雑に持ち運んで、現地でそのまま食べるわけだから、現状だと料理の選択肢は少ないかもしれないが……。何か良いアイディアがあればなぁ」
「持ち運んで現地で……何かあったような……? あ、思い出しました! ずっと昔、ショーグンさんが話してくれました! 東の国では“お弁当”という特別な容器の携帯食があると!」
「そうか、弁当か。それなら“緑”モードで容器を作れば何とかなりそうだ」
木製か金属製で、フタの付いた箱を作り、そこに料理を詰め込むのが弁当。
衛生面や、容器の値段、詰められる料理の開発などに難がありそうだが、この村の条件ならクリアーが可能かもしれない。
「エルムさん! お弁当の販売をやりましょう! 丁度、人手も増えましたし! ……あ、でも問題があるかも」
「ん? 問題?」
「真冬ならともかく、食材を多く置いておいても腐ってしまうかもしれません。干し肉やパンと違って、お弁当用の食材は腐りやすいでしょうし。実は今でも、酒場の食材管理が大変なんです……」
「なるほど……確かに料理のバリエーションや、販売数を増やせば、そういう問題も出てくる……。酢漬けだらけというのも味気がない」
その二人のやり取りを横で聞いていたブレイスが、ひょいっと出てきて提案をしてきた。
「お困りですね? でも、それだったら、年中真冬の場所を作ればいいんですよ」
「ブレイスちゃん、何を?」
「年中真冬の場所……いや、そうか。わかったぞブレイス。食材倉庫に氷魔法を使えばいいのか!」
「はい、その通りですお兄さん。倉庫自体を冷やして、冷蔵庫にしてしまうんです。ただし――倉庫に氷魔法をぶつければいいだけではありません」
ブレイスは猫のように細長い瞳孔で、エルムをジッと見詰めた。
「低温持続させたり、温度調節の細かな魔法の扱いが必要ですね~? あ~、今のお兄さんじゃ無理かな~? これは儂の修行を受けるしかないかな~?」
「い、いや……何かやけにグイグイ来るなブレイス。お前が代わりにやってくれても……」
「儂は……ほら? 気まぐれな猫獣人ですし、いつかどこかに風のように去ってしまうかもわかりませんよ」
「そんなはずはない。ブレイスは誰よりも忠義に厚い魔法使いだ。黙ってはいなくならない」
「……はぁ、お兄さんはこれだから。灰の詐欺師、ラットの奴にもよく騙されてましたよね。――それはともかくとして、儂は手伝いませんよ。絶対」
「むぅ」
エルムは脳内で、もし自分が倉庫に氷魔法を使ったらどうなるかというのをシミュレートしてみた。
ウリコの店の横にある大きな倉庫に向かって、極大氷魔法“氷獄”をぶっ放す。
倉庫だけではなく、ウリコの店もろとも氷漬け。
しかも時間が経てば普通に溶けてしまうだろう。
「確かに今の俺じゃきつそうだな……。しかし、うぅむ。ブレイスの魔法修行かぁ……」
一向に乗り気ではないエルムは、何とか修行を回避する方法を考えるも、ウリコとブレイスの期待の視線が痛かった。
村のためになるのなら大体の事はしたいのだが、六百年前のとある理由から乗り気ではない部分がどうしても足を引っ張ってしまう。
そんな事とはつゆ知らず、冷蔵倉庫を作るという前提でウリコは話を続けた。
「もし倉庫を冷たくしちゃうのなら、仕舞ってある食材以外を移動させなきゃダメですね。隊長ゴーレムさんとか、拾ってきた綺麗な人間サイズの人形さんとか――」
「人間サイズの人形?」
「あ、エルムさんに言いそびれていました。みんなが帝都に行っている間に、浜辺に打ち上げられていたんですよ。とても不思議で……見ます?」
人間サイズの人形。
ウリコの言い方からして、衣装を飾るために普及しているマネキンではなさそうだ。
観賞用の精密な人間サイズの人形も存在しているのだが、エルムの記憶に引っかかるものがあった。
* * * * * * * *
薄暗い倉庫の中、胸に大穴を開けた人形が倒れていた。
美しく、まるで生きているかのように錯覚してしまう少女の人形。
「……ガラテア」





