上級悪魔、人間達に借りを返す
「あれ? 何か外で大きな音がしなかった? 空を見たら黄色いのがフワ~って」
ウリコの店――酒場部分。
信号弾に気が付いて、全身Sランク装備で固めた謎の人物が現れた。
それに対して、副官は頭を抱えながら説明した。
「まだその格好なんですか、ウリコさん。ええと、さっきのは非常に困った事に、ガイさんが信号弾を打ち上げてしまったんです」
「信号弾?」
「……はい。ニジン様が森に潜ませていた、五百人の兵を呼び寄せてしまう信号弾です」
「……は?」
「今から、村が大変な事になってしまうと予想できます」
全身Sランク装備のウリコは、スタスタとガイに向かって歩き出した。
腕をグルグルと回し、拳を強く握り――。
「何をしてくれちゃってるんですかガイさぁぁぁん!!」
「ウボァッ!?」
ボディに一撃食らって倒されたガイに、ウリコが腕を大きく掲げて勝利のポーズを決める。
「ぼ、暴力系ヒロイン反対……ガクッ」
「さらにこじれないように先手を打つ有能ヒロインと言ってください。よし、これで一安心――って、ロリオバちゃん何をしているの……?」
ウリコが店の中に視線を向けると、そこには厳かに正座をして神剣を召喚しているジ・オーバーがいた。
顔面蒼白でプルプルと震えていた。
「し、死んで詫びるのじゃ……」
「いや、ちょっと……意味がわからない……」
「我にも責任があるッ!! 腹を切って詫びるのじゃああああ!! 離せーッ! 潔く散らせるのじゃーーッ!!」
「ロリオバちゃんは責任感が強いから、それはそれで面倒くさい……」
数人がかりで押さえ付けて、取り上げた神剣をモップ立てに置いておいた。
ちなみに普通は魔王を一般人が押さえ付ける事は不可能なのだが、全力で抵抗すると逆にケガをさせてしまう恐れがあるので、そこらへんはジ・オーバーが折れたのだ。
慰謝料が何よりも怖い。
「そんなに慌てなくても良いぞ、村人達よ。伯爵である私が誤射だったと説明しに行けば良いだけのことよ」
店内の騒動をやれやれと苦笑いするニジン伯爵。
それを見て副官が、本物の執事のようにビシッと背筋を伸ばして、キメ顔でこう言った。
「ワタクシも村の代表代理としてお供致しましょう。もし、荒事になっても冷静に対処できますから」
「フクカン殿……。貴方がいてくれるのなら心強い。もはや万全の体制である、疑いの余地は無い。安心して吉報を待つがいいぞ、村人達よ」
自信満々でニジン伯爵と副官は、村の入り口へと向かうのであった。
* * * * * * * *
「ニジン伯爵、あなたを拘束させて頂きます」
「なにィ!? なぜ私が拘束されねばならぬのだ!?」
「事前に相談していた通り、黄色い信号弾が打ち上がったら洗脳で、もはや正気では無いという事。嗚呼、おいたわしや……」
「……すっかり忘れていた」
村の入り口付近の広場で兵達と対面したのだが、秒で敵対する事となっていた。
それもこれも、ニジン伯爵が用心しすぎて、村人洗脳説を有力視していたためである。
もうこうなってしまうと、洗脳されていないというのは証明できないので、交渉の余地は無い。
「きっと村人も洗脳されている! 全員を拘束しろ! 抵抗されたら力尽くで構わん!」
「こうなりましたか……。洗脳されていると仮定された者は、自身の事を洗脳されていないという証明はできない。所謂、悪魔の証明ですね。しかし、ふふ……ワタクシにお任せください」
「ふ、フクカン殿……?」
少しだけ哀愁を帯びた笑みを浮かべながら、副官が一歩前へ出た。
腕をオーバーアクションで振り上げ、そこからスタイリッシュに眼鏡をクイッと。
「実はワタクシ、上級悪魔で執事でして――ニジン伯爵や村の人間を洗脳していたのです」
「な、なんだってー!?」
副官は内心ほくそ笑んでいた。
ここで格好良く罪を一手に引き受けて、兵達を振り切って逃げる算段だ。
そうすれば、この場は収められるし、事情を知っているニジン伯爵からの好感度も爆上がり。
名付けて“泣いた青悪魔”作戦。
ほとぼりが冷めた頃に、何食わぬ顔をして別の人間の姿で戻ってくれば泣くことはないという完璧さである。
「グワハハハー! 下等な人間共ォー! この“オレ”を倒せるかぁー!」
「うわぁ!? 身体が化け物に変わった!?」
副官は本来のアークデーモンの姿に戻り、裂けている口を大きく開けて牙を剥き出しにした。
あとは適度に怯えさせて、猛ダッシュで逃げ――。
「各隊、列を組めー! 弓、放てーッ!!」
「え、ちょっ、まっ」
驚く副官。
兵達がアークデーモンの姿を恐れずにガチで戦闘を挑んできたのだ。
「我ら、ニジン伯爵の礎となれるのなら、悪魔に魂を喰われても構わぬ! 誰も彼もが伯爵に救って頂いた恩義ある身! 悪魔よ! 五百の屍を築こうとも、無傷でいられると思うなよ!!」
士気の高さが異常な兵達、それを見てニジン伯爵は感涙にむせんでいた。
「お、お前ら……そこまで私のために……!!」
「いや、ニジン様!! この場合はちょっと感動より、痛っ、いたたっ! 矢が雨あられのようにピンポイントでワタクシに来ていますよコレ!!」
副官はアークデーモン種族なのだが、指揮や補佐の能力は高くても、身体的能力は別にそこまで高くない。
外見ばかり怖いのである。
矢がプスプスと普通に刺さり、両腕でガードして丸くなる情けなさだ。
「先に魔術師殿に魔力付与してもらったのが効いているのか、こちらの武器で上級悪魔にダメージが通っているぞ! チャンスだ! 長槍兵隊、たたみ掛けろー!!」
「ひぃーッ!? ももももうダメだ! 遺言としてジ・オーバー様にお伝えください! 副官は村を守るために、苦渋の決断として正体を現して、人間相手を手にかけるのをためらって死を選んだとか、そんな美談風にお願いしますー!!」
迫る長槍、危うし副官――。
というところで、可愛い幼女の高笑いが響き渡った。
「フゥーハハハハ! 副官よ、やはりお主は我がいないとダメダメだな! この魔王の補佐こそが、副官本来の役目よ!」
数十本にも及ぶ長槍が、一瞬にして切断されてバラバラとなった。
銀色の髪をなびかせ、スタッと着地するメイド服の幼女――ジ・オーバー。
魔王、その人である。
「ジ・オーバー様!? あ、あなたまでそんな事をしては……もう村にいられなく……」
「なぁに。村も大事だが、副官のお主も大事なだけなのである!」
「ジ・オーバー様……一生付いて行きます!!」
「ふんっ! 当たり前なのである!」
神剣をズルズルと引きずる異様な幼女を前に、兵達は怯まずに帯びていた剣を一斉に引き抜いた。
「魔王を名乗るか! しかし、先ほどの動きからしてただの子供ではない……。油断せずに行くぞ!!」
『オォーッ!!』
鬨の声を上げて、兵達が突撃を開始した。
幼女一人相手に群がるには過剰戦力のように思えたが――。
「たわけが。油断してもしなくても、お主ら下級第二位程度の戦力では、この我の上級第一位のカテゴリーとは七段階も差あるのじゃ。足りぬ――足りぬのである!」
「なっ!?」
ジ・オーバーは全ての攻撃を超高速移動による残像で躱し、神剣に纏わせたエーテルの黒炎によって兵の剣を溶かし斬っていく。まるで一方的な隼の狩りのようだ。
「そう、お主らには何もかもが足りぬ! この魔王を倒そうというのなら、攻撃に耐えうる伝説の武具を持ってこい! ダメージを与えられる伝説の加護を纏ってこい! 六魔王を封印した伝説の存在を連れてこい! フゥーハハハハッ!!」
「ゆ、指一本触れられず、兵達が蹂躙されていく……。強すぎる……。これが魔王……本当に存在していたとは……」
「見逃してやっても良いのだぞ?」
「有り難い甘言だな。しかし無辜の民のためにも、その原因となっているお前を何とかしなければ……!」
兵達が恐れおののきながらも踏ん張っていると、ジ・オーバーは小さな溜め息を吐いた。
「敵が弱すぎて飽きた。こんなつまらない……本当につまらない田舎の村も飽きたし、また別の場所に……向かうのである……」
「は、はい。ジ・オーバー様。お供致します、どこまでも」
それはこの場を収めきれなかった副官と一緒に、偽の罪を背負ってどこかに去ると言うこと。
副官だけの時とは違い、ジ・オーバーは姿を変化させられないので二度と村に戻る事は出来ないだろう。
そのため……二人の背中はどこか寂しそうに見えた。
ジ・オーバーは何もない空間を狙い、神剣を軽く横薙ぎに振るう。
「ぐぁッ!?」
それだけでエーテルの波が遠くまで迸り、精神だけを強制的に削る攻撃となった。
あまりの魂の格の違いを本能で感じ取り、兵達は倒れ込んでしまった。
強さの差があるからこそ出来る、無血勝利。
ジ・オーバーは少しだけ憂いを秘めた顔を見せた後、村から去ろうとしたのだが――。
「ま、魔術師殿がやってきてくれたぞ……」
「やった……これで……」
兵達がそう言うと、森の奥からユラリとした陽炎のように“紫”の法衣を着た少年がやってきた。





