ある存在、追憶
無限にも思える刻の海を揺蕩う。
感覚がぼやけて、自らに手があるのか、足があるのか。
いや、この物を考える頭が実在しているのかすら疑わしい。
全てを投げ打ち、挑み、失敗した存在。彼を求めて永遠を彷徨い続ける亡霊のような意識。
薄れ行く自己証明の中で、唯一残った彼の記憶。
絶対に手放したくない。
吹き荒ぶ砂漠の嵐から、手の中のキラキラした物を守るかのように、必死に両手でかばって、まるで貧者が祈りを捧げているようだ。
情けない。
情けなくても絶対にこれだけは覚えていたい、覚えていなければならない。
どんな悪意が自らを染め上げようと、彼の事だけは、残滓のような魂に刻みつける。
鋭い刃でえぐって彼の名前を、溶けるような鉄の赤で彼の言葉を刻印しても、闇深い罪人の墨を入れても彼の面影を――。
何でも良い、彼の事を覚えていられるのなら、何もかもを捨てよう。
何もかもを偽ろう。
何もかもを犠牲にしよう。
何もかもを差し出そう。
この罪を重ねる者を、糸で吊して使うが良い……嫉妬の冠を頂く魔王よ。





