幕間6 王国VS殺戮人形・異種族・首狩り兎・災害級モンスター
サブタイトルからB級映画臭。
国王は部屋にこもって、怯えてガタガタ震えていた。
エルムを恩人や友として扱わず、また臣下として忠義を植え付けることもできなかった無能の王。
どうにかしてエルムに戻ってきてもらうために、追い出す原因となった貴族たちを罪人に落とすも時既に遅し。
様々な“脅威”が王都に攻めてきて、今まで進言されてきた対処方法に予算も人手も全く回していなかったため、どうすることも出来ずに……無様に逃げ出した。
遷都とは良く言ったものだ。
たかが港町に王都の住人や機能を移すなど不可能である。
最強の竜装騎士にあぐらをかいていただけの無能の王。
そう後世に伝えられるのだろうと思うと震えが止まらない。
国王の精神状態は限界近かった。
そこに貴族たちが行方不明になったり、港町についてからも謎の存在に襲撃を受けたりという日々が続いたのだ。
斥候によると、さらなる“巨大な脅威”が港町に向かっているという。
国王の精神は崩壊した。
心が狂気に蝕まれ、宝物庫から持ち出した国宝を積み木のごとく積み上げて、赤子のような声をあげて遊ぶようになった。
しかしあるとき──古い指輪を見つけた。
いや、見つけさせられたというべきだろうか。
黒い魔力が国王を呼び寄せる。
指にはめると、国王は再び震え出した。
今度は怯えではなく──眼を爛々と輝かせ、裂けるくらい大きく口を広げて笑い、歓喜に打ち震えた。
* * * * * * * *
審判の日は訪れた。
港町に迫る異種族、その後方から首狩り兎の大群。
防衛をしようにも港町内部に現れた謎の暗殺者“殺戮人形ガラテア”によって、兵力は激減。
真っ正面から迎え撃つのは現実的ではない。
加えて、国王は民の前に姿を見せることをやめてしまった。
退避の指示すら出ない。
逃げる者が現れれば処刑される。
その状況に民は嘆き、悲しみ、死を意識した。
既に港町は許容量以上の難民を受け入れきれずに不衛生、食糧不足、仕事の取り合い、犯罪率上昇と鬱々とした状況。
さらに港町の外には溢れ出るように野営をしている者も多かった。
地獄絵図といえるだろう。
民も薄々感付いていた。
どうしようもならない、後は運命にトドメを刺されるだけと。
そうしたら楽になる……楽になれる。
しかし、大人と違って、子供たちは純粋だった。
純粋に死にたくないと願う、生命の基本的なルール。
死にたくない、死にたくないと年端もいかない者たちが涙する。
その子供たちを見て、殺戮人形と化していたガラテアの心が動かされた。
どこか昔の自分と重ねてしまったのだ。
大人に、世界に翻弄されて、泣き叫び、人形へと変えられてしまった自分に。
我に返ったガラテアは戸惑った。
「……この状況を作り出したのは、ワタシでもあるのですね」
指揮官である貴族を殺し、その護衛の兵士を殺し、結果的に防衛力を大幅に低下させてしまっている。
それくらいまでに殺して殺して殺し尽くし……手は血に塗れている。
その手で、泣いている子供に何をしてあげられるというのだろうか。
わからない、判断できない、どう動けばいいのだろう。
復讐心に身を任せて殺戮を繰り返した結果がこれだ。
「今のワタシに何かする権利はあるのでしょうか……」
血の通わない冷たい身体のガラテアは自問自答する。
しかし人形の心は何も答えてくれない。
元より心なんてなかったのかもしれない。
いや、復讐を選んだ時点で、心を失っていたのだろう。
「せっかく、敬愛するあの方が──エルム様が与えて下さった二度目の人生だったのに……ワタシは何という事を……」
脳裏に浮かび上がる、あの優しい笑顔。
暖かく、思い描くだけで胸の高鳴りが止まらない、何者にも代えがたい大切な記憶。
そこでふと、エルムならどうするか? ということを考えた。
単純だった。
とても単純だったのだ。
エルムに助けられたガラテア自身が──その答え。
懐かしい笑顔に従って、決断した。
ガラテアは自らの手のひらをジッと見詰める。
実際には血液の付着していない、エルムが作ってくれた白く美しい手。
その手で、泣いている子供の頭を撫でた。
「……ふぇ? お姉ちゃん、誰……?」
「ワタシはガラテア。この身に代えても、アナタ達だけは守ってあげましょう……」
兵士達ですら統率が取れずに慌てふためいている街中を抜けて、迷わずにガラテアは危険な門の外へと向かった。
港町の外の平原でガラテアは見た。
「……アレが異種族──いえ、猫獣人の部族ですね」
数十人規模の猫獣人の戦士たち。
それが港町を目指してきているのが目視できた。
情報によれば、さらに後方からSSSランクモンスターの首狩り兎の集団が向かってきているらしい。
「化け物と、化け物と、化け物の戦いですね。
このナイフで、どこまで殺戮し尽くせるか楽しみでしょうがないです……」
どこからかナイフを取りだしたガラテアは、投擲の構えをとりながらジリジリと距離を詰めていく。
猫獣人たちの攻撃範囲がどれくらいなのか見極めたい。
弓を使うのか、はたまた同じように投擲用の刃物を持っているのか。
王国軍が当てにならない今、ガラテアが倒れたら港町の住人は蹂躙されるだろう。
慎重に行動せざるを得ない。
「エルム様が作ってくれたこの身体……せめてもの恩返しとして、捨て石にでもなりましょう……!」
猫獣人たちと距離が近くなり、ガラテアはナイフを投げようとした。
そのとき──。
「ま、待て! 今、エルムと言ったか!?」
猫獣人の一人が前に出てきた。
ガラテアはそれを聞いて、驚いて目を丸くした。
敵だと思っていた存在が、最愛の名前を知っていたからだ。
「言いましたが……。
もしかして、あなた方もエルム様のお知り合いで……?」
「ああ、英雄エルムは我が部族を助けてくれた。
せめてもの恩返しとして、彼が守っていた民を救おうとやってきたのだ」
「救おうと……? ですが、風の噂では殺しにやってきたと……」
「多少は殺したが、それは我が部族と英雄エルムに害をなした貴族だけだ」
ガラテアは緊張が解けて、思わず笑ってしまった。
今まさに殺し合おうとしていたはずなのに、フタを開けてみれば似たもの同士だったのだ。
「それなら協力できそうですね、ワタシたち」
「協力……?
失礼だがお嬢さん、これからやってくるのは恐ろしいSSS級モンスターの首狩り兎で──」
「あら?
ワタシはエルム様に作っていて頂いたゴーレムのボディを使っていますの。
それでも戦力になりそうにないと仰いますか?」
「なに……!? 英雄エルムの……。
失礼した。戦力としては申し分無さそうだ」
王国と敵対していたはずの存在たちが、奇妙なことに王国の民を守るために共闘する。
それは一見おかしいように見えるのだが、民を守ってきたエルムの行動によって繋がれたものなので当然かもしれない。
そうこうしている内に、白く小さい悪魔の集団が見えてきた。
「きたか。アレを港町に通せば住人は全滅だろう」
「ええ、それどころか溢れ出ている難民キャンプも虐殺されてしまいますね。
殺戮はワタシだけの特権なのでお帰り願いましょう」
「……このお嬢さん、物騒だな」
嬉々として狂気じみた笑顔を浮かべるガラテアに、猫獣人たちは少し後ずさるのだった。
だが、闘志自体は一歩も怯んではいない。
槍、弓などの部族特製の武器を構え、突進してくる首狩り兎の集団に備える。
緊張が走る。
敵集団の数は遠目で見ても数十、もしかしたら百を大きく超えるかもしれない。
どれだけ死傷者が出るかわからない。
そして逃げることも選択肢にないし、手を抜いて背後の港町に通すという気もない。
王国の貴族を殺してきた者たちが、王国最後の守護者になる。
それは国にとって皮肉でしかないのかもしれない。
「来ます……!」
「……いや、待て。様子がおかしい」
首狩り兎の集団は、海を見たとたんに急カーブした。
一八〇度回転──つまり回れ右をして、港町から離れていくコースになった。
「……どこかへ行ってしまった。……助かったのでしょうか?」
ホッと一息吐く面々。
首狩り兎たちが消え去った平原は静かで、草花が揺れているくらいだった。
もう安心だと思っていたのだが、猫獣人の一人が何かに気が付いた。
「少し変だぞ。アレは……追われているような様子だった」
「追われていた……? SSSランクモンスターである首狩り兎の集団が、ですか?」
その予感は的中してしまった。
遠くから徐々に、巨大な何かがうねりながら近づいているのが見えてきた。
それは土色のヘビのようだが、両目が無く、人間を軽く一飲みできそうな大口の中は、数百の牙で埋め尽くされている化け物。
「な、なんだアレは……」
それは災害級モンスター“ギガントワーム”であった。
現代基準の災害級モンスターなので不死特性はないが、それでも普通に戦う場合は軍隊規模が必要である。
どう考えてもガラテアと猫獣人たちの戦力では勝ち目が無い。
「何が来たって関係ないですね……!」
「そうだな。英雄エルムのように猛々しく戦うのみだ」
武器を構え、王国最後の守護者たちはギガントワームに立ち向かっていった。
* * * * * * * *
それを遠くから眺める、一匹の邪竜がいた。
「あ~あ、せっかくボクがきてやったっていうのに。
面白い見世物が始まると思ったら、残念ながら共闘を始めちゃったよ~」
白銀の鱗を輝かせながら、深い溜め息を吐いた。
視線の先には、勝ち目のない戦いを必死に耐えているちっぽけな存在たち。
楽しいことが大好きな邪竜にとっては、退屈で退屈で仕方がなかった。
「でも……。そうだね。確かに無辜の民が死んでしまうのは頂けない」
邪竜は、遠くにいる醜いギガントワームを鋭く睨み付けた。
その災害級モンスターは、帝都の“魔王の眷属”復活に影響されたものかもしれない。
「真っ白より、いっぱい汚れて悪い子に育ってからの方が楽しそうだしね~」
無邪気に邪悪なことを語り、少しだけ力を出してやることにした邪竜。
大きく口を開くと、黒い稲妻のようなエネルギーが溜まり、空間を歪ませていく。
そして、それを遠くにいるギガントワームに向けて撃ち放った。
着弾地点にブラックホールのような黒球が出現して、上半分を削られたギガントワーム。恐るべき災害級モンスターは呆気なく絶命したのであった。
「世界の全てはボクの物なんだから、もっと醜く争って、楽しく滅びてくれないとダメだよ~」
まだ熟していない果実に飽きた邪竜は、どこかへと跳び去って行ってしまった。
恐ろしげに、可愛く、ケタケタと笑いながら──。
* * * * * * * *
「な、なんだったんだ今のは……!?」
ガラテアと、猫獣人たちは状況が理解できずにいた。
絶望的な戦力差で戦っていたはずの巨大なギガントワームが、目の前で瞬時に肉塊へと変わったのだ。
呆然と立ち尽くすしかない。
「わかりませんが……ワタシたちの勝利です。
これで港町にいる人々は救われました」
「あ、ああ……。天の助けかもしれんな」
「それで、あなた方はどうするのですか?」
「どうする……とは?」
ガラテアと猫獣人の部族が共闘する理由はなくなった。
だから、ガラテアは今一度の確認をしているのだ。
「猫獣人としては、恨みある王侯貴族をまだ殺し足りないですか?」
「それは……」
猫獣人たちは黙ってしまった。
安易に王侯貴族だからといって復讐し続けると、さっきのような状況になったときに王国軍が機能しなくなるからだ。
実際に軍を出せない程に衰退している王国を見て、猫獣人たちは迷っていた。
無辜の民をも間接的に殺してしまうのではないかと。
単純な殺害のみで復讐を解決するというのは、そういうことなのだ。
「ワタシも……。
人形の身体にされたのは貴族のせいなので……、復讐したい……。
でも、たぶん……あなた達と同じ気持ちです。迷っています。
そして、これからも迷い続けるのでしょう」
既に殺戮で復讐を始めてしまったガラテア。
自分でも止まることができるのかわからない。
心に重いモノを感じながら、伏し目がちに港町に戻ろうとした──そのとき。
「……ん? アレは王国軍か。
今さら出てくるとは、指揮系統はどうなっているんだ」
港町の門から兵士たちが現れた。
数は少なく、防衛用の装備も設置式大弩が数機のみ。
あの程度のものでは、ギガントワームが残っていても倒せなかっただろう。
続いて出てきたのが、指揮官用の二輪戦車だ。
上に乗っているのは国王なのだが、どこか様子がおかしい。
「あぶぅ~。ばぶぅ~。だぁ~」
親指をチュパチュパ咥えながら、赤ん坊のような泣き声を出している。
立派な白ヒゲを蓄え、王冠とマントを着けた初老の男性がこれは異常である。
周りの兵士も見て見ぬフリをして、士気は最悪の状況。
それを見ていたガラテアは察した。
国王がこんな風に乱心してしまったために、王国軍も出せずにいたのだと。
「王国……ここまで落ちぶれていたのですか……」
「あぅ~、人形。お人形がいるぅ~」
「老人の声で……気持ちが悪い……」
「すべての元凶であるぅ~、エルムが作ったガラクタ人形ぅ~、キャッキャ」
その言葉にガラテアは反応した。
瞬時にナイフを手に持ち、国王がいる二輪戦車まで跳躍。
華美な天幕付きの荷台に飛び乗り、国王を押し倒して首元に刃を当てた。
「国王……、乱心してもエルム様への侮辱。
御身の醜い本心は罰しなければいけないようですね。
死になさい──」
哀れみを含んだ言葉と共に、ガラテアは刃を動かそうとした。
だが──その前に国王が笑っていた。
「なっ!?」
「ハッハァー! 脆い、脆いなぁ! ガラクタ人形よ!」
国王の右手が、ガラテアの硬い胴体を貫いていた。
信じられない事だった。
ただの老人が素手で可能なことではない。
「ぐぁッ……!? 乱心していた……フリですか……!?」
「あぁん? 狂気も正気も紙一重だろう? 殺戮人形なら理解できるはずだぁ」
国王は眼を爛々と輝かせ、裂けるくらい大きく口を広げて笑い、歓喜に打ち震えた。黒いモヤを身に纏いながら。
「お前は──何者ですか!?」
「グゥハハハハハ! 王に決まってんだろう!!」
国王はガラテアを蹴り上げた。
人形の身体は高く高く、ぼろきれのように舞い上がり──。
「下等生物を潰すのは、いつの世も快感だなぁ!!」
二輪戦車に備え付けられていたバリスタを使い、空中のガラテアを狙撃。
腕の太さ程もある鋼鉄の矢はガラテアの胸の部分を貫通。
衝撃で破片をバラ撒きながら、壊れた人形は海へと落ちていった──。
ガラテアの意識は途切れた。
海流に流されながらも、海の藻屑のように浮いていた。
長い時間、ユラユラと波に揺られながら。
それを海に棲むモンスターが見つけて、浜辺まで運んでいった。
「あれ? 何かキレイなお人形さんが砂浜に落ちてる? 流されてきたのかな?」
壊れたガラテアを偶然にも見つけた存在がいた。
ボリス村の防具屋の娘──ウリコであった。
面白い、続きが気になる、応援したい、
幕間と本編が交わった!
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非常に励みになります。
ちなみにガラテアを海から運んできてくれたモンスターは、元魔王軍の海魔将軍さんです。誰得情報です。
次回七章予定。
大雑把なプロットは出来ているのですが、細かな部分などを調整していくのでまたちょっと遅くなると思います。すみません……すみません……!!
というか読者さんが徐々に増えてきていて驚いています。
感謝っ……圧倒的感謝っ……!!