竜装騎士、ふたたび名も無き救世主となる
友は物作りが好きだった。
だからエルムもそれを思い出しながら、青色の液体を調合で作り出していく。
「いやぁ、お前から話が聞けて助かったよ、副官」
「とんでもない、エルムさんには蘇生して頂いた御恩がありますからね。
べ、別に情報を提供したのは、人間の子供を救うためとかじゃないですよ!」
エルムは、美術館の中から逃げてきた副官グレーターデーモンと合流していた。
偶然に出会ったのだが、封印の壺から出てきたモノの情報を聞いて、先に拡がっている毒ガスの解毒薬を作ることにしたのだ。
「ねぇ、エルムさん。本当にそんなぶっつけ本番の解毒薬で平気なんですか?」
「心配いらない。失敗しても帝都一つが滅ぶだけさ」
「帝都一つが滅ぶだけって……大惨事じゃないですか!?」
「以前、世界全体が滅びかけるのを見ていたら、アイツら相手だと十分に被害が少ないと思えるさ」
エルムは数百年前、街一つを犠牲にして敵を封印したこともある。
もちろん苦渋の決断だが、それが当然の時代だった。
当時は殺すことのできない、不死の特性を持つ相手だったのだから。
「エルムさんのいうアイツらって、ただの災害級モンスターじゃありませんよね?
壺から出てきた最初の外見はまるで──」
その副官の疑問を遮るように、空からバハムート十三世が舞い降りてきた。
本来の身体である竜の姿で。
「──封印した壺の中身の正体は、堕ちたる神々さ。
もっとも、アレは最弱の下級神だけどね」
「ヒッ!? バハ様!?」
「んん? どうしてボクを見て怯えているのかなぁ? ねぇ? 副官クン?」
悪魔のような強面のグレーターデーモンが、眼に涙を浮かべてガクガクと震えていた。
それもそのはず。
以前、バハムート十三世の恐ろしい本性を見てしまったためにトラウマになっているのだ。ついでにそのとき視線を合わせただけで塵にされたせいでもある。
「い、いいえぇ……風邪を引いたのか寒気があって……ハハハ……」
「そっか~、また死んでしまったら大変だからね。副官クン、気を付けなよ~?」
「おかえりバハさん、何か副官と仲がいいな」
事情を知らないエルムは微笑ましく見守っていたのであった。
バハムート十三世もエルムからの頼まれ事を終えて、主人にすり寄っていく。
「エルムぅ、シャルマの様子見てきたよ~」
「どうだった?」
「ちょっと毒にやられて、触手にいじめられてたけど元気だった~」
「大丈夫かそれ……。まぁ、命に別状がなければいいか」
「エルムも何だかんだいって、シャルマのことが心配だったんだね~」
「そ、そんなんじゃない」
エルムはそっぽを向きながらも、解毒薬作りを進めていた。
心配というより、気になってしまっていたのかも知れない。
もしかしてハンスの子孫の系譜は、歴史の中で繋がりを忘れ去られてしまったが、もう一つあったのでは──と。
正気を失っていたであろうハンスの罪の証であり、世界とエルムに向けた希望。
いかなるモノであろうとそれはもう命。潰えさせるわけにはいかない。
「さてと」
エルムは解毒薬を完成させて、相棒の背中に飛び乗った。
「世界を救いすぎて疲れた俺だけど、また少しだけ頑張ることにするか!
行くぞ! バハさん!」
「ボクはいつだってキミと一緒だよ、エルム」
エルムを乗せて、装備加護と色を合わせている緑色の竜がバサッと羽ばたき、大きく空へと飛翔した。
エルムは完成させた解毒薬を空中に放り投げる。
そして大声で、古き友のいる天国まで届くように叫んだ。
「なぁ、ハンス! お前と出会ったこの集落で! 子孫たちも元気にやってるぞ!」
エルムは“緑”から、“紫の魔導法衣マジックモード”へとチェンジした。
上昇気流で紫の短いマントをはためかせながら、普段は消している竜頭をかたどったマスクを出現させた。
バハムート十三世も、それに合わせて紫色に竜鱗を変色させる。
そのシルエットは魔法使いと、主人を乗せる使い魔のドラゴンのようである。
エルムは神槍を杖のように振りかざし、魔法詠唱を開始した。
「異界の風神アネモスよ、俺に力を寄越せ。
東にエウロス、西にゼピュロス、南にノトス、北にボレアス。
祝福の杯となりて、嫉妬に狂う無辜の民に囁き、癒やしたまえ──」
術式構成は、異界にアクセス、風の上位四神の力を強制的に使用。
範囲は東西南北、帝都全域。
解毒薬を効率よく噴霧するために、生体探知を使って全ての人間に届ける。
「──“薫風の囁き”!」
エルムが作った解毒薬が上級風魔法に運ばれて拡散された。
それは災害級モンスターのガスに冒された人々の呼吸によって吸い込まれ、“嫉妬”のバッドステータスを中和していく。
人間たちの間で起こっていた帝都全域の暴動が瞬時に解決された。
我を取り戻した人々は空を見上げた。
塔のように高く恐ろしい災害級モンスターと、それに向かって行く、背に誰かを乗せたドラゴン。
「そ、空飛ぶ竜……もしかして、名も無き救世主の再来か!?」
伝説として記録に残っていた、人と竜のコンビ。
遠くて詳細はわからないが、この絶望的な状況の中で立ち向かう、ただ一人と一匹。
救世主としか思えないのだ。
「頼む! あの化け物を倒してくれーッ!」
「誰かわからないが頑張れー!!」
「竜騎士、格好良いー!」
空を見上げている人々の願いが、大歓声となって響き渡る。
それは飛行中のエルム本人にも多少なりとも聞こえてきていた。
「ねぇねぇ、エルム。地べたから声援が来てるよ?」
「……俺たちは竜騎士じゃなくて、竜装騎士だっての」
エルムは頬を赤くして照れながらも、詠唱破棄した炎魔法“煉獄”で災害級モンスターにけん制の一打。
災害級モンスターを炎に包み込むことは成功したのだが、その焼けただれた表皮は一瞬にして再生されてしまった。
神々が持つとされる、不死の力である。
「やっぱり普通の攻撃じゃ殺せないか」
「そうだねエルム。でも──ボクたちはもう六百年前とは違う」
「ああ、バハさん。俺たちは神殺しの力を──。
規格外神造伝説装備を手に入れたんだからな!」
飛び交う触手攻撃を空中で躱しながら、エルムは“紫”から“赤の決闘装束デュエルモード”へとチェンジした。
身体にフィットする革と布の装備。
全体の色は赤、頭には羽根付き帽子、顔にはマスク、手袋にロングブーツにマント。
まるで三銃士のような華麗なるシルエット。
これは神々などの最強カテゴリーを相手にするときの状態である。
一対一に特化されており、身体能力を爆発的に上昇させる。
そして隠された性能の一つが──不死殺し。
神をも殺す力である。
「六百年前の決着を付けようぜ、嫉妬の魔王の眷属──」
眼前には超巨大な肉塊。
虫の脚を数十本も蠢かせ、指から伸びる触手を揺らし、醜い老人の顔を腹に付けて嘲笑う災害級モンスター。
それは遙か昔、この世界に存在していた堕ちたる下級神。
嫉妬の魔王から戯れによって解き放たれた、不老不死の化け物。
六百年前、エルムによって封印されていた存在。
それを今、完全に殺すために対峙している。
もしかしたらハンスは、エルムを信じて封印解除の鍵を作ったのかもしれない。
この状況を──いつか神殺しを成し遂げると未来の友を信じて。
エルムを乗せた赤き竜は天高く舞い上がった。
雲の上まで、グングン加速。
一定高度でピタッと止まり、眼下にいる低級神のなれの果てを睨み付ける。
神槍を構えて、詠唱によって加護のアクセスを開始する。
「異界の主神オーディンよ、俺に力を寄越せ。
──絶対勝利、ただ其れだけの為、神穿ち殺す楔と成れ。
最強の邪竜と竜装騎士の名において──我放つ──」
バハムート十三世は急降下。
災害級モンスターの頭上から猛スピードで突っ込んで行く。
エルムは神槍を前方に突き出し、真の力を発動させる。
「──『必中せし魂壊の神槍』!!」
帝都中に光がほとばしった。
眩しいくらいに強いのだが、どこか暖かく優しい光。
それが収まる数秒後には、穿たれて巨体を維持できなくなった災害級モンスターが消滅を始めていた。
六百年前の因縁に終止符が打たれた。
「これで一件落着か。
都会っていうのはせわしなくていけないな、まったく」
「あれ? エルム、ウリコみたいなことを言ってるよ?」
「ははっ、そうだなバハさん。
ボリス村がもう懐かしくなってきてしまったようだ。
──さぁ、俺たちの村に帰ろうか!」
帝都を救った存在は、そんないつもの調子で彼方へと飛び去っていったのだった。
そのエルムたちを見送る者がいた。
微笑を浮かべながら、楽しそうに目を細める皇帝シャルマだ。
「皇帝陛下、あの謎の者たちはいったい……?」
「伝説にある、名も無き救世主なのかもしれんな。
そして──……いや、この想いは秘めておくとしよう」
そして我が唯一にして最高の友だ、とは口に出さなかった。
エルムの村に行ったときに、本人に直接言いたくて取っておきたいのだ。
「さぁ、復興の準備を急ぐぞ! 今の余は、非常に休日が欲しいのだ!」
この日、新たな伝説が誕生した。
帝都滅びゆくとき、竜に乗った名も無き救世主、現る。
人々はその正体を知る事は無かったが、皇帝は後に告げた。
帝位を譲っても良いのは、アイツくらいだ──と。
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十二万字超え、六章完結おめでとう!
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非常に励みになります。
……誰か一人、背中に乗せ忘れてる。
次回は幕間予定ですが、諸事情により少し遅れると思います。
申し訳ないです!





