竜装騎士、数百年前の遺物を解説してしまう
「竜の飼い主よ、熱い料理というのは美味いものだったのだな!」
「ああ、はい。そっすね」
酒場を出てから、皇帝シャルマは同じ事を興奮して話し続けていた。
さすがにエルムの返事も雑になってきた頃だ。
「だが、余は気が付いてしまった」
「何にだ?」
「あんなにも熱い物をヤケドせず食べられるとは、エルムの舌はすごいのではないか……?」
「いや、熱かったらフーフーして、冷まして口に入れるから……」
「なに!? フーフーしてだと!? なんだ、それは!?」
あの普段は氷のような目で見下しながら統治を行っている皇帝が、フーフーしてという言葉を発している。
臣下たちが聞いたら、目眩で倒れてしまうだろう。
「フーフーとは何なのだ!? 竜の飼い主よ、何なのだ!?」
エルムは半笑いで教えながら、帝都を歩く事にした。
その後、やってきたのは帝都の中心にほど近い美術館だ。
かなりの敷地面積で、天井も高く、巨大な彫像も飾られている。
スタスタと前を行く皇帝。
それを後ろから付いていくエルムとバハムート十三世。
「ククク……、今までは慣れないフィールドで頼りっきりな余。
だがしかし、ここなら独壇場と言える。
余の博学多才ぶりを知らしめるために、趣味である美術品の解説をしてやろうではないか」
「そうかー、それはたのしみだなー」
エルムとしては、ここでご機嫌取りをしておいた方が面倒くさい事にならないだろうと思っていた。
皇帝という偉い立場の者なら、貴族などのパターンと一緒でメンツを潰されたら理不尽に激怒する可能性もあるからだ。
「まず、この皿を見よ」
皇帝が指差したのは、一枚の古い皿だ。
フチが金で装飾されており、真ん中には翼の生えた女神の絵。
一見、完璧に見えるがヒビが入ってしまっている。
「これは600年ほど前の名匠ハンス・メムメムの作品だと言われている。
素晴らしい一品であろう? だが、残念な事にヒビが入ってしまっている。
普通なら、そう、普通ならそういう感想だ、残念、だとな!」
力説する皇帝。
「へ~」
「しかし、最近の研究では、これは作品を完成させるために、故意に付けられた傷だとわかったのだ。
完璧な女神に、敢えてヒビを入れるという冒涜的な行為を表現した一品なのだ。
一説には、堕ちたる神がモンスターになったという神話が──」
「あれれ~? エルム、なんかこの皿に見覚えがない……?」
エルムは何か嫌な予感がしつつも、バハムート十三世の問い掛けに答える。
「たしかに見たことがあるような……」
「ハンス……ハンス……そうか。あの駆け出しハンスの皿だよ、エルム」
数百年前の仲間の顔が浮かんでくる。
「あ~、それだそれ。思い出したぞバハさん。
寝ぼけて割っちゃって、接着剤でくっつけようとしたけど、ダメだったから裏に×マークを書いて放置してた皿」
それを聞いて皇帝はハッとした。
目から鱗が落ちるような表情。
「た、確かにヒビの所に何かテカテカしたものが付着しているな……。
それと、裏には微かに交差する黒線が残っていたはずだ」
「ハンスは屋根裏に日記を隠していたから、それを見つければ詳しく書いてあるんじゃないかな」
「むむむ……竜の飼い主よ。
悔しいが貴様に比べれば、余は博学多才ではなく、浅学非才であったか……」
ここでエルムは気が付いた。
つい実際の知り合いのことだったので、ナチュラルに話してしまった。
やってしまったと。
「まるで実際に見てきたかのような自信たっぷりの話し方、嘘ではないという確信が持ててしまう!
すごいぞ! その知識、どこかで歴史研究でもしているのか!?」
「い、いや~……。やっぱりうろ覚えだし、違うかもしれないかな~……」
「後日、残っているハンス家の邸宅、屋根裏を調べさせよう!
そこに日記があれば……大発見だぞ!」
エルムは“駆け出しハンス”……600年経った現在では“名匠ハンス”と呼ばれる古い知り合いを恨むのだった。
墓参りをするときは好きだった酒を過剰に飲ませてやると決心した。
「ん? シャルマ、あっちの通路は封鎖されているのか?」
エルムは鎖で何重にも封印されている場所が気になった。
「ああ、そっちは後日展示予定の“発掘された珍しい壺”という話だ」
「へ~、壺か~」
エルムは少しだけ気になったが、そのまま立ち去った。
だが、バハムート十三世だけは気付いていた。
通路の奥からうっすらと感じられる不気味な気配。
蓋のされた壺の中身は、エルムが数百年前に封じた“真の災害級モンスター”だろう──と。
それと同時に、かなり上級の解除魔法がなければ解き放たれないと知っていたので、アクビをしながら放置する事にした。





