竜装騎士、皇帝と竜の口の中に指を突っ込む
エルムは現状の理解が追いつかなかった。
突然現れた皇帝。
それを押しつけて、どこかへ行ってしまった勇者。
今から皇帝と一緒に観光をするというシチュエーションになっているらしい。
それは百歩譲っていいとしても、一つ確認したいことがあった。
「なぁ、さっき本当に子供を殺そうとしてたのか……?」
エルムは物怖じせず、皇帝に問いただした。
相手がどんな立場であれ、先ほどの行動は何か引っかかる。
「ふん、戯れだ。竜の飼い主──貴様の人となりを知りたかっただけだ」
「なるほどな、俺があの状態で助けに入るかテストしていたのか」
「まぁもっとも、余からの──で、ではなく、皇帝からの書簡を無下に扱ったのには腹が立ったがな」
その言葉にエルムは二つの点で驚いた。
一つは思ったより、子供っぽい思考だということだ。
自分の書簡を雑に扱われたことに対して、エルムに苛立ちを感じているという。
実はこれはエルムへの期待の裏返しでもあったが、初対面なので思いは通じない。
もう一つは、自分が皇帝だとバレていないと思っていることだ。
エルムとしてはどう接していいのかが難しい。
「え、ええと……お互いにまだ自己紹介をしてなかったな。
俺はエルム、今はボリス村で村長をやっていたりする。
そちらのあなたは、もしかすると……さぞ高貴な身分の御方では?」
エルムは、皇帝が自然に名乗れるようにパスを出した。
皇帝、これをキャッチ。
「余はシャルマである。どこにでもいるような平凡な名前だ」
「……皇帝と同じ名前って、どこにでもいるんだね……。
ボクはバハムート十三世。エルムの相棒さ」
「ふん、その通りだ。余は民草の一人にすぎん」
勇者が言っていた。
皇帝は統治と戦闘以外はちょっと……と。
エルムはそれを痛いほど実感していた。
「さぁ、ゆくぞ!」
皇帝は外套をバッと投げ捨てながら、歩き始めた。
エルムとバハムート十三世はそれを眺めていたが、とてつもない違和感があった。
「シャルマ……お前それ、ネグリジェだぞ?」
皇帝は夜中に抜け出したので、ネグリジェのままだったのだ。
「ぬぅ? 民草は奇抜な衣装でも平気なのではないか?」
「寝間着はちょっと難しいかな~……。まずは服屋に行こうか」
「今からオーダーメイドしにいってどうなるというのだ?
時間がかかるではないか」
服屋イコール、オーダーメイド。
お召し物はすべからく自分に合わせて作られるという常識をお持ちのようだ。
皇帝は価値観がおかしい。
ネグリジェを隠す外套は風で飛んでいってしまったために、エルムとバハムート十三世が身体を張って見えないようにガード。
当の本人である皇帝シャルマはボディガードっぽいものに慣れているのか、スッと背筋を伸ばして悠々と歩く。
そうして帝都の服屋に到着した。
高級店だと騒ぎになるかも知れないので、安い既製品が売られている小さな店だ。
そこで黒く染色された布の服を購入。
「ほう……既に先回りして服が作られているのか。すごいな、竜の飼い主よ」
「そ、そうか……」
「余のネグリジェを脱がせて、それを着させることを許可しよう」
「……マジか。俺がやるのか」
皇帝は高貴なる身分なので、一人で衣服を着脱しない。
エルムは顔面を引きつらせながらも、脱がせて着せた。
がんばった。
程よく鍛えられた皇帝シャルマの身体に、筋肉が浮かび上がるような薄さの安物。
しかし、どんな服でも金髪碧眼の美青年なので絵になる。
「さて、余は空腹である。馬車で寝たので朝餉を食し損ねた」
「シャルマ、何か食べるか?
俺は帝都に詳しくないから、オススメの店とかは選べないが──」
皇帝は“大丈夫だ”といわんばかりに、自信満々の表情でフッと笑った。
「民草が大勢いる“酒場”という場所を知っている。
まぁ舞踏会ほどは集まっていないため、穴場……というやつだな?
余は行ってみたいぞ」
舞踏会の人数基準でいったら、どんな店でも穴場判定されてしまうだろうというツッコミを入れたかったが、今は我慢しながら皇帝と一緒に歩くのであった。
酒場に到着した。
皇帝は木製のボロボロテーブルを食卓として認識していないのか、どこに座ればいいのか迷ったりしながらも、無事に注文までこぎ着けたのであった。
振り回されっぱなしのエルムとバハムート十三世は疲れ気味。
やっと座って休憩できるとホッとしていた。
「余はジャガイモのスープを頼んでやったぞ、竜の飼い主よ!」
一人で注文できたことにテンションが高くなってしまっている皇帝。
エルムは“あーはいはい”と適当に相づちを打ったりしていた。
そこで皇帝はふと思い出した。
「そういえば、元辺境伯のジャガイがジャガイモを広めたのであったな」
「ジャガイか……。俺はてっきりそのことで呼び出されたのかと思ったよ」
「ジャガイは地位と財産を剥奪され、現在は農家で見習いとして働いている。
ボリス村でやってしまったことは罪だが、痩せ地で育てられる作物がなかった一部の農家からは感謝されている奴でな。
その功績から、一度だけはチャンスを与えてやることにしたのだ。……と皇帝が言っていたぞ。
ジャガイを生かしていることは不満か? 竜の飼い主よ」
「いいや。俺としてもついカッとなっての行動だったから、皇帝の判断は正しいと思う。聞きしに勝る統治だよ」
「ふ、ふん。もし二度も悪意ある行動をしたのなら、今度は容赦なく処刑するがな」
自分のことを褒められて少し照れている皇帝シャルマ。
正体を隠している状態だというシチュエーションだと忘れているのかもしれない。
──と、そこに料理が運ばれてきた。
「お待ちどう~。この店は初めてかい? 自慢の料理を楽しんで行きなよ」
「……待て給仕係よ。毒味は済んでいるのか?」
「は?」
皇帝、またしてもやらかす。
エルムは咄嗟にフォローを入れる。
「い、いやぁ!
最近は物騒だとか聞いて、毒が入っていたら怖いなという冗談を言い合っていたんだ!」
「やだねぇ、うちの料理に毒なんて入っているわけないさ。
でも最近……皇帝を狙う物騒な輩がいるとかは風の噂で聞いたね……」
ウェイトレスはそんな話をブツブツ言いながら、業務に戻っていった。
エルムの目の前にいる皇帝。
確かに立場的には毒を警戒するのが普通かもしれない。
「竜の飼い主よ……毒味無しでどうやって食せばよいのだ?」
おろおろする皇帝の前に置かれているのはジャガイモのスープとパン。
普通に考えれば酒場の料理に毒なんて入っていないのだが、それでも不安があるのだろう。
エルムは何とか安心させてやりたいと思った。
「シャルマ、解毒くらいなら俺ができる。だから、安心して食ってくれ」
神凱七変化のことを知られるとまた面倒だとは思うのだが、それでも毒が気になって食べられないというのは不憫に感じた。
「そうか、貴様がいうのなら信じる。では──食すぞ!」
湯気がモワモワとあがっている、熱々のジャガイモスープ。
ジャガイモの塊ごと、スプーンですくって一気に口の中に。
「ぐあぁ!?」
皇帝が突如苦しみだした。
エルムはまさかと思いつつも、白銀の鎧に魔力を通して“緑の創作業着クラフトモード”にチェンジした。
遅効性の毒ならエリクサーを作り出して、即死毒ならまたチェンジして蘇生を──。
「エルム、エルム……」
慌てているエルムを、横のバハムート十三世がつついてくる。
「バハさん、時は一刻を争うかも知れないんだ、止めてくれ──」
「いや、シャルマは口の中をヤケドしただけじゃないかな~?」
「……え?」
エルムはよく見てみる。
ジタバタとしているシャルマは、ハフホフと口の中に必死に冷たい空気を取り入れようとしている。
顔を真っ赤にしながら。
口内のジャガイモを吐き出さないのも皇帝のプライドからだろう。
冷静になったエルムは、水の入ったコップを差し出したのであった。
「はひゃひへはい!」
かたじけない、と言おうとしている皇帝。
冷たい水をグイッと飲み干し、一息吐いていた。
「ふぅ……まさかこんなにも熱い料理があるとは……」
「ああ、はい……なるほど……」
普段、先に毒味役がチェックしてからなので、皇帝が食べるのは冷めてしまったあとの食事なのだろう。
エルムは色々と察した。
「うぐぐ……余としたことが口の中をヤケドしてしまった」
「えーっと、ボリス村の薬草を煎じた塗り薬があるので、どうぞ」
エルムは塗り薬を取りだした。
それを渡そうとしたのだが、皇帝は口をアーンと開けたまま固まっている。
理解が追いつかない。
「エルム……もしかして、薬も誰かが塗ってくれるのがシャルマの普通なんじゃ?」
「えぇ……シャルマの口の中に指を突っ込むの、俺?」
エルムは躊躇するも、さすがに皇帝のヤケドをそのままにしておくわけにもいかない。
指でタップリの塗り薬をすくい取り、それを皇帝の口内へ。
当たり前だが指先に体温と唾液のぬめりけが感じられる。
なにやってんだろうなぁ……と真顔になるエルム。
「うむ、助かったぞ。竜の飼い主よ」
「いえ……」
エルムは指を拭いてから、塗り薬をしまおうとしたのだが。
「うーわー、ボクもくちのなかをヤケドしちゃった~」
超絶わざとらしいバハムート十三世の声が横から聞こえてきたのであった。
褐色の少女は、イタズラっぽく口をアーンと開けている。
エルムとしては、ここで断った場合は、同じ事をした皇帝に恥をかかせてしまうことになる。
死んだ魚のような目をしながら、少女の口の中に指を入れる。
竜の体温だからか、少し指が熱い。
半開きの口で目をトロンとさせていて、どこかマヌケに感じてしまう。
「ぐぅ!? 竜の飼い主よ……こちらもまたヤケドをしてしまった」
再び皇帝の方にも塗り薬。
「エルムぅ、ボクもボクも~」
少女の方にも塗り薬。
……皇帝が食べ終わるまで続いた。
「薬は苦いものだと思っていたが、口内でも平気なくらい無味で効き目もあるのだな!
こんないい薬の原料があるボリス村、余は気に入ったぞ!」
皇帝に村が褒められたので良し! ──とすることにした。