竜装騎士、謎の剣士と遭遇
「エルム~……。なにこの状況~……。
ボク、捕まった謎の人型生物みたいになってるよ~……」
エルム、バハムート十三世、勇者。
この順番で腕を組んでいた。
竜が化けた褐色少女はガッシリと左右から腕組みをされるも、背の高低差があるために足がプランプランと浮いていた。
「バハさん、すまん……。生贄だ」
「そんな~……」
テンションの低いエルムとバハムート十三世。
逆に、やたらと機嫌が良さそうな笑顔の勇者。
「いや~、実は前々から触れてみたいなと思っていたのだが、エルム殿の許可を取らないといけないと物怖じして、言い出せなかったのだ!
ずっとウズウズしていて、やっと叶った念願!
竜の姿も素敵だが、少女の姿も可憐だ、美麗だ、神がかっている!」
「勇者が早口で気持ち悪いよ~……。
器用に籠手だけ外して組まれている腕も、汗がすっごいぃ~……。
怖い、この勇者怖い~……」
半泣きで抗議するバハムート十三世。
エルムはその視線から目をそらしながら、明後日の方向を見ながら呟いた。
「俺も……怖い……」
「バハ殿の褐色肌はスベスベで触れているだけで心地よく、そのサラサラの白い髪はとてもフワッとしていて良い匂い、ああ、良い匂い!
ルビーのような赤い眼も、間近で見ると瞳孔が微かに爬虫類のようになっていて尊い! 吸い込まれそうな眼力、吸い込まれたい、ああ、もうわたしの魂は吸い込まれました!」
壊れた蓄音機のようになっている勇者。
バハムート十三世はヒィッと逃げようとするも、地面につま先が届かずジタバタ。
「うぇぇ、エルムも竜マニアなんでしょ!? なんか、コレの止め方知らないの!?」
「いや~、バハさん。俺は現実的な竜が好きで、勇者のこれは偶像としての竜が好きみたいなニュアンスだから……俺とは別物……」
「そんな違い、竜のボクにはわからないよ!?」
「モテモテだな! バハさん!」
「エルム以外にはモテたくな~い!」
そんなドタバタとしたやり取りをしているエルムたちだったが、背後から少年が全速力で走ってきていることには気付いていなかった。
エルムの身体に、ドンッという軽い衝撃が走った。
「おっと、ごめんよ!」
少年が体当たりしてきたのだ。
軽く謝罪の言葉を残して、走り去って行く。
エルムはすぐに気が付いた。
「ん、スられたか」
皇帝からの書状と、路銀が入っていた革袋が無くなっていたのだ。
代わりの無い物なので取り返しに行こうとするのだが、左腕がガッチリと組まれていて離れない。
グイグイ動かしても、竜の腕力で対抗してくる。
「バハさん?」
「逃がさないよエルムぅ~……!
ボクが勇者と二人きりになってしまったら、どんなことをされるのかわからないからね~……!」
生贄として差し出した罰らしい。
エルムは遠い目で、スリの少年を見送ることになりそうだった。
神凱七変化の“紫”の魔術で取り戻すかどうか悩み始めた──その時。
「貴様……盗人か」
外套を頭からかぶった男がいた。
大きな両手剣を持ち、それを少年に突き付けて制止させている。
エルムはそれを見て、助かったと思った。
あとは少年から革袋を返してもらえば──。
「その行為、万死に値する」
「なッ!?」
突然、外套の男は両手剣を振りかぶり、スリの少年を斬り殺そうとしていた。
エルムは瞬時に跳躍、少年の前まで移動してかばった。
「……なぜ、止めに入った? 盗まれたものは、お前のであろう?」
「相手はまだ子供だ。しかってやる程度でいいんじゃないか」
エルムは神槍の透明化を解除して、外套の男の両手剣を受け止めていた。
「ほう、白銀の鎧の……。その程度ですませることなのか?」
「ああ、その程度だ。ただの紙っぺら一枚が、子供の命と同等だなんて思っちゃいないからな」
皮肉げに笑うエルムに苛立ちを覚えたのか、外套の男は舌打ちをした。
そしてそのまま、重さを乗せた第二撃を放ってきた。
「ハァッ!!」
エルムは難なく槍の柄で受け止めながら、どう戦うかを考えていた。
外套の男が弱いのなら一蹴しても構わないのだが、かなりの戦闘センスを持っていると一撃目から見抜いていた。
これを下手に倒してしまうと、実力がバレて帝都で騒ぎになってしまうかもしれない。
最善としては、逃げてしまうか、長引かせて拮抗させているように見せてから勝つか。
逃げてしまった場合は、スリの少年が殺されてしまうだろう。
ならば──。
「俺が勝ったら、スリの少年を見逃してやってくれないか?」
「貴様……面白い奴だな。良かろう、約束は守ってやるとしよう」
槍と両手剣の一騎打ちが始まった。
一撃一撃をいなすためにぶつかる金属と金属。
飛び散る火花。
隠している部分ではエルムが圧倒的なのだが、それでも外套の男が食らい付くように武器を振るってくる。
野生の獣が喉元を狙い合っているようでもあり、槍と剣の演武のようでもある。
互いの戦闘センスが優れているという証拠だ。
「ハァハァ……なかなか……やるではないか……」
「そっちも良い動きだ」
外套の男と違って、エルムは息を切らせてはいないが、久々の対人戦で高揚感を得ていた。
力ばかり強いモンスター相手とはまた違う、技と呼吸のぶつけ合い。
その周りにいつの間にか野次馬が集まり、二人の戦いに見惚れていた。
スリの少年もその一人。
「あ、あの……お兄ちゃんたち、ごめんなさい。取ったものは返すよ……」
エルムと外套の男の動きが止まった。
「ふんっ、いまさら返すだと? それを盗ったのなら首を刎ねなければ気が済まぬ」
厳しい口調の外套の男。
エルムはそれを無視して、少年に話しかけた。
「どうして俺の革袋を盗んだりした?」
「そ、それは……家で妹が腹を空かして待っていて……。
どうしてもすぐ金が欲しくて……」
「……貴様、妹のためか」
外套の男はそう呟くと、両手剣を背中の鞘に収めた。
それを見たエルムも神槍を収めた。
そして、少年から革袋を受け取って、中から金貨を一枚取りだした。
「悪いな、他の物はやれないから、これで勘弁してくれ」
ニコッと笑顔のエルム。なにか懐かしいと感じてしまったのだ。
少年は深くお辞儀をしてから金貨を受け取って、どこかへ走り去ってしまった。
外套の男は、それをジッと見たあとに笑いながら言った。
「本当におもしろい奴だな、貴様は! 気に入った!」
「そ、そうか」
一方的に気に入られたらしいエルムは何が何だかわからなかった。
回れ右してバハムート十三世と勇者の二人に合流しようとしたのだが、すでに二人は近くまで来ていた。
「エルム~、変なのに絡まれたね~」
「ああ、なんかいつも変なのに絡まれている気がする……。
早く書簡を持って皇帝の元へ──」
立ち去ろうとしたところで、勇者が呆れ顔で止めに入った。
「エルム殿……。
その書簡はわたしが届けるので、そちらの外套の方と一緒に帝都でも観光していてくれないか?」
「……は? なんでだ?」
「いや、その……ちょっとした知り合いで……。
とにかく、書簡の件はわたしに任せて、エルム殿はその怪しいのと観光!
それで頼む……」
「い、意味がわからないけど……本当にそれでいいのか?」
勇者は、外套の男の方をチラッと見たあとに、ガックリとうなだれながら『ああ……』と返事をした。
外套の男は一歩前に出てきた。
「勇者から話はある程度聞いているぞ、竜の飼い主よ」
「……竜の飼い主。また変な呼び名だな」
「余は面白い奴が好きだ。さぁ、ゆくぞ!」
余とか言う立場のやつは少ないよね~、例えば皇帝とか。──というバハムート十三世のツッコミが小声で聞こえてきた。





