竜装騎士、ウェポンマスターの少年にアニキと慕われる
Fランク戦士の少年マシューは、聖騎士ガイと、女魔術師オルガのカップルが泊まっている部屋から追い出されていた。
一人寂しく、廊下で体育座りをして、二人の行為が終わるのを待つのが日課である。
パーティーで二部屋取ればいいのだが、『マシューが我慢すればいいだけじゃね?』となるのだ。
「……はぁ」
マシューはため息を漏らした。
そのため息は不満からではない。
自分が我慢すればいいだけで解決するのに、なにかモヤモヤした気持ちを抱えてしまっていることへの自己嫌悪。
縛られた思考。
以前、それに似た気持ちで王国のために永く働き続けた者がいた──。
「おや? たしかマシューと言ったな。
そんなところにポツンと座って、どうしたんだ?」
「あ、エルムさん……」
パーティーの新入り、使えないFランク後衛──と思われているエルムであった。
彼はマシューの横に立ち、顔を向けた。
「どうやらガイとオルガはお楽しみのようだ。暇なら、俺の家に来るか?」
「え? 近くにエルムさんの家があるんですか?」
「俺はここの村人だからな」
エルムは手を差し出す。
マシューは迷った。
まだ出会ったばかりの人間の手を取っていいのかと。
臆病なマシューは、手を取らずに一人で立ち上がり、恐る恐るエルムの後に付いていくことにしたのだった。
──エルムの家を見たマシューは驚いた。
「うわー、綺麗なお住まいですね! 帝都のよりすごい!
キッチンも大きいし、作りもしっかりしている!
それに……あれ? このぬいぐるみ、エルムさんのですか?」
マシューは、エルムの家の中で紫色のぬいぐるみっぽい何かを見つけた。
それは──ふわぁ、とアクビをするバハムート十三世。
「うわああっ!? ど、ドラゴン、本物のドラゴンですか!?
しかも喋るということは上位のドラゴン!?」
「エルム~、なにこの人間? ボクに驚くってことは、村の外の?」
「ああ、バハさん。俺がお世話になる冒険者パーティーのメンバーだ」
エルムの言葉に、バハムート十三世は思わず噴き出した。
「ぷっはははは! なにそれ! エルムにしてはすっごい面白い冗談だよ!
いや~、エルムは村人になってからコントの才能に目覚めたんじゃないかな~」
「いや、本当だ」
「……え、マジなの、エルム……」
長年の相棒として本気だと察してしまったため、この先の展開がなんとなく読めてしまったバハムート十三世。
マシューの方を見つめて一言。
「そこの若人、何があっても強く生きるんだぞ~?」
「……エルムさん? どういうことですか?」
マシューの不安そうな声をよそに、エルムはキッチンに移動していた。
残っていた鹿肉のスープや、白パン、畑の野菜、干してあるドライフルーツなどを使って料理を開始。
すぐに出来合いのものを完成させて、テーブルに載せた。
「食うか?」
「いや、あの……作ってもらったあとだと普通、断れないと思うのですが……。
でも、丁度お腹が空いてたので頂きます……」
「そうか。何となく腹が減っているんじゃないかと思ってな」
宿屋に到着してから、マシューは一人だけまともな食事を食べていなかった。
聖騎士ガイと女魔術師オルガだけは分厚いステーキ。
一方、マシューは一番安い黒パンと水である。
それを見かねたウリコとジ・オーバーが、エルムに相談していたのだ。
「うん! この具だくさんのスープおいしいですね!
白いパンも焼き立てフワフワだ!
わぁ、サラダには小さなドライフルーツも入ってる!」
エルムとしては大した食事を作ったつもりはなかったのだが、そこまで喜ばれると嬉しいものである。
少しだけ照れくさいので明後日の方向に顔を逸らした。
「お、おかわりもあるぞ」
「え!? いいんですか!?」
「パーティーメンバーなら当然の事だ」
その言葉に、マシューの心は揺れ動いた。
今まで、パーティーメンバーにそんなことをされていないからだ。
マシューの実家は帝都にある老舗武器屋。
幼い頃から様々な武器を見て育ってきた。
同時に、その武器を扱う冒険者たちも店によくきて、マシューを可愛がってくれていた。
マシューは憧れた。
美しい武器を、美しく使う存在。
冒険者に。
そして実家を継ぐという道を捨てて、冒険者への一歩を踏み出すことになる。
しかし……入ったパーティーが悪かった。
見栄だけのカップルがテキトーに作ったパーティーに入ってしまったのだ。
マシューの職は非常に珍しいものだったが、リーダーの聖騎士ガイが目立てないということで、今は戦士を名乗っている。
実際の冒険では、なまじ筋力が高いために荷物持ちのような状態だ。
役立たずと罵られ、食事も一人だけ安い物で、報酬もほとんど分けてもらえない。
辛い……辛いかもしれないが、マシューは耐えた。
自分さえ耐えれば、きっと大丈夫なのだろうと。それが当然なのだろうと。
「……パーティーメンバーなら……当然……ですか……」
「エルム、こいつ……」
バハムート十三世は察した。
エルムがなぜ連れて来たのかを。
「少年、逃げるのは別に悪いことじゃないぞ~」
「ドラゴンさん……」
「ま、言われなきゃ年単位で気が付かないような奴もいるけどね~、アハハ」
* * * * * * * *
それから予定通り、エルム、ガイ、オルガ、マシューの四人でダンジョンに潜ることになった。
エルムは後衛でヒーリング担当。
聖騎士ガイは盾役として、盾とショートソードを構える。
女魔術師オルガは、植物であるヤドリギの杖を振るう。
「おい、マシュー。
お前が選んだショートソード、やっぱり聖騎士のオレには似合わなくないか?
短くて格好悪いぞ……」
「アタシの杖も、なんかショッボイ木の枝っぽいしぃ~……」
その言葉に、マシューはこれだけは譲れないといった感じで反論した。
「ガイさん。狭いダンジョンでは短いショートソードが有利ですし、引きつけ、守りながらなら、小回りが利く武器がいいんです。筋力の問題もあります。
オルガさんは魔力が少ないので、伝達率の良いヤドリギの杖が最適です」
「チッ。お前の武器選びが下手だから、オレたちのパーティーはランクを駆け上がれねぇんだよ……」
そんなことをブツブツ言いながらも、パーティーはガイを先頭にダンジョンの奥へと進んでいく。
途中、戦闘が何度かあった。
ランクの低い雑魚モンスターであるスケルトン。
ガイが耐えている間に、マシューはいくつか背負っていた武器から一本をチョイス。
骨に対して斬る、突くより効果的な、打撃用のハンマーを取りだして、スケルトンを粉砕。
また、動きが遅く近接攻撃しかできないオークには、あえての長柄で対処。
組み立て式になっているらしく、ダンジョンでも切り替えて使えるようだ。
いくつもの武器を操るマシューの本当の職は──ウェポンマスター。
武器の性能を最大限に引き出す才能を持つ、珍しい職である。
しかし、それもまだ経験を伴わない未熟なものだった。
「よし! 最終地点までやってきたぞ!
えーっと、ボスの名前はなんつったっけ、オルガ?」
「え? 攻略法なんて読んでないわよ。
ガイがジッと見てたから覚えてるかと……」
「はぁ!? オルガ、おまえっ!? 頭良さそうな職だろう!?」
それを後ろから眺めていたエルムは頭痛がしてきた。
まさか攻略法を作っても、読まない、覚えない冒険者がいるとか想定していなかったのだ。
このパーティー、思っていたよりずっとやばいな……というところで。
「あ、僕覚えています!
ボスの名前はキュクロプス、神話の巨人と言われていますね。
えと、攻略法は、大きな叫び声のあとに強力な一撃がくるので、それを避け──」
「だー、もうわぁったっつーの。
マシューなんかに言われなくても、それくらい知ってるよ。実は試したんだよ」
ガイは面倒くさそうな表情で、マシューの言葉を遮った。
もちろん、ガイは覚えていないので知らなかった。
しかも、肝心な情報の前で話を止めてしまったのだ。
「そ、そうですか! では、キュクロプスと戦いましょう!
僕は短剣を使います!」
「はぁ?
短剣なんて威力が低い武器、地味だしシーフが仕方なく使ってるだけだろう?」
「小回りというのも、武器の性能の一つですから!」
棍棒を持つ、一つ目巨人キュクロプスとの戦いが始まった。
序盤──ガイは盾と、ショートソードでうまく攻撃をいなしながら耐えた。
Dランク冒険者でも、通常攻撃ならば平気なようだ。
後ろから見ていたエルムはホッとしながら、手加減ヒーリングをかける。
マシューは大ぶりの一撃を躱しつつ、短剣でザクザクと死角から斬りつけていく。
本職のシーフにはかなわないが、その短剣に導かれるような踊りは見事だった。
順調にキュクロプスの体力を減らしていくと、巨人は大きな叫び声をあげてきた。
「ガイさん! たぶんこれです! 受けないで避けて!」
「お、おう!? ああ、アレか!!」
サッと離れるマシューと、遅れつつもギリギリで回避するガイ。
その直後に、かすめただけでも即死しそうな強烈な一撃が周囲に振り回された。
「うっひょー、あっぶねー。
だけど、こういう攻略法があればもう楽勝だな!
一気にいくぜ! オルガ!」
「ええ、わかったわ! ガイ!
魔力を最後まで使い切っちゃう! 大サービスよ!」
山場を乗りきったと思い、テンションが上がるガイとオルガのカップル。
マシューも、攻略法を本当は知っていたガイの判断なら大丈夫だ、と思ってしまっていた。
──言い切れなかった攻略法には続きがあったのだ。
キュクロプスの体力が少なくなるのに比例して、叫び声から強烈な一撃までのタイミングが早くなる。
つまり、キュクロプスの体力が減ると──。
「おっ、また叫び声。よーし、これを避ければ楽勝で……ウゲェエッ!?」
早くなったスイングで、見事にホームランされる聖騎士ガイ。
天井の染みとなった。
「い、いやああああああ!? ガイィィィイイイ!? ……と思ったけど、ダンジョンの中なら蘇生は簡単よね。ほっといて逃げ──グギャッ」
当然のように盾役がいなくなったので、一気に魔術攻撃してしまった女魔術師オルガに、キュクロプスのターゲットが移った。
振り下ろされた棍棒が直撃。
オルガは地面の染みとなった。
「う、うわぁ!? こ、こっちにくる!? た、たすけて──」
次は短剣でダメージを与えていたマシューである。
キュクロプスの一つ目が、怯える少年をギョロリと睨み付ける。
振り上げられる棍棒。
もうダメだ──と思ったそのとき。
「貫け──零式神槍グングニル!!」
エルムはひらりと跳躍して、“白の万象神凱ウィルムメイル”にチェンジしながら、キュクロプスの頭部を一突きにしていた。
即死状態でズシンと倒れるキュクロプス。
マシューは腰を抜かして、唖然としていた。
「な、なんで後衛のエルムさんが、そんな威力の近接攻撃を……」
「魔術は苦手なんでね」
少年からしたら、さっきまでFランク冒険者後衛だったエルムが、ボスモンスターを一撃で倒したのだ。
驚くのも無理のないことだ。
だが、エルムの側も違う意味で驚いていた。
「まさか、村人より適性が低い冒険者リーダーがいるとはな……。
このパーティーに潜り込んでいて正解だった」
エルムは落胆しながらも、マシューに対しては優しく微笑んだ。
そして、以前と同じように手を差し伸べる。
「マシュー、こんなパーティーからは逃げてもいいんだぞ?」
「……え?」
その言葉に驚くマシュー。
目から自然と暖かい涙が溢れていた。
なぜかはわからない。
恐怖からの安堵だろうか?
このパーティーの酷さを共感してくれる人が目の前にいるからだろうか?
何度も優しくしてくれたからだろうか?
それとも──目標とすべき真の冒険者を見つけたからだろうか。
「エルムさん……」
マシューは今度こそ手を取った。
エルムの大きく、暖かい手のひら。
握るとゴツゴツと硬く、でもどこか安心する大人の感触。
「エルムさん! いえ、エルムのアニキ!!
僕、このパーティーから抜けます!」
エルムは思い出していた。
自分もバハさんに『逃げてもいい』と言われて、初めて選択肢を得たことを。
もちろん、逃げてはいけないときもある。
でも──逃げていいときもあるのだ。