竜装騎士、魔王を家に住まわせる
幼女魔王メイド、ジ・オーバーは徐々に村での暮らしに慣れていった。
エルムの家を第二の魔王城と勝手に名付け、居候生活を始めたのだ。
働き者のクセが残っているのか、エルムは早朝に叩き起こされ、『掃除のジャマであるー!』と部屋から追い出されてしまった。
エルムは暇だったので朝食を作ることにした。
朝食が完成する頃、丁度良い具合にお腹を空かせたジ・オーバーがやってきて、食卓を一緒に囲む。
「うぉぉ! エルム! なんなのだこれはー! 美味い、美味すぎるぞー!」
「何の変哲もない、ジャガイモのスープだな」
「我、魔界ゴケと水と砂糖としか比べられないが、これはとても美味しいのである!
……であるが……であるが……。
うぅ……我だけこんな良い物を食べてしまって、幸せで良いのじゃろうか……。
魔王軍のみんなにも食べさせてあげたいのである……」
ジ・オーバーは懐かしい部下たちのことを思い出していた。
彼らはエルムに蘇生させられたあと、解散させられて、それぞれの場所へと送られていった。
ある者は故郷へ、またある者は魔族が働ける場所へ。
樹魔将軍は森に植樹され、海魔将軍は雑に海に流された。
ジ・オーバーは辛い別れを思い出しながら、涙を浮かべる。
「な、泣くなよジ・オーバー。……えーっと、肉でも食うか?」
「に、肉だとぉぉぉぉおおお!? うっ──」
ジ・オーバー、数十年ぶりに見た肉料理の豪華さに興奮して失神。
……しばらくした後に無事、復活した。
「はぁはぁ……すまぬ。興奮してしまったのである」
「だ、大丈夫か……。頭を冷やすタオルを取り替えるぞ」
ジ・オーバーは寝かせられていた場所から、エルムが水道の蛇口をひねるところを目撃した。
すると驚きで飛び起きたのであった。
そろそろ驚きすぎて死ぬのかもしれない。
「な、なんだそれは!? ひねると透明な水が出るというのか!?」
「水道を通しておいたから、蛇口をひねると水が出るんだ」
「……すごい。
我がいた魔王城なんて、水系モンスターの口から出てくる濁った水のみで生命を繋いでいたぞ……」
「魔王軍、どんだけ無茶な環境で頑張っていたんだ……」
蛇口に驚いたりしながらも、魔王メイドは村での暮らしに少しずつ慣れていったのだった。
朝も人心地着いた頃。
奴がやってきた。
「いや~、お二人、仲が良くてお姉ちゃん嬉しいです!」
「うおぉ!?」
いつの間にか家に侵入してきているウリコである。
今日は窓からニョッキリ入ってきていた。
その侵入技術は日々進歩して、いずれ達人の域に達するかも知れない。
「あ、おはよーございます。スマイルS級の看板娘、ウリコです」
「なんだそれ」
「キャッチコピー的なもの? たぶん?」
本人もテキトーらしいので、それをこの場で理解できる者はいなかった。
何とも微妙な空気が漂う。
「ふぁ~あ、おはよー」
「あ、バハちゃんおはようございます!」
少し遅めに起きてきたバハムート十三世。
エルム、ジ・オーバー、ウリコの視線が集まる。
「あれ~、今日はいっぱいいるね。いや、魔王は居候になったんだっけ?」
「である!」
元気よく答えるジ・オーバー。
子竜の視線は次の人物へ。
「えーっと、そっちのウリコは……朝なのに夜這い?
またボクの尻尾でガードしなきゃいけない?」
「そ、そんな卑猥な感情は持ち合わせていません!
……って、あれ……? そういえば、ガードの堅いバハちゃんが、ロリオバちゃんに対しては尻尾で攻撃しませんね?」
「当たり前じゃないか。女の子ならまだしも、貧弱魔王は幼女だよ、幼女」
「な、なるほど……?」
そこでウリコは新たな疑問が湧いてきた。
エルム大好きべっとりなバハムート十三世は、どういう意味でエルムが好きなのだろうかと。
「あの……そもそも、バハちゃんはオス、メス、どっちなんですか?」
「良い質問だね、だけどヒミツ。
まぁ、ボクが人間の姿をかたどるときは性別があるんだけどね」
それを聞いたウリコは驚いて声をあげた。
「に、人間になれるんですか!? バハちゃん!?」
「なる意味がないから、普段はならないけどね。エルムも竜の姿が好きだし。
ね~、エルム。ボクのこと好きだよね~?」
ウリコとバハムート十三世の熱い視線が、エルムに向けられる。
「……俺は竜全般が好きだ」
「ほ~ら、エルムだってボクのことを好きだって言ってる~」
「いや、バハちゃん、なんか噛み合っていないような。
でも、やっぱり普段を見ると噛み合っている気もするこのコンビ。
よくわからないけど、すごいですね……」
微妙に三角関係のような空気。
ジ・オーバーだけは訳がわからずに首をかしげていた。
──ちなみにバハムート十三世の人間時の性別は、意外と早くに判明することとなった。