おっさん マイゴ コンビ マシマシ 迷走 チョモランマ 5
「ほんま信じられへんわ」
アヌは母屋のちゃぶ台に上半身を預け、自分を慰めるように呟いた。
「なんやねん。あのおっさんら」
彼は、もう一つおまけに大きな溜息を落とす。
アヌはマルトとヘーグに“本”がどういうものかを一から説明した。聞けば、彼らは”物語”すら知らなかった。
古今東西 様々な“物語”を扱うおべりすく。物語を知らなければ、伝えればよい。ということで、アヌは二人に“ももたろう”と”シンデレラ”を読み聞かせた。
二人はこの絵本を気に入った。ヘーグはアニメ調のイラストと文字が気になるようで、身を乗り出しながら、アヌやバストに質問する。
一方、マルトは物語の余韻に浸り、唇を噛み締めながらずっと無言を貫く。
人体構造から文字の成り立ちまで。ヘーグの質問の雨はなかなか止まない。小康状態になったころ、マルト重い口が開いた。
「なぁ、主人よ」
「なん?」
「このももたろう という人間。人心掌握術が凄いな」
とんでもないマルトの一言に、二人の顔が固まった。
「たかだか一個 老婆が作った菓子で、オニとかいうバケモノを退治させるんだぞ。このももたろう、命の価値をババアの菓子1つと同視してるんだぞ。菓子一つで死ねと言ってるんだぞ」
アヌは確かめるように桃太郎の絵本を開く。確かに、桃太郎はキビ団子一つを渡していた。
「普通の人間ならば、そんな奴に従うか? 従わないだろう。何故従うのか。名誉を与えると言ったのか? 馬鹿を言え。畜生相手に名誉は意味が無い。なら、何を与えたのか。家畜にとって必要なもの。それは屠殺されない運命の保障。それを言葉巧みにももたろうは言ったに違いない。人間にしちゃぁ、屠殺しない選択肢など菓子以下に軽きもの。策士よのぉ。ももたろうは。菓子一つを命と同価させ、昇華させる」
マルトは心底感心したように言う。
「先程の絵をみたところ、ももたろうは手も汚していない。部下にオニを殺させている。ヒヒッ。人心掌握どころか家畜心掌握か。よくやるわ」
アヌは思った。聞かせるべき内容を間違えたと。
「あぁ。だが、次の物語はいかんな。死んでれら? だったか」
「シンデレラです。マルトさん」
「おぉ。そのシンデレラだ」
「酷いとは?」
「物語の最後がいかん。王子と結婚して幸せ。全てが円満に終わるなどありえるか? シンデレラの立場に立ってみろ。王子と結婚してもあいつの心に円満な幸せは訪れることは無いのだぞ」
アヌたちはシンデレラの最終ページを開く。そこには、王子とシンデレラを中心に継母、義姉達が笑顔で描かれていた。
「シンデレラは、父が死に、結婚するまであの女どもに虐げられていた。そのような中、生まれる感情。まずは、劣等感。次に諦観。そして、最後に憎しみが芽吹く。その土壌が何年も何年もかけ醸成されていく。あぁ。シンデレラはその煮凝りをずっと飲まされ続けていた。それなのに、ある日突然目の前に”幸せ”という異物がやってきた。辛酸を舐めさせられた女が、甘味を何も知らずに喰うと思うか?」
マルトの演説は続く。
「シンデレラは特殊だ。あいつはその甘味を食った。喰ってしまって、知っちまった。何故、自分はこの甘味を知らなかったんだろうとな。その結果、あの女には一等綺麗なものを身につけた。そうさ。絶望という大輪の花をだな」
マルトは絵本を顎でしゃくり、いやらしい笑顔を浮かべる。
「シンデレラと継母たちは立場が変わった。加害者が弱者に摩り替わった時何を言うか。常套句だな。『過去の事は水に流してこれから仲良くしましょう』だ。この物語の悪いところは、継母たちは『シンデレラとの過去は絶対に過去に流せる』と信じていることだな。だから、あのような笑顔を浮かべられるのだ。普通ならありえんな。普通ならば、小娘の顔色を伺う。にも関わらず笑っている。あぁ。コイツらは心底アホだな。シンデレラの立場になって考えてみろ。あのような仕打ちを受け過去を水に流せるわけ無いだろう。あいつらは、シンデレラに絶望を与えた人間なんだぞ。王子と結婚し、幸せになったという事実があったとしても、あいつらの悪行が消えるわけではない。にもかかわらず、幸せな夢物語で終わらせたのがこの物語の最悪なところだ」
マルトは杖で絵本を叩いた。ニィと浮かべる笑顔は童話に出てくる悪い魔女のようなものであった。
「主人よ。探せ。シンデレラには必ず続きがある。まぁ。私なら――」
「あー! ご主人。なにか冷たいものはございませんかあああああああ?」
ヘーグはマルトの言葉を遮る。そして、二人から見えぬよう、彼のつま先を全身の力を込めて踏むのであった。