おっさん マイゴ コンビ マシマシ 迷走 チョモランマ 4
「私達は、スナイル国にあるトリトン村から王都へ向かっていた。馬車に乗り、船に乗り換え。とても長い旅であった」
マルトは杖に体重をかけ、思い出しながら言葉を重ねる。
「私もヘーグも、長旅で疲れていてな。ちょうどその時は雨期と乾期の変わり目で、日差しがとても温かかった。ぽかぽかと気持ちよく。窓からは優しい風が流れ込んできていた。船の揺れがたまらなく良くてな。気づいたら、ウツラウツラとしていた」
マルトの言葉を遮るように、天井からガタゴトと音が響く。天井は震え、小さな破片が雪のように舞う。くちゅんくちゅんと愛らしいくしゃみを漏らした後、彼は天井を指差した。
「そして、気づいたらよくわからんこの上を走っている馬車に乗った」
アヌはこみ上げてきた言葉をすぐに飲み込む。マルト達の乗った乗り物は馬車ではなく電車だ。
「あの馬車、すわり心地最高でしたね」
「あぁ。尻がピョンピョンしておったわ」
「足元から温かい風も出てきてましたし」
「それだけではないぞ。あの馬車はいくつもの儀装が連結しておった一体、何頭の馬を使ってるんだ。馭者もどれほどいるんだ」
マルトとヘーグは電車の興奮が忘れられず互いの顔を見合わせ、喜びを共有する。そして、喜びは知識欲へと昇華する。話を聞く立場であったアヌとバストたちはいつのまにか説明者として役を渡されるのである。
「若者、教えろ。あの外にある細長い家は一体なんだ。誰が住んでいる」
「マルト様。それだけではありません。外には四角い箱が走っていたではないですか。馬もいないのに、走ってるんですよ。しかも、とてつもない速さで。一体全体。どういうことなんですか」
マルトとヘーグは食って掛かるように疑問を口にする。彼らの目は子供のようにキラキラと輝いている。大の大人がギャーギャーと話せば、狭い店内では声が反響する。バストはその声に耐え切れず、両耳を手で塞ぐ。アヌも気持ちは同じで、二人に「静かに」とジェスチャーするも、外国から来た二人には彼の行為が理解できず、更に大きな声で質問した。
やがて、アヌはとうとう痺れを切らし、頭上で手を叩き二人の声を大声でかき消した。
「しーーーずうううかあああにーーーー」
アヌの声はドア越しに聞こえたに違いない。通行人はおべりすくの前で立ち止まり、中を伺う。中年の男相手に、頭上で手を叩く男性の姿。見てはいけないものを見てしまった。と言いたげに、彼らは店の前を足早に通り過ぎ去っていく。
「アヌさん。そんな日もあるっすよ」
「ばっすん。申し訳あらへんけどな。こないな時にするフォローは人を傷つける事あんねんで」
アヌは咳払いをし、人差し指を二人に立てる。
「えぇか。おっさんら。質問は1つずつ聞くからな。はい。まず、ヘーグのおっさんから」
「はい。では……。この店の上を走っているあの乗り物はなんですか? 馬車とは違うように見えましたが……」
「あれは電車っちゅー乗り物や。人をぎょーさん乗せてな、目的地まで運ぶねん。アレが馬車とちゃうで。馬やのーて、電気を使って動く乗り物や」
「でんき。ですか……」
ヘーグは理解したような、理解できないような表情である。アヌは質問の泥沼に入らぬよう、あえて気づかない不利をした。そして、意外な事にこの質問に乗ったのがバストである。
「アヌさん、俺からも良いっすか?」
バストはアヌの隣に立ち、ヘーグに質問をした。
「ヘーグさん。電車から降りてお二人はどうやってここに来たっすか?」
アヌもその点が疑問であった。阪急梅田駅にはいくつもの改札口がある。改札口1つ異なるだけで、出口も異なるといってもい。このおべりすくの最寄改札口は駅の中でも辺鄙な場所にある。梅田駅を熟知している。ないしは迷子でもならなければ、探し当てることは出来ない。梅田駅からのおべりすくへのアクセスは最悪で、階段など上下移動が多い。杖をついて歩くマルトの負担はかなり大きい。
何も知らない彼らが「おべりすく」を選ぶ理由は実は無いのである。
それでも、彼らはここにいる。彼らがどうやって。どうしてここに来たのか。バストはそこに彼らが来たヒントがあると考える。
「私達はそのでんしゃ とやらに乗っていました。ですが、乗った記憶も降りた記憶も無いのです。心地よい揺れだなぁと思った次の瞬間、私達はすでにこの店の前いたのです」
「とにかく、この店の前についたら気持ち悪くてな。とにかくココに入らないと倒れそうだった」
気づけばマルトの顔に赤みが戻っている。声にはハリがあり仕草一つ一つが大きくなってきている。
バストはヘーグたちの回答に納得したようで「良いっすよ」と返し、またアヌの後ろに下がった。
「はいはい。じゃぁ、次はマルトさん。アンタの番や。アンタは一体何が知りたいんや」
アヌは両手をバンバン叩き、マルトに質問を促す。
先程の会話の流れからすると、茶屋町の高層ビルについてだろう。と勝手に考えていた。
「それでは質問だ」
「はいはい」
アヌはもう一度手を叩いた。
「この店は、一体何の店だ」
「何のって。ここは古書店おべりすく。マルトさんの求める本なら、なんでも用意したるで」
アヌの回答にマルトとヘーグはキョトンとした表情を浮かべる。互いの顔を見合わせ、二人は同時に口を開いた。
「本ってなんだ?」
アヌの手が止まる。流石にバストの表情も固まった。本も知らずに古書店に入る二人。
アヌの絶叫の後、頭を抱えるバストの姿がそこにはあった。




