おっさん マイゴ コンビ マシマシ 迷走 チョモランマ 3
「外人さん」
店内にいたのはシアではなく、二人の中年男性だった。長椅子に座り落ち着き無く店内を見回している。二人とも、高い鼻梁にはしばみ色の瞳。この辺では見ない色素の薄い茶色の髪。染髪しても、コレほどまで美しい色にはならないだろう。
彼らの姿を、母屋と店舗の境界線から見つめた。華やかな人間だとアヌは思ったが、すぐに何かに気づき、狼狽する。
一人の男はもう一人の男を庇うように座っている。庇われている男は左目が無い。顔全体に獣に引っかかれたようなケロイド状の傷が走っている。見方によれば傷は左目を抉り取る為に作られたものであった。
彼の顔色はすこぶる悪い。酷暑のこの時期、スーツに身を包み、白い手袋をしている。熱さを逃せず体調を崩すのは仕方ないだろう。時折、壁や手にしている杖に体重をかけ、肩で息をしていた。
「突然だったんっす」
「突然?」
バストは首を縦に振る。
「店番をしたら、あの人が店の中にいて」
そう言いながら華やかで五体満足の男を指差した。
「『少し、涼ませてもらえませんか?』って言ってきたんす。そしたら、彼の後ろにあの人が顔を真っ青にして……」
「そりゃ、こない暑い日に長袖スーツに手袋をしてたらアカンやろ」
「まぁ……。そうっすね。というわけでよろしくお願いします。店長代理」
バストはそう言うと、アヌを店内へと押し出した。
「ちょっ。ばっすん!!」
アヌはつんのめりながら、背後を睨む。音と同時に誰かが立ち上がる。振り返れば、五体満足の男が立っていた。知的で穏やかな顔立ち。どう見ても日本人ではない。
(ど、ど、ど、どないしよう。英語で話したらえぇんか?)
「あなたが。この店のご主人ですか?」
「へっ? は、はひっ」
突然の事で声は裏返る。アヌの不安は目の前の男の一言で一気に霧散した。
日本人と変わらない流暢な日本語。彼は、日本人がよくするよう、何度も腰を曲げ、アヌに謝罪の言葉を重ねる。
「ご迷惑をおかけしております。もう少しすれば、彼の体調も良くなると思うんで」
「い、いや。別にえぇで。病人さんに無理させるのが一番アカンしなぁ」
アヌの一言に、彼は一瞬安堵の表情を浮かべる。そして、腰掛けている男と目配せをし、再び口を開いた。
「ご主人、ご好意に感謝します。ご好意に甘える形になりますが、一つ教えていただきたいことがあるんです」
「ん? えぇで。別に」
「ココは一体、どこなのですか?」
アヌの背後で足音がする。バストもアヌと同じで困り顔である。ココはどこか。阪急うめだ高架下「こしょの町」に存在する「おべりすく」だ。だが、彼らが求めているのはそのような答えではない。彼らの不安そうな表情は異国に捨てられた仔犬。仔犬が知りたいのは、住所ではない。現在地と帰り道が知りたいのである。
「お、おたくら……どこから来たんや」
五体満足の男は目を伏せる。先程とは打って変わり、弱弱しい声で口を開く。
「……。スナイル国。という名前をご存知ですか?」
二人は同時に首を横に振る。その反応を予想していただろう。杖の男は鼻で笑った。
「私達は、そこの人間です。スナイル国の王都へ報告するために旅をしていました」
「オウト? それ。京都か?」
「キョウト? いいえ。王都です。スナイル国王都ラタド。我々は王都ラタドに行きたいのです」
「ヘーグ」
下から声がする。皆の視線は彼に注がれた。
「マルト様」
「知らぬ者にそのような事を言っても酷であろう。なぁ」
マルトはいやらしい笑顔を浮かべ、アヌとバストを見つめる。そして、すぐに目を閉じた。彼らはマルトの一言に反論したかったが、すぐには返せなかった。
だが、知らぬ者といわれズコズコで下がれるタイプでもない。
おべりすくは「オススメの本はなんでもそろう」「迅速・早速」がモットーの店である。そこに不知は禁物である。
故に、知らないのではない。気づかないだけ。と己に言い聞かせた。
「へ、ヘーグさん?」
バストはおそるおそるヘーグに声をかける。
「はい」
「良かったら、その。スナイル国からどうやって来たのか教えてくれないっすか?」
ヘーグは口を開く。だが、言わせまいと目を閉じていたマルトが杖で彼の胸を叩いた。マルトは目を開き、隻眼から若者を見据える。
「私が言おう」
マルトの口角は引きつっていた。
「お前らの脳みそはどれほど柔軟か。このマルト様が直々に計ってやろう」
こうして、マルトの口から事の顛末が語られることとなった。




