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上納品一覧  作者: はち
セシャトのWEB文庫
6/17

おっさん マイゴ コンビ マシマシ 迷走 チョモランマ 2

 夏。

 少し暑いから、軒下で涼もう。と言って暑さから逃れられれたのは、社会の教科書に掲載されるぐらい昔の話である。

 現在は、炎暑 酷暑 。

 マスメディアは、手を変え品を変え外出する事を控えるよう伝えている。なにしろ、「災害レベルの暑さ」なのだ。

 それなのに、この「災害レベルの暑さ」を超える「熱さ」が存在する。

 兵庫県西宮市で開催される全国高等学校野球選手権。通称「夏の甲子園」高校球児が、一夏に思いを乗せ、阪神甲子園球場でまっすぐに戦う。彼らは、自分の野球人生、野球部員の思い、学校の伝統、父兄の望み、地域の期待。若い背中が担うには重すぎるものを背負い、真っ青なグラウンドで火花を散らす。

 夏の甲子園は100回も開催されている。ここまで開催することが出来たのは、アヌのように彼らの純粋な姿に惚れ込む存在がいるからだろう。



 古書店 おべりすく

 阪急梅田駅高架下の「古書のまち」に存在するらしい。

 夏の甲子園が開催されるこの時期、梅田は普段以上に人が多い。にもかかわらず、この界隈は相変わらず人通りが少ない。この場所を通るのは、茶屋町や芝エリアといった繁華街向かう人が主である。

 古書店おべりすくも、他の店舗と同様その扉を押すものはいない。なので、クーラーがガンガンに効いた母屋で彼がアイスキャンデーを頬張り、ラジオから流れる甲子園実況に耳を傾けるのも仕方のな事    なのかもしれない。


「ゲームも序盤が終わり、ゲームも中盤」


 アヌはちゃぶ台の上で丸まっているしわくちゃの新聞を広げる。そこには、甲子園出場校のデータが全て記載されている。


「現在5回の裏2アウト1、3塁。攻撃するは神奈川代表の○○高校。守るのは佐賀代表の△△高校。マウンドには田中投手が汗を拭っております」


 アヌは素早く神奈川県代表校と佐賀県代表校のデータを見比べる。

 数字は両者の格の違いを如実にあらわしていた。だが、物語は数字のようには動かない。


「解説は甲子園出場社会人野球で活躍された近本さんです。さて、近本さん。現在の流れをどう思いますか?」

「そうですね。ゲームは序盤から動くかと思っていましたが。両チームともピッチャーが良い」


 解説が言うとおり、スコアボードには0が刻まれている。


「まだ点数は入っていない。とても緊張感のある投手戦です」

「そうですね。近本さんが言うとおり、両チームともヒットは出ておりますが、長打はでていませんね」

「ですが、今バッターボックスに立っている南條君。彼は強打者です。神奈川県地区予選では1試合全てホームランという記録も残しています。ピッチャーの田中君は、ピンチの中、この強打者にどう対応するか。ヒット一本出れば○○高校は流れを引き寄せられる。現在が、このゲーム一番の分水嶺といってよいでしょう」


 アヌはアイスキャンデーを一口噛む。彼は実況と解説と共に、解説席から試合を眺めているつもりだ。中立を保つ二人とは対照的に、彼の心情は完全に佐賀県代表に傾いていた。


「ピッチャーの田中。大きく肩で息を吐き――投げました。ストラーイクッ。ここでストレート。南條君。手が出ない。これでカウントは2ボール2ストライクッ」


 アヌはダンと足踏みし、ガッツポーズをした。残りのアイスキャンデーを一気に齧り、ラジオに話しかけた。


「おっしゃ。よぉ踏ん張った。えぇどえぇどぉ。田中ぁ。あと一球や。あと一球ストライクとれば、味方が点とったるからなぁ。常連校なんてイてまいなぁ!」


 棒切れを口にくわえ、ラジオに耳を近づける。自分の声と球場の歓声が混じり始める。クーラーは効いているはずなのに、彼の額には無数の汗が作られていた。


「田中、呼吸を整え、構えました。2アウト1、3塁。田中の5球目。投げま――」

「アヌさん」


 前のめりになるアヌに、冷や水のような声がかかった。ちゃぶ台の上に顎をガツンと落とし、激しい音と共に、彼は畳みの上に転がる。甲子園の脳内トリップはこうして幕を閉じた。田中の結果は沸き立つ歓声が教えた。


「ほんげエエエエえええええええええええええええええええ」


 母屋の中にアヌの間抜けな声が響き渡る。一応、ラジオからは先程の結果が流れてきた。


「田中、颯爽とベンチに戻ります。ピンチを凌いだ田中。ですが、笑顔はありません。あとは味方の反撃を待つばかり」

「あああああああああああ。やっぱりやないかああああ。えぇとこやったんやで。田中、最後何(ほう)ぅったん? 教えてぇなあ」


 アヌは頭をワシャワシャとかき乱し、ラジオを激しく揺さぶる。頭上ではガタンゴトンと電車の音が響く。ラジオからは強いノイズが入り、大切なところをかき消してしまった。


「ばっすううううん」


 アヌは低い猛獣の唸り声を上げ、背後を見る。そこには一人の男 バストが立っていた。

 長身でつややかな黒髪。端正な顔立ちを見て、本を落とす女性もいるほどだ。だが、当の本人は自分の容姿には頓着しておらず、決まって白シャツに黒のズボン。そしてギャルソンエプソン。バストがそれ以外の服を着なければ世界が破滅する。と言われても、彼はこれ以外の組み合わせをすぐに思いつくことは難しいだろう。

「あんなぁ。ばっすん。今、超えぇとこやったんやで。なぁ。自分。これでゲームが決まるような。もう。中盤からのクライマックスってな具合でアカンやつやったんや。わかる?」

「はぁ……」

「んもぉ。そんな試合……」


 古書店「おべりすく」の店員アヌはガックリと肩を落とす。一方、バストはアヌの怒りの理由がちっとも理解できない。試合の結果は、後ほど分かるのに。と思うも、それを口には出さない。なので、謝罪とはいわずとも、生返事だけを返した。


「アヌさん」

「なんやねん」

「ちょっと、表に出てもらえませんか?」


 アヌは「あぁ?」と鼻にかかった声で返した。だが、すぐに顔は硬直する。

 もともとバストは東の古書店「ふしぎの国」のライターだ。「ふしぎの国」も含め、数件の仕事を抱えている。そのような彼が、西の古書店「おべりすく」にいる理由。それは、おべりすくの店長 シア の頼みである。何でも旅行に行くらしく、留守中の()を彼に頼んだ。

 シアの旅行。その事実は、アヌにとって鬼のいぬ間のなんとやら。である。

 彼が羽を伸ばしている最中、冴えない表情でやってくる(おもり)。その組み合わせで彼の中で最悪の事態が思い尾殺される。


(シア姐さんのお早いお戻り!!)


 青い髪に着物を着た少女。そして、猛禽類のような瞳。思い返すだけでアヌの下半身が弛緩してゆく。


(えーらいこっちゃ。えーらいこっちゃ)


 アヌは慌ててラジオを消し、口の中に突っ込んでいるアイスキャンデーの棒をティッシュに包み、ゴミ箱の奥深くに潜り込ませる。

襟元を正し、さも「少しトイレにいっていました」という具合で、靴に足を滑り込ませた。

酷暑といわれる夏。甲子園球児がダラダラと滝のような汗を流している中、書店員。アヌは酷暑とは関係のない汗を額からダラダラ流し、店舗に重い足を運ぶのであった。


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