おっさん マイゴ コンビ マシマシ 迷走 チョモランマ 1
「お願いします。返してください。お願いします。助けてください。どうか、彼を。あの人達を私に返してください」
中年女性は、同じ言葉をうわ言の様に呟き、髪を振り乱し、大樹に頭をこすりつける。濃い茶色の幹には、水がかけられたようなシミが広がっていった。
「どうか」
幹から顔を離す。大樹と顔に2本の細いアーチがかかった。
顔には、木の汚れが付着し、頬には一束の長い髪がピッタリとこびりついている。つややかな白髪にはっきりした目鼻立ち。
彼女の容貌はとても美しく、それこそ、このような鬱蒼と木が生い茂る森林には似つかわしくない。
「なぜ。何故いなくなったのですか」
鬼女の低い声があたりに響く。そして、誰かを思い返し、大樹にすがりつき涙を流し始めた。
「返して。お願い。かえしてえぇぇ。あの人を。お願いだから返してよおおおおお」
女は、再び顔を擦り付ける。大樹は彼女が何を失くしたのかを知っていた。だから、彼女の嘆きを「仕方がない」として受け止める。
「返してよ。返してよおおおお」
女は、天を仰ぐ。今宵は満月。近くに流れているブラード川の水面が、もう一つの月をゆらゆら妖しく映し出す。だが、彼女の目に自然の美しさは届かないだろう。彼女の意識は、すでにここではないどこかへ繋がっている。
「そう。返してくれればいい。返してくれさえすれば、それでいいの。でも、それすら邪魔をするなら……」
女は、腰に下げている剣を手にし、高々と掲げた。鋭い先端が、月の光を浴び、ピカピカと冷たく光輝く。
「私は、どんな手を使ってでも。あの二人を取り戻す」
一呼吸置き、剣は振り下ろされた。
「あああああああああああああああああ」
掲げた剣が幹に突き刺さる。幹はサクリと軽い音を立て、剣を受け止める。彼女は、何度も何度も剣を突き 刺し を繰り返す。意味のない反復作業に思えただろう。しかし、そこには彼女の知りえない表音・象形符号が刻まれていた。