木漏れ日とビスキュイとストロベリーローズティー
世界は12本の聖剣に作られた。
人々は大地に足を着け歩くように、剣無しではいきていけなくなった。
太陽は空の真ん中に上がった。
スナイル国の王都。「白亜の王宮」は今日も慌ただしい。
王宮のとある部屋に、女性が3人が談笑に花を咲かせていた。
第一王女フィオレンティーナ 第二王女 キルトシアン 二人を前にし、優雅に紅茶を口にするのは王宮図剣館とけいかんの司剣しけん ベル
図剣館とは、情報資料を記した星の剣を収集、保管し、利用者に提供する施設の事である。司剣とは、図剣館の従事者を言う。
フィオレンティーナやキルトシアンの気まぐれで、時折、茶話会が催される。テーマは専ら、「物語」である。
ベルは彼らの要望にあった物語が刻まれている星の剣を用意し、王女二人は自慢のお菓子や紅茶を用意する。
舌に優しいだけではない。ベルは役人という立場である。勤務時間中、他の役人があくせく汗を流して働いている中、自分は適当な理由をつけ職場を抜け出す。王女二人のお相手をしなければならない。と言えば、誰だって文句は言えない。悔しそうに唇を噛む上司の姿がとても心地よい。
職場を離れる瞬間、と彼女達と物語談義に花をさかせる事。この二つがベルにとっての幸せである。
「ベル、今日のおすすめは何?」
真っ先に口を開いたのはキルトシアンだった。気の強い狐のような目。そして、燃え栄えるように真っ赤な髪。緩やかなウェーブがあり、鎖骨の上まで伸ばしている。
負けん気は誰よりも強いが、年齢だけで言えば彼女が一番幼い。そして、今回の茶話会の発起人だ。
ベルは金糸の髪をかきあげ、薄い茶色の瞳を細め、いたって優雅に紅茶を口にする。勿体振るように紅茶を飲み干すと、お行儀悪く、ソーサーに「カタン」と音をさせた。カップをフィオレンティーナの方へ寄せると、いそいそと傍に置いていたバッグを開く。ガチャガチャと硬いものが擦れ合う音がする。空いた自分のスペースに数本のダガーナイフを置く。これは全て物語が刻まれた星の剣である。
「シアン様のご要望通り、ふしぎのくにの短編集をお持ち致しました」
ベルの説明を最後まで聞かず、彼女達はダガーナイフに手を伸ばした。シアンもフィオも、頬を赤く染めてダガーナイフの鞘を凝視する。舐めるように鞘の作りを味わうと、勿体振るように鞘から抜いた。
ベルは、二人の王女がきゃっきゃっと高い声をあげ楽しむ様子を眺めていた。だが、彼女の表情は驚きへと変わった。
彼女はダガーナイフを選んだ。だが、なぜか1本の刃先が短いフラワーナイフが混じっていた。
褐色の柄に銀色の鞘。刀身は金色で細かく何かが刻まれていた。
「ベル?」
沈黙を保つベルに、フィオレンティーナとキルトシアンは怪訝そうな視線を送る。ベルは、撫でるように刀身に触れた。
「私、これを持ってきた覚えありません」
ベルの一言に、二人は同じタイミングで首を傾げた。彼女がナイフを持ってきていないのならば誰が持ってきたというのだろう。しかし、二人はベルの言葉を待つ。
「何の剣だろう」
彼女は怪訝そうに鞘を抜く。すると、鈍色の刀身から瞬くような光があふれ出し、部屋を一瞬にして飲み込んでいった。
ベルが目を覚ますと、思い出のある図剣館の前に立っていた。
そこは、司剣研修期間中に派遣された図剣館である。
「ここって……」
古く寂れた図剣館を見上げる。いまにも崩れ落ちそうな図剣館だ。ベルも噂では聞いていた。研修期間中に派遣されたあの図剣館は利用者が少なく、星の剣の維持管理にお金がかかる。経済的に非効率だ。と言うことで閉館になった。それに関し、思いを馳せることはない。何故なら、あの図剣館ではイヤな先輩にしごかれた思い出しかないからだ。
ベルの手は、金色の鍵を握り締めていた。瀟洒な鍵を思い出をなぞるように、鍵穴にねじりこむ。
右に傾けると、カランカランと鈴の鳴る開錠音が聞こえた。
ドアを開けると、そこ過去で知っていた図剣館とは違っていた。
部屋の中は光を取り込み燦々と輝いている。規則正しく敷き詰められた背の高い書架。書架の中に綺麗に揃えられた星の剣の数々。埃一つ付着していない。どの星の剣も「私を読んで!」と力強くアピールをしている。どの本も美しい。ベルは息を止め、足音を殺すように室内を歩く。
暗く陰惨とした図剣館とは全く違う。かび臭い臭いもない。
何より違うのは、図剣館にいるのは嫌な先輩ではない。
褐色の肌に銀色の御髪。清潔感溢れる皺のない白いシャツと膝下まで伸びた黒いジャンバースカート。細くスラリとした四肢。どれもバランスがとれている。神の造形と言ってよいだろう。美しさと共にあふれ出る神々しさ。ベルは彼女の姿に思わず息を飲んだ。
「あら。お客様ですか?」
女性は優しい笑顔を浮かべると、カツカツとヒールの音を響かせてベルの元へ近寄った。距離が近づくと、ベルは彼女と自分の違いをまた感じた。女性はベルと同じ視線になるよう腰を沈めた。
「お名前はなんといいますか?」
「べ、ベルと言います」
「ベルさんですか。可愛い名前ですね」
女性の声はとても美しい。楽器を奏でるような声で、自分の名前を呼ばれれば気恥しさを覚え、褒められれば、目をまん丸にするしかない。
「貴方のお名前は何ですか?」
「挨拶が遅れました。古書館 ふしぎのくにの店主セシャトと申します」
セシャトは自分の胸元に手をやる。小首をかしげる姿とベルは同時に彼女の名前を復唱した。
セシャトはベルに背を向けるともう一度コツコツと足音を響かせカウンターへ戻っていく。ベルも彼女の後に続き、カウンターの中へ吸い込まれていった。
セシャトはカウンターに座ると、赤と白と青の市松模様が描かれた箱を開けた。
パカンと音がすると、中からは花の形になった肌色のビスキュイが敷き詰められていた。
「先ほど、お客様からいただいたんです。クッキーみたいなんですけど、ビスキュイって呼ぶそうですよ」
そういうと、セシャトは箱の中から1枚のビスキュイを取り出し、ベルに渡した。ベルはビスキュイの臭いを嗅いだり、表面の感触を反対の指でなぞったりした。空に透かして見ると、ビスキュイを一口噛んだ。
小動物のようにモゴモゴと口を動かす。動かせば動かすほど、彼女の目は大きく見開き、ゴクンと飲み干すと同時に声が出た。
「おいしい!」
「そうなんです。ここのビスキュイはシンプルな味です。でも、素朴な分甘さとか
食感のバランスが取れていて……。初めて食べたときはビックリしました」
セシャトはベルの分にと更に数枚のビスキュイを取り分け、紅茶を注いでくれた。ベルはその好意に思う存分甘え、甘味に舌鼓を打った。気付けば、何故自分がこの「ふしぎのくに」にいるかなど、忘れてしまっている。
ベルはセシャトの話が楽しかった。始めは神々しさの余に警戒をしていたが、ビスキュイに始まり、イチゴとローズの香りがする紅茶。白い陶器の話し。ベルが疑問に思った事をセシャトは、澱むことなく答えてくれる。
新鮮な心地だった。ベルの心から湧いてくる疑問にセシャトは答えてくれる。打てば響く感覚を忘れてしまっていた。
「セシャトさん。どうして古書館をやっているのですか?」
ベルはまた湧いた疑問を躊躇することなく尋ねた。
セシャトは笑った。だが、その笑顔は今までの笑顔とは違う性質のものだった。それこそ、彼女が秘めていた神々しさを発露したような笑顔であった。
「この世には多くの物語があります。しかし、こうして星の剣となって人の手に触れられる物語もあれば、星の屑として誰にも触れられずに消えていく物語もあります。私は、そのような物語に触れてもらえるお手伝いをしてるだけなんです」
ベルはもう一度「ふしぎのくに」を見た。星の剣が掲げれているが、どの剣も鞘が欠けていたり、柄が割れていたり、不完全な形をしている。普通ならば目に止まることはない。
セシャトは立ち上がり、入り口近くに掲げている星の剣を手にした。柄から大きくひしゃげ、それこそ「剣」の体をなしていないものだった。ベルなら見過ごしてしまう星の剣だ。
「ベルさん。よろしければこの星の剣はいかがですか?」
「これって、星の剣なんですか?」
「はい……。これはまだ剣として実在の形は持っていません。けれども、私は、まだ知られぬ物語を一振りの星の剣として形を与える力を持っています」
ベルはセシャトから剣を受け取った。ズシリと思い剣。へしゃげて、刀身は短い。柄もグニャグニャと不安定。だが、この剣には「思い」が詰まっていることは分かった。
「ベルさんがよければでいいですけれど」
「いいえ。セシャトさん。私、この剣に興味があります。この剣に刻まれた思い。話しがとても気になります」
ベルはセシャトの顔を見上げた。ひしゃげた星の剣を胸にあて、まっすぐと目の前にいる神を見据える。ベルは託された気がした。この星の剣を読むことを。そして、この星の剣の先を知ることを。
ベルはセシャトに告げようとした。だが、その言葉を紡ぐ前に世界はグニャリと形を変えてしまった。
「ベル? ベル!」
ベルの華奢な身体が揺すられる。ハッと顔を上げると、目の前には心配そうな顔をして立つフィオレンティーナとキルトシアンの顔があった。
二人はベルとの視線が合うと同時に「良かった」と声をあげた。
ベルの身体に抱きつき、キルトシアンは涙した。
「良かったぁ。良かったよおおおお。ベルうううう」
「も、申し訳ありません」
慌てて謝るも、手は動かない。それだけ彼女達の力は強かった。
2人の力ではなく、目に見えないもう一人の余韻も感じた。
「セシャトさん」
舌の上に残るビスキュイの味。鼻腔をくすぐるストロベリーローズティーの香り。
重みを感じるひしゃげた星の剣。
彼女が渡された星の剣。 その作品名は「聖剣物語」




