REVERSE 01
桜葉 理一様の 社畜OL,異世界へ移動する https://ncode.syosetu.com/n3690el/
のファン小説です。
「鈴木さん。いい加減にしてくれない?」
「す、すいません」
私は今日も怒られている。
「うちの会社に入ってどれだけ経ったと思ってるの?」
女性の上司は金切り声をあげて、最近入った若手の職員を指差した。
その職員さんは転職したてで、前の職場は外資系だったとかなんとか。顔もそこそこ整っているので、気にかけている同僚の人もいる。
「あの人はね! うちに入ってすぐに出来たのよ。彼に出来てあなたに出来ない理由がわからない」
直々にご指名を受けた新人さんは亀のように首をすくめたのが見えた。
私は直感的に、これ以上彼を見るのはやめようと思った。この間の飲み会、彼に品を作った若手職員がいた。彼女を古典的手法よろしくトイレに呼び出したのがこの上司。
彼女は彼がお気に入りなのだ。
で、私が今現在こうして怒られている理由はまた彼に関係がある。
彼が会議のために作った書類。この会社では。ホッチキスは左上に留めることがルールになっている。ところが、彼は何を思ったのか、ホッチキスを右上に留めていた。
それを知らぬまま、会議室に書類を持ち込んだ。
会議は滞りなく終わったが、彼女は、ルール通りに綴じられなかったこの書類が許されなかった。
で、怒るのならば。この書類の作成者である彼を呼べばいいのに、何もフォローをしなかった。という理由で私が呼び出されている。
彼女の席の前に立たされて30分の時間が経過している。
私にだって仕事はある。それをこんな些細なことで……。と思うことはいけないことなのだろうか。
「申し訳ありません」
「申し訳ない。申し訳ない。ってあなたはいっつもその言葉ばかりじゃない。いつになったら、この会社に貢献してくれるの? 会社はあなたに給料としてお金を支払っているのよ。お給料分の働きぐらいする気概があなたには見えないのよ」
私は、ペコペコと尺取り虫みたいに頭を下げる。
彼女の怒りを収めるにはこれしか方法がないのだ。
「頭を下げても同じ。具体的な解決手段を提示して」
私は唇を噛み締めた。
具体的な解決手段って……。そもそも、この件に関しては私が悪いわけじゃない。彼のミスなのに。どうして私が彼の責任を取らないといけないのだろう。
喉がぎゅーっと締められる。息を吸ったら、一緒に涙がこぼれてしまいそうだ。考えるな 感がるな。って自分に言い聞かせるけど。とにかく、私は悔しかった。
「こ、今後は……みなさんのフォローができるようにーー」
気づけば私の声は震えていた。
上司の先輩は、私の震える声がまた癪に障ったのだろう。机を叩き、「もういい!」とだけ声をあげた。
部署内がシーンと静まり返る。
この部署内にいる職員みんながじーっと私の背中を見つめている。チクチク刺さる視線が痛くて、私は顔を上げることはできない。
みんなが、言いたいことはわかる。その言葉を素直に口にするほど、今の私には勇気も度胸もなかった。
空は快晴。なのに、心はどんよりと重たかった。
駅前のコンビニで買ったサンドウィッチとカフェラテを外出用バッグの奥底から取り出し、大きなため息をこぼした。
職場にはいたくなくて、少し離れた公園まで足を運んだ。
公園近くの会社に勤めている勤労戦士たちは、皆一様に私みたいな顔をしている。
もしかしたら、この公園は底辺社畜の吹き溜まり。とか考えてみた。考えれば考えるほど私の心はますます重くなった。
「もういいやぁ」
小さく呟いて私は潰れたサンドウィッチのビニールを破った。
平べったいサンドウィッチ。ハムエッグという表紙に惹かれたのに、ハムは先端のほんのちょびっとだけで、あとはちょっと臭いのする卵ばかり。
ハズレくじを引いた。昔からそうだ。ハズレくじはほとんどない。と言われて引いてみたクジがはずれだったり。とか、
滅多に出ない大凶を、神社で引いたとか。
私はくじ運がめっぽう悪い。
小さい頃の私は、今の私よりもまだ賢くて、クジ やおみくじを引いてもましなことが無い。と学習していた。
引かれないクジは、溜まっていくばかり。だからか、悪いくじ運は引かれない年月と同じように蓄積していって、時折、このような形で私に顔を見せてくる。
サンドウィッチがはずれならば。
私はカフェラテの容器にストローを立て、軽く吸ってみた。
「うぇっ」
中に入っていたのは、カフェラテではなく、砂糖の入った泥水だ。
「最悪」
仕方なくスマホを取り出す。もちろん、こんな私を慰めてくれるメッセージは入っていない。
ただ、今日の日付の横に白く小さな字で仏滅 と書かれていた。
「桜さん」
誰かが私の名前を呼ぶ。でも、私の名前を知ってる人が、この公園にいるはずもなく……。
なので、気づかないふりをして下を向いていた。
「桜さん」
もう一度、私の名前が聞こえた。
電話は3コール以内で取りなさいと言われていて。3コール以上でとった場合は謝罪をしないといけない。
「ごめんなさい」
悲しいかな。私が最初にでた言葉がこれだった。
顔を上げると、そこにいたのは、あの新人君だった。どうして、私の名前を知っているのだろう。と思ったけど、私はそれよりも、彼の行動にびっくりした。
「申し訳ありません」
後輩君は、いきなり、頭を下げて私に謝ってきた。突然の行動に、私の頭は追いつけないし。おまけに、周囲の人の視線が痛い。
そういう視線を気にしないためにここにきたのに、どうしてこうなったのか。
もう。頭を抱えたい。
私は、後輩君をなだめる事が精一杯だった。
「あ、頭を上げてくださいぃ」
先輩なのに、何故か敬語になってしまう。私の必死さが伝わったのか、彼は素直に頭を上げてくれた。
「俺のミスなのに桜さんが怒られてしまって。何も言い返せずにいて……。それが申し訳なかったんです」
私は、この後輩君の顔を見ることが出来なかった。だって、この人はとても愚直な人だと思ったからだ。自分が思ったこと。正しいと思ったことをやろうとする人なんだと思う。
私は、決してそうではない。
人の迷惑にならないよう、ひっそりと影で生きるのが精一杯で。人に怒られる事も、心半ばで「仕方がない事」だと思っている。
何が悪い。とかいう原因よりも、「何かわからないけど、きっと私が悪い」で終わらせてしまう。
自分のせいで他人が怒られたら、罪悪感は感じても「自分のせいじゃない」でどこかで割り切ってしまいそう。
そういう、本当は目を開けなければならない事に、目を閉じてしまった私は、彼のただしさが、とても眩しい。
だから、彼を直視できない。
「気にしないでください。終わった事……ですし」
私は自分でもずるいと思った。こんな言い方をされれば、言い返すことはできない。おまけに相手は後輩だ。先輩に食らいつくなんてこと、普通はできない。
盗み見るようにして、彼の表情を見ると。ほらやっぱり。今にも泣き出しそうな顔をしている。
彼は、私に謝ろう 謝ろうとして昼休みの時間を使って探しにきてくれた。そんな人に、こんな顔をさせていいものなのだろうか。
考えれば考えるほど、私の心はグズグズと湿ってくる。
「あのっ」
これは、打開策として適当なのかわからない。
「お昼……。まだですよね」
私は、まだ食べていないサンドウィッチを彼に差し出した。後輩君は、びっくりしたように目を瞬かせると、今度は、この空のように清々しい笑顔を見せてくれた。




