甘い女達 (婦好戦記×聖剣物語)
「ねぇ。ベルちん見てよ。あの人」
私の友人、セイランが指差した先にいたのは少し冴えない男が歩いた。いかにもうだつが上がらない。金の匂いが全くしない男だ。見てくれも、今は30歳に差し掛かった脂の乗り始めた時期。残念ながら、年齢と一緒に、額は領土を拡大し、毛根軍を蹂躙するだろう。
「30点。見事に赤点ね」
私はテーブルに肘を付け、ミルクティーを下品にズズズと音を立てて飲んだ。
私の冷ややかな目に、セイランはわざとらしく頬を膨らませる。ウェーブのかかった茶色の髪をサイドに一つ纏め、宝石のように輝く薄桃色の瞳を輝かせる。瞳の輝きに負けぬよう、おおぶりのイヤリングがギラギラと光を放つ。
「ちょっとベルちん。それ酷すぎない?」
友人の非難を私は聞かないフリをしてズズズともう一度音を立てた。
「ベルやめてよそれ。下品よ」
気づけば友人は私の名前を呼び捨てにしていた。彼女に目を配ると、薄桃色の瞳が獰猛に輝いた。虎の尻尾を踏んだらどうのこうの。くわばらくわばら。
「ごめんね。育ちが悪いから」
自分で言うのもなんだが、私とセイランが友人関係になったのかよく覚えていない。私は良くも悪くも図書館にいる文学少女。サークル活動など、全く持って興味は無い。一方、セイランはいくつものテニサーを掛け持ちし、日々キャンパスライフをエンジョイしている。
重なるはずのない私たちがどうして重なったのは、一緒に履修した授業がきっかけだったはず。
クラスによくいる同級生にレポートを貸したら、何故か教授に私のレポートを自分の名前に書き換えて提出した。
授業で、教授は私のレポートをすごく褒めてくれた。とてもすばらしいって。
で、教授はクソに聞いたの。「この文献はどこのですか?」って。そしたら、クソは答えられなかった。だから、心優しいベルちゃんは言ったのです。
「この文献は、図書館の書架にあるものです。○○大学出版社からでる△△先生の論文です。△△先生の助手時代のものになります」
教授は目をパチクリさせながら、私の話を聞いていたの。
で、授業のあと、教授の下にある一通のメールが届いたそうな。
「あのレポートは、ベルさんが書いたものです」
そのメールが決め手かどうかわからないけれど、同級生の単位は綺麗に消えた。成績発表日、落第1名と書かれた張り紙をボーっと眺めていると、後ろから声をかけたのがセイランだった。
「私がメール送ったのよ」
その時のセイランの顔は忘れられない。どんな女性よりも美しく、どんな女性よりも貪欲で。ギラギラと輝く瞳の色に彼女の強さを見た。
「奇遇ね。私も送ったのよ」
「そう。じゃぁ、私たちであいつの単位をもぎ取ったのよ。できることなら、その単位を私たちに分けて欲しいよね」
そこから、セイランとの付き合いが始まった。セイランが言うには、それよりも前に私に声をかけていたらしいけど。よく覚えていない。
「で。さ。ベルちん」
セイランは頬杖をついて私をじっと見つめる。彼女の仕草はとてもこの雰囲気とよく似合う。オシャレな主婦が集まる高級カフェのテラス席。華やかな顔に映る私の顔はとても地味なものだろう。
「ベルちん、私に黙ってることない?」
「ないよ。何も」
突然何を言い出すのやら。とわざとらしく肩を竦める。セイランに黙っていることなど山のように存在する。山のように存在するから、何を言うべきか判別することが出来ないので言う事が出来ない。
「じゃぁさぁ。噂に聞いたよ。建築学部のオリヴァ君と付き合ってるってホント?」
あぁ。よかった。ストローで紅茶を啜ってて良かった。直で飲んでいたら、確実にグラスを噛んでいただろうし、紅茶を噴出していた。紅茶って言ったって値段は可愛くないんだから。もったいない。
で、セイランが口にした建築学部のオリヴァ君。
彼もまた30点の男だ。
先ほど、私たちのテラスの前を通り過ぎた男が、著しい経年劣化の予兆が出ていることで30点であるならば、このオリヴァ君なる男は人間として。異性として非しか打ち所がないので30点だ。30点という点数は、男であること。(15点)建築学部(10点)の2点で成り立つ。オシャレにもう少し気を使ってくれれば点数は上がるのだろうけど。まぁ、建築学部だもん。そういうものは期待できない。
「セイラン。冗談はよしてよ。あんなのと付き合うぐらいなら、一生結婚しなくていいわ」
私の語気は荒くなっていた。きっと、私の反応が面白いのだろう。彼女はクスクスと笑っている。あぁ。悔しい。もっと別の男と噂を立てられるならまだしも、なんであの男なのだろう。
タダでこけるわけにはいかない。
「セイランだって、色々な噂立ってるよ。経済学部の――」
「あぁ。寝たって話でしょ」
彼女は、私が言おうとした言葉をアッサリと言った。上品な喫茶店には似合わない下品な内容。突き刺すような視線を感じないということは、誰も気づいていないのだろう。沈黙する私に、セイランは笑って見せた。自虐的とも違う。むしろ、寝たという事実を後ろめたく思う素振りは一切はなく確信に満ちた微笑だった。
「ベルちんさ。服買う時、試着しない?」
したいけれど、店員さんがウザいからネットでしか買わないんだよね。
「それと一緒よ。自分に似合うかどうかなんて、試着しなきゃわからない。試着せずに服を買って後悔したくないのよ」
聞いた事のない話だった。ハトが豆鉄砲食らったように、目をパチパチさせるしかない。
この女は大ばか者だ。どうしようもないウツケモノ。
男と服を同列に扱ってる。新しい服に目移りするように男に目移りする。新しい服が自分に似合うか試着するように、男と寝るのだ。あぁ。なんという尻軽。アバズレ。
これはどうしようもない。手の施しようがない。こういう女が小説に出れば主人公の適役。恋愛小説ならば、意地悪い恋のライバル。尻軽ビッチとコイツを一緒にしてはいけない。尻軽ビッチは性欲先行で行動する。信念があるからまだマシで救いようがある。
私は笑った。酷い話を笑いながらいえるコイツの精神力。
そそり立つほどに気持ちが良い。
「何それ。すっごく面白いじゃん」
私は一体どんな顔をしているんだろう。笑っているのだろうか。怒っているのだろうか。困っているのだろうか。
セイランは手を上げる。店の入り口に立っていたウェイターが慌てて、テーブルに近寄ってくる。
「マカロンセットを2つ」
セイランの笑顔に、ウェイターはまんざらでもない笑顔で返した。
「ちょっとセイラン。ここのマカロン高いじゃん。私、金ないよ」
「嘘。あんた、オリヴァ君から支援してもらってるって聞いたわよ」
あぁ。そうか。そこまでこの女は聞いているのか。
30点男のオリヴァ。性格は悪く、生きている欠点男。そんな男に残された5点。それは、経済力。お金がない。とシクシクと泣いただけで「泣くな」と言って、お金を貸してくれるチョロイ男。
まぁ、それだけで今年は少し生活に余裕があるのだ。
「セイラン。一言言っておくわ。私は建築学部のオリヴァとは付き合ってないけど、パトロンになってもらってるの」
きっと、私とセイランは同じ顔をしていたと思う。
それこそ、マカロンが裸足で逃げ出したくなるぐらいの甘ったるい顔をしてね。
佳穂一二三様の婦好戦記(https://ncode.syosetu.com/n3647en/)と聖剣物語のコラボレーション。
怒られたら消します。