おっさん マイゴ コンビ マシマシ 迷走 チョモランマ 最終話
「ねぇねぇ。おりんりん。知ってる?」
誰もいない図剣館。調べ物に夢中な男はベルの声に反応しない。
「この間さ、トリトン村の物語をもう一度読んだのよ。そしたら、不思議な事があってね」
オリヴァの手は柄から自分の頬へ伸びる。「トリトン村」その一言で彼の古傷はうずいた。ゆるゆると顔を動かし、背後に立つ女の顔を睨む。
「マルトとヘーグ。一時期行方不明になってたんだって。船の上で忽然と姿を消して。村人総出であたり一体を探したそうよ。そこには、マルトの奥さんもいたんだって。マルトの奥さん、近くにある木にすがりついて『どうかマルトを。主人を返してください』って嘆いたんだって」
「はん。よくある物語じゃないか」
「それがね。そうでもないのよ。二人は、ココではないどこかへ行ったんだって」
「何故?」
「そうやって、すぐに理由を問い詰めるところ。童貞によくあるから止めてた方がいいよ。おりんりん。童貞くさい顔してるんだから」
前筆頭侍従形無し。彼は顔を真っ赤にし、何も言い返さない。よくわかりやすい男のリアクションに彼女は口の端を歪ませた。
「何故かは知らない。誰がそうしたのかもわからない。これはあくまでも私の推測。あの二人はね、王都と肩を並べられる“知”が欲しかった。彼らがいなくなった時期は、初夜権の始まりより前で、魔獣事件の後。その間、王都に行くとすれば、村の復興。王都は戦争に明け暮れている。そんな王都に自分達の要求を飲ませるのなら、やっぱり“知”がいるね」
そういうと、彼女は自分の米神を叩いた。
「その彼らの願いに誰かが答え、ココではないどこかへと連れ出した。船上から」
「で、そこまでして、二人は知恵を持って帰られたのか?」
「さぁ。でも、こうして物語として記録しているっていうのは、王都以外ないんじゃないかしら」
ベルは肩を竦め、オリヴァに近寄った。
「二人は失踪現場近くの森。大樹で見付かったわ。不思議な事に、捜索に来ていた奥さんに抱きついてね」
彼女は白い歯を見せると、マルトがしたように、彼の身体に抱きついた。童貞オリヴァ。彼の表情が苦悶に満ちている事を彼女は知っている。
「で、その大樹には不思議な記号が刻まれていたの」
そう言うと、彼女は、彼の背中に指で書いてみせた。
「まよいこ志るべ たづぬる方 マルト ヘーグ」