おっさん マイゴ コンビ マシマシ 迷走 チョモランマ 7
聖剣物語
12本の聖剣が世界を作り、人々は剣の力を借り生活をしている。
初夜編では、トリトン村が舞台となっている。
トリトン村で根付く初夜権の存在を確かめる物語である。
トリトン村で初夜権が生まれた理由。それは、魔獣がトリトン村を襲ったのが原因である。失われた村人を取り戻すべく、初夜権が生まれたのである。
トリトン村領主 マルトは魔獣討伐の先頭になっていた。討伐の際、彼は右手 左指数本。左眼球を失った。
マルトが負傷し、村の執政を支えたのが、村の唯一の医者ヘーグである。
現在公開されている部分まで読み、おべりすくに腰を据えている人物が聖剣物語の人物であると納得した。
マルトの左目を抉り出したような傷も。不自然に詰められた指。弱弱しい生命力。物怖じしない豪胆な口ぶり。
物語のどこを取っても、あの場にいるマルトそのものだった。
「電車で移動。知らない世界に迷い込む」
「まさに、きさらぎ駅。そのものやな」
「そうっす。ですが、『きさらぎ駅』はココへ迷い込むための手段でしかない」
「手段っちゅーことは、外側。中身があるっちゅーことやね」
「うっす。その中身は、まよひ子現象だと思うっす」
バストの一言にアヌは首を縦に振る。
まよひ子
その言葉がよく使われていたのは、大正時代以前であろう。
まよひ子。道に迷い、家に帰ることができない子供。
当時、子供が忽然と行方不明になると、まよひ子として大人たちは子供を捜索する。ナニカに拐わされぬよう、子供の名前を呼び、鐘や太鼓を響かせながら探す。しかし、親としては、いつまでも人手を煩わすわけにはいかない。ある時間を経た段階で、家族は、「子供は神隠しにあった」と発表し、方々の捜索を断念させるのだ。そして、捜索断念した日を子供の命日とする。それ以降、子供は「神隠し」にあい二度と元いた場所に戻ることはない。
「忽然といなくなった領主とその補佐。きっとトリトン村側でも必死の捜索が行われているでしょう」
「あそこの世界では、神さまがおらへんからどないうかわからへんけどな。せやけど、神隠しにあった。ってあちらさんが認定されればもう、聖剣物語の世界には戻られへんっていう事やな」
「そうっす。なので、あっち側が諦める前にこちら側はあの方達をお返ししなければならない」
アヌは納得した様子で首を縦に振る。解決方法が分かったのに、バストの表情は全く変わらない。
「それにあたり、絶対にやってはいけない事があるっす」
そう言うと、盆の上に置かれた白いマグカップの中身を流し台にぶちまけた。
ベシャリとへばりつく音の後、ゴポゴポとヘドロの臭いがこみ上げる。黄緑色の液体はシャラシャラと排水溝へ吸い込まれていった。
そのマグカップはおべりすくを訪れた秋文が使用していたもの。手が不自由なマルトの為に、アヌが用意したものだった。
「この世の食べ物は絶対に食べさせたら、ダメっす」
アヌは静かに首を縦に振る。
食べ物とは、人間がこの世にいるための楔である。この世にある食べ物を頂き、排泄物に変えて地に返す。人間の体を介した自然界の営み。こうして、人間は地面に根を下ろし生きることができる。人間の食事のコトワリは、この世に根付くために必要不可欠な行為。食事を摂ることを止めれば、人間とこの世の楔は弱くなっていき、最後はこの世から離れてしまう。
宮沢賢治は、愛する妹が死ぬ間際、彼女に「松にかかる雪」を食べさせたという。それは、この世から離れつつ妹に楔を打ち、少しでも長くこの世に留めさせるための兄の意地でもあったのだ。
「あの2人が、この世にあるものを口にすれば、彼らはこの世に根付いてしまうっす」
「それだけやあらへん。下手すれば、今と聖剣物語の世界が融合してしまう。最悪の場合、物語と現実の境すらあいまいになってまう」
世界の危機に、緊迫感ある口ぶりでやり取りされている。しかして、この緊迫感は身近な平穏世界が取り壊されることへの恐怖。
二人の脳内では、世界改変に激怒したシアが、HEP5最上階観覧車から、二人を簀巻きのまま紐なしバンジーをさせる未来が見えていた。
「でもな、ばっすん。どないしてあの2人を返すんや?」
「それは簡単ですよ。手段はきさらぎ駅。道を帰らせば良いっす」
きさらぎ駅には真偽不明だが一つの結末がある。
きさらぎ駅に迷い込んだ少女は7年後の時を経て現実世界に戻ってきた。
「ほな、阪急に乗させなあかんってことやな。せやったら、何線に乗せればえぇんや?」
バストはタブレットで地図アプリを開き、二人で梅田駅から伸びる3つのルートを確認する。
彼らは、船の中で寝ていた。気づいたら阪急電車に乗っていた。つまり、彼らが聖剣物語の世界からこちらの世界へ来たタイミングは川の上。そこで、川を多く渡る線を探したところ、一つの路線に可能性を見た。
「神戸線か」
阪急神戸線は、中津川 神崎川 猪名川 藻川といった比較的大きな河川を走る路線である。川の上が帰還のタイミングであれば、アヌの呟くとおり、彼らが乗る路線は決まった。
バストは続けて時刻表を開き、一番近い神戸線を調べる。
壁にかかる時計を見上げ、バストは叫んだ。
「アヌさん。15分後に特急があるっす。それに乗せるしか無いっすよ」
アヌも壁掛け時計を見つめる。
「ばっすん。実はな、あの時計、5分遅れてんねん」
アヌの告白の後、大の大人は、転がるようにして母屋を出るのであった。