おっさん マイゴ コンビ マシマシ 迷走 チョモランマ 6
「ほんま信じられへんわ」
思い返す度、たちの悪い頭痛に苛まされる。
ラジオを点けると、先程の試合は終わり、新しい試合が始まっていた。
先程の試合は、神奈川県代表校が11点をもぎとり、大差で勝利したらしい。アヌの脳裏には、うな垂れる高校球児の姿が映りこむ。
「ほら見てみぃ。ばっすんが応援させへんからこないな事になったやないかい」
もう一度溜息をつき、叩きつけるようにラジオの電源を切る。立ち上がり、しぶしぶ急須に茶葉を放り込んだ。
「湯のみ湯のみ」
コンロに火をかけ、湯のみを用意する。 ひーふーみーと数えているうちに、ふとあることに気づいた。
「そういや、あのオッさん」
マルトの事である。アヌはマルトに違和感を覚えていた。それは、彼が着用している手袋である。一見すると、当たり障りのない普通の手袋。だが、どこか不自然なのだ。十本指が揃っているようにも見える。だが、指の部分は丘のようなふくらみもあれば、平べったい箇所がある。稼動部分と静止部分も決まっている。片方の腕に集中してのことである。つまり、彼の手の指は欠けている部分があるのだ。
そう考えると、最初見たときの青白い顔色が自然に思える。マルトは口では豪胆な事を言うが、その生命力は枯葉のように脆いのだ。
(マルトのおっさんだけやあらへん。あの二人は不自然すぎる。あの二人の日本語上手すぎる。まるでずーっとココで生まれ育ってきたみたいやないかい。せやけど、あの二人は言った。ココやない。スナイル国とかいう場所から来てる。そんで王都に向かって――)
「アヌさん」
「ひやあああああああああん!」
アヌんの思考がブツリと切れる。 絹を切り裂くような甲高い声。彼の身体は少しだけ浮いていた。アヌは顔を赤くしながら、背後に立つバストをにらみつける。
「なっなっなっ。なにすんねん。自分」
「いや、声かけても反応しなかったの、アヌさんじゃないですか」
「知らへん知らへん。きこえていーひん」
やかんから、塊のような湯が吹き零れる。慌てて火を消し、そのまま急須に注ぎ込んだ。
「自分なりに考えてたんす」
「何を?」
「あの二人についてっす」
アヌは「そうかぁ」とだけ言うと、湯のみに茶を注ぐ。
「アヌさん。きさらぎ駅ってご存知ですか?」
「きさらぎ駅って。あのきさらぎ駅?」
バストは首を縦に振る。
きさらぎ駅。 今ではあまり語れる事の無くなった都市伝説である。
ある女性が電車に乗っていたところ、存在しない「きさらぎ駅」に到着する。駅に降り立つと、草原と山しかなかった。公衆電話もタクシーも見当たらず、彼女は、仕方なく線路を歩いて歩く事にするのだが「伊佐貫」というトンネルに差し掛かるのだが……。
これは、きさらぎ駅に迷い込んだ女性とネット掲示板の住人による4時間に渡るやりとりである。「伊佐貫」トンネル内で書かれた
635 :はすみ ◆KkRQjKFCDs: sage 04/01/09 03:44
もうバッテリーがピンチです。様子が変なので隙を見て逃げようと思っています。先程から訳のわからない独り言を呟きはじめました。いざという時の為に、一応これで最後の書き込みにします。
を最後に、彼女からの書き込みは途絶えた。
「似てませんか?」
「似てるっていうてもなぁ」
アヌは腕を組み、宙を見上げる。
「ばっすん。面白ろいと思うで。ソレ。せやけどな、きさらぎ駅は都市伝説や。あの物語は、現実世界から異世界へ紛れ込んだ。っていうのが前提にあるんやで。今回は現実世界から現実世界へ平行移動や。その前提が違うだけで似てるも似てへんも――」
アヌの話を遮るように、バストはタブレットを差し出した。
タブレットには、ネット小説の画面が表示されている。
タイトルは……。
「聖剣物語?」
バストは首を振り、指で物語を進めていく。
「読んでみてください」
初夜編 利己的な爪跡08のページを開いてみせた。
アヌはタブレットとバストの顔を交互に見合わせ、しぶしぶ物語を読み始めた。