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本日二話連投しますので、ご注意ください。
そして迎えた翌日水曜日の朝。
「……寝れんかった」
由紀は一晩中モヤモヤゴロゴロしていて、そのまま朝を迎えてしまった。
おかげでひどい顔をしている。
今日がバイト休みで本当に良かった。
――今の私、近藤を見たら逃げる自信があるわ。
由紀は重いため息を吐いてから起きると、両親はとっくに仕事に出かけて誰もいないダイニングで、一人モソモソと朝食を食べる。
すると――
ピーンポーン
エントランスからのインターフォンが鳴った。
宅配便だろうかとモニターを覗きに行くと、そこに映っていたのは見慣れた強面男子、近藤だった。
――は!?
モヤモヤの原因登場に、由紀の頭は真っ白になる。
『入れろ』
近藤はモニター越しに、いつかと同じで偉そうに言った。
そして「なんで?」と聞かずにエントランスの開閉ボタンを押してしまった自分は、相当テンパっていたのだと思う。
そのまましばらくモニター前でぼうっとしていたのだが。
「……あ、私今パジャマだ」
そう気が付いたとたんに、慌てて部屋に引っ込んで着替える羽目になった。
起きてそのまま朝食を食べていたので、顔すら洗っていない。
――これで会うとか、絶対に死ぬ!
由紀が身だしなみを整えようと格闘していると。
ピンポンピンポンピンポンピーンポーン
玄関前に到着したららしい近藤に呼び鈴を連打される。
「待て、ちょっと待て!」
聞こえないと思いつつも叫ばずにいられない。
今出て行っては乙女として駄目なのだ。
そうして由紀がなんとか身なりを整えて玄関を開ければ、バイクジャケットを着こんだ近藤が立っていた。
「一体なんでしょうかね?」
ゼーハー言いながら用件を問う由紀に、近藤は言った。
「走りに行くぞ」
この格好は、ランニングに誘っているわけではあるまい。
バイクでツーリングに行こうと言っているのだ。
「……なんで? また由梨枝さんにでもなんか言われた?」
行きたいならば一人で行けばいいだろうに、何故ここに来たのか。
おかげで由紀の心臓は病気かと思えるくらいにバクバクいっているのだが。
というかお店を手伝わなくていいのだろうか。
由紀の言葉に、近藤はムッと顔をしかめた。
「おめぇは、母さんに言われたんじゃなかったら駄目なのかよ」
「や、そんなんじゃ、ないけど、その」
駄目ではないが、心臓に悪い。しかし正直にそう言うのも恥ずかしい。
なにを言えばいいのかわからず黙ってしまった由紀に、近藤はガシガシと頭を掻いたかと思ったら、「あー、くそ!」と突然悪態をついた。
「うだうだ言ってないで、わかれ! 俺はおめぇをデートに誘いに来たんだ」
脅すような声音と裏腹な誘い文句に、由紀の中で時間が止まる。
そして再起動したら半ばパニック状態で、手を上げたり下げたりと忙しない。
――デート、今デートって言った!?
口を開くも言葉にならず、アウアウと呻くばかりの由紀に、近藤がさらに告げる。
「ジイさんと春香に頼んで、今日時間を空けたんだぞ」
――うわぁ、あの二人にか。
近藤をいじるのが好きそうな祖父と妹にお願いするとは、デカい犠牲を払ったらしい。
そうまでして、近藤は今ここに来たのだ。オカルト女をデートに誘うために。
「……私、色が見えるなんて言う変な女だよ?」
「そうだな」
考え直すなら今の内だという思いを込めた由紀の言葉に、近藤が頷く。
変な女とは思っているらしい。
「クラスでも地味で目立たない方だし」
「俺もおめぇの存在に気付いたのは最近だから、否定はしない」
「なにそれ酷い!」
実は近藤とは一年の頃も同じクラスだったのに、ずっと存在を知らなかったとはなんということだ。
――いや、違うだろう私。
論点を見失ってはいけない、問題は由紀の存在感の薄さではないはずだ。
「じゃなくて、だから、なんで私?」
どうして自分なんかがいいのだ。
近藤だったら付き合う相手だって選べるだろうに。
この疑問に対する近藤の答えは。
「知らねぇよ俺もそんなのは」
――知らねぇってアンタ。
あっけにとられた顔の由紀に、近藤は「ふん」と鼻を鳴らす。
「こういうのは、口で説明できるもんじゃねぇ。強いて言えばおめぇを誘いたかった、それだけだ」
これは、なんという殺し文句だろうか。
――にゃんこ近藤め、私の心臓を壊す気か!
口から心臓が飛び出そうというのは、まさに今の事を言うのではなかろうか。
きっと今の由紀は最高に挙動不審に違いない。
もう近藤を追い出して部屋の布団に籠りたくなった由紀だったが、そうは問屋が卸さないもので。
「それで、行くのか行かないのかどっちだ? ちなみに行かねぇという答えは受け付けない」
近藤がツーリングという名のデートについての答えを迫って来た。
それにしても行かないは受け付けないとは何事か。
「それ聞いてる意味なくない!?」
理不尽な言い方に「うがー!」と吠えたくなった由紀に、近藤が小さく笑った。
「いつも飄々としているおめぇでも、そんな風になるんだな」
確かに、由紀は感情を丸出しにすることはあまりない。
他人とは違うという秘密を抱えることが、由紀を感情の揺れの少ない性格に育て上げたのだろう。
けど、何故か近藤の前ではそれが崩れる。
――ああそうさ、認めてやろうじゃないの。
由紀は目の前の、近藤弘樹が好きなのだ。
「わかったわよ、行ってやろうじゃないの」
由紀が顎をつんと上げてそう言うと、近藤はホッとしたように目元を和らげた。
強気な言い方をしていても、緊張していたのだろうか。
そう思うと、目の前の強面が可愛く見えてくるから不思議である。
「じゃあ早く着替えて来い」
近藤はそう言って玄関から入ってリビングのソファーに腰を下ろし、待ちの体勢に入る。
「……覗かないでよね!」
「覗かれたくなけりゃ、早くしろ」
由紀はそんな言葉の応酬をした後、再び部屋に籠る。
この後自分史上最高に洋服選びで悩んだ末、近藤の突撃を受けるまであと少し。




