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「弘樹ちゃんも、成長しているの……?」
新開会長は考えてもみなかったというような顔をした後、由紀の差し出した二枚の写真に恐る恐る手を伸ばす。
由紀は写真を渡しながら語り掛けた。
「近藤くんを見守っている新開会長は、確かに恋をしてました」
初めて恋の色を見た時は、自身の紫色と混じり合うことなく、純粋なピンク色だった。
「けど、会長が近藤くんを守ろうとすればするほど、恋じゃなくなっていく」
由紀というライバルとみなした存在が視界に入ると、とたんに恋の色は紫色に飲み込まれて濁ってしまう。
「この恋は、会長にとって幸せなものですか?」
由紀の問いかけに、新開会長は沈黙した。
恋の色は育てていくもの。
過去の思い出に恋をして淀ませるのではなく、現在に恋をして変えていく。
それが健全な恋の在り方だ。
「『近藤弘樹』をないがしろにしていたら、いつか必ずお互いに傷付きますよ。そんな恋は、幸せな結果にならないのではないですか?」
近藤は新開会長にこのままストーカーを続けられても苦しいし、一線を越えて犯罪沙汰なんかになれば、やはり苦しむだろう。
恋する相手の害となる前に、新開会長は目を覚ますべきだ。
「近藤、弘樹……」
そう零して写真にじっと食い入るように見入っていた新開会長が、やがてボソリと呟いた。
「弘樹ちゃん……、こんな顔だった?」
「もう何年も前から、こんな顔でしたけど」
呆然とする彼女に、由紀は重々しく頷く。
春香の話では、兄妹で似ていると言われたのは十歳くらいまでで、その後の近藤は急激に今の顔に変化したという。
アルバムでも、その変化は如実に表れていた。
それに新開会長が同じ学校に通っていて、気付かないはずがない。
恐らく彼女は本人を目にしても、「弘樹ちゃんフィルター」越しにしか視認できていなかったのだろう。
「弘樹ちゃん……!」
写真に顔を伏せて、静かに泣き出した新開会長を、由紀は黙って見つめていた。
「弘樹ちゃん」の夢に浸っていた彼女は、ようやく目が覚めたのだ。
しばらく泣いていた新開会長は、やがて顔を上げる。
「そっか、弘樹ちゃんはもう立派な男なのね」
「結構な強面系で、天使の面影ゼロですよ」
止めを刺すわけではないが、事実をズバッと告げる。
ここで表現を和らげても、現実に立ち返ろうとしている新開会長のためにならない。
「強面系、確かにそうね。私ってば、今までなにが見えていたのかしらね」
しかし、新開会長は近藤の写真を見て小さく笑う。
その変化に、由紀はコッソリ眼鏡をずらして見た。
――色が、変わっている。
ドブ色ではなくなり、時折揺らいでいた黒い色も消え、なにより紫が濃い色から淡い色合いに変わっていた。
自分の悪い面を見つめるのは、誰でもしたくない。
由紀はそれを多少強引に推し進めたものの、新開会長の心の変化にはもっと時間をかけるものだと考えていた。
けれど、彼女はこの短い会話で心を建て直した。
――やっぱり、本当は強い人なんだ。
その強さを、間違った方向に使っていただけで。
初恋は彼女の色を濁らせてしまったけれど、恋の終わりが色をより良いものに変化させたなら、この恋は無意味なものではなかったのだ。
それはつまり、「近藤弘樹」は彼女にとって悪いものではなかったということでもある。
あの気遣い屋な近藤も、この結果に安心することだろう。
話している間にすっかり温くなったドリンクの残りを飲み干し、新開会長が聞いてきた。
「この写真、貰っていいの?」
「どうぞ、本人も了承済みですので」
二枚の写真の処遇について、由紀は頷いた。
恋の結末はどうであれ、幼馴染との思い出までも消すことはない。
「可愛い弘樹ちゃん」を思い出して一人ニマニマするのは、彼女の自由だろう。
新開会長は写真を仕舞い、真っ直ぐに由紀を見る。
「……夏休みの残りの間、一人でちゃんと考えるわ」
そう言った彼女は、理性的な生徒会長の顔をしていた。
「だからお店にも顔を出さないから、弘樹……近藤くんにもそう言っておいて」
「わかりました」
言い直した新開会長に、由紀はしっかりと頷いた。
「じゃあ、もう行くわ」
そう言って席を立った新開会長だったが、ふと振り返る。
「ねえ、今の近藤弘樹はどんな人?」
突然そんな質問をされて驚いた由紀だったが、自分の中に即座に浮かんだ答えを口にする。
「……優しい人だと思います」
「そう、ありがとう」
そう言った新開会長は、先にファミレスを出て行った。
しかも伝票を持って。
――もしかして、奢ってもらった?
なんというスマートな行動だろう。そしてこれこそ新開会長だという気がした。




