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「それって、明るい茶色の髪に青の目、白い肌の、羽を背負わせれば天使に見える愛らしさな幼児の近藤くんですか?」
「そんな言い方じゃ表現できないわ! 弘樹ちゃんはこの世のものとは思えない可愛さなんだから!」
尋ねた由紀に、新開会長が目をくわっと開き、噛みつくように言う。
これまで見た彼女の中で、恐らく今が最もテンションが高いだろう。
それから新開会長は、「弘樹ちゃん」との思い出を怒涛のように語り始めた。
「弘樹ちゃんと初めて会ったのは私が五歳の時ね。近所の子が同じ幼稚園に入るから、仲良くしてねと親に言われて引き合わされたのよ。あなたは知ってる? 弘樹ちゃんのあの髪は地毛だって。一目見て、私は天使って本当にいるんだと思ったわ」
そこから近藤のことをなにかと気にかけ、一人で寂しそうにしていたら遊んでやり、熱を出したらお見舞いに行きと、熱心にお世話をしたという。
「大勢の女の子に囲まれるとなにも言えなくなって、よく髪にリボンを結ばれていて、泣きべそをかいていたわ」
新開会長がさらっと近藤の黒歴史をバラす。
――可愛かったから、女の子扱いされちゃったのか。
リボンが似合いそうだなとは、由紀も写真を見て思ったことだ。
もしや近藤が当時を覚えていないのは、思い出したくない記憶を抹消したからではなかろうか。
「人に強く出られると流されちゃうし、繊細だから些細なことを気にして熱を出すし」
――その傾向は今でもあるな。
あの近藤の流され気にしぃな性格は、生まれ持ったものらしい。
「熱を出して苦しんでいるんじゃないか、いじめられて困っているんじゃないかって、気になって気になって……」
――近藤のオカンかアンタは。
こうして、新開会長の「弘樹ちゃん」への愛が止まらずに続いていく。
昨日、由梨枝が言っていたのだ。
『もしかして亜依子ちゃんの中では、未だに弘くんはこの姿なのかもしれないわね』
『……新開会長の目には、この強面が天使に見えているってことですか?』
そう尋ねた由紀はかなり無理があると思っていたが、その無理を押し通したからおかしなことになったのか。
幼児期、新開会長が近藤に一目惚れしたのはいい。
けれど彼女はそれから時が経っても、ずっと近藤のことは「弘樹ちゃん」で。
新開会長は近藤弘樹ではなく、「弘樹ちゃん」に恋をしているのだ。
――色が濁るわけだよ。
恋の色は人によって色彩が違う。
暗いピンク色だったり、まばゆいショッキングピンク色だったりと、色々なバリエーションがある。
何故なら、恋は相手を想って染まる色だから。
けれども新開会長は自分の記憶の中の「弘樹ちゃん」に恋をしていて、「弘樹ちゃん」は「近藤弘樹」ではない。
相手不在の一人よがりの恋だから、新開会長の恋の色はドブ色なのだ。
しかし、このままでは新開会長にとっても良くないだろう。
――確かにあの頃の近藤は可愛かったし、一目惚れしちゃったのはわかるけどさぁ。
けど近藤だって生身の人間なのだから、年を経るごとに成長するのだ。
「新開会長、目を覚ましましょうよ。天使な『弘樹ちゃん』は、もうこの世にいないんです」
「そんなことない! 弘樹ちゃんは今でも弘樹ちゃんだもの!」
説得を試みる由紀に、新開会長が猛反論する。
恐らく過去に誰かに同じようなことを言われたのだろう。
というか、ここ最近の彼女の店での問題行動が両親の耳に入って、説得を試みられたのかもしれない。
それでも彼女にとって「もう弘樹ちゃんじゃない」というのは、最も聞きたくない言葉なのだ。
けれど、由紀は言葉を続ける。
「そんなことありますって、見てくださいコレ。ほとんど別人だと思いませんか?」
そう言って新開会長の眼前に二枚の写真を突きつけた。
それは近藤の幼児の頃と現在との、ビフォーアフター写真だった。
ちなみに現在の写真は昨日のバイト終わりに撮ったものだ。
近藤はカメラのレンズを睨む癖があるのか、普段の二割増しで厳つい。
「あ、弘樹ちゃんの写真! それと……」
新開会長は「天使の弘樹ちゃん」の写真に食いつくと、もう一枚の写真を訝し気に見る。
「これは、現在の『弘樹ちゃん』の写真です。すごく厳ついでしょう?」
「嘘おっしゃい、弘樹ちゃんはこんなのじゃないわ」
由紀がずいっと押し出した強面写真を、新開会長が即否定する。
「こんなのなんです、現実の『近藤弘樹』は」
けれど、由紀は強い口調で言った。
「かつては『弘樹ちゃん』だった近藤くんも日々成長しているんです。昔を懐かしむのは新開会長の勝手ですが、本人の成長を否定しちゃ駄目だと思います」
写真は、ある意味本物よりもより現実を突きつける。
写真だと老けて見えるとか、印象が違って見えるというのもそういうことだ。
ちゃんと二つの写真を見比べて、「弘樹ちゃんフィルター」越しではない近藤を見てほしい。
「弘樹ちゃん」ではない、現在の「近藤弘樹」も認めてあげてほしい。




