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ショッピングモールに出かけた翌日の、バイトが休みの水曜日の昼前。
エアコンの効いた部屋でダラダラしている由紀に、由梨枝から連絡が入った。
『いいものを見せてあげたいの。お昼をごちそうするから食べに来ない?』
いいものとはなんだろうかと疑問を抱きつつ、由梨枝が作るお昼に釣られて、由紀は店に向かう。
思えば客として店に入るのは初めてだ。
最初に来た時は近藤に強制連行される形だったので、客とは言い難い。
「こんにちわー」
「いらっしゃい」
挨拶しながら入った由紀に声をかけたのは、カウンターのレジ横に座る、七十代くらいのおじさんだった。
「どこでも好きな所に座んなよ」
「えーと……」
気さくに席を勧めるおじさんに、由紀は「由梨枝さんに呼ばれました」と説明しようとしていると。
「まあ西田さん、いらっしゃい」
当の由梨枝が厨房から顔を出した。
「今注文がたてこんでいるから、ちょっとだけ待ってもらえる?」
「待ちますから、どうぞお構いなく」
由紀は由梨枝にそう返してカウンターの空いている席に座ると、レジ横のおじさんが話しかけて来た。
「アンタが弘樹が連れて来たっていうアルバイトの娘さんかい?」
「あ、はいそうです」
おじさんと話をし始めると、近藤がやって来た。
「なんだ、飯でも食いに来たのか?」
そう言う近藤は料理をテーブルに運んだ後らしく、トレイを手に持っている。
「うんにゃ、由梨枝さんに呼ばれたの」
「……母さんが?」
由紀がそう告げると、近藤はこのことを知らなかったらしく、眉をひそめる。
どうやら由梨枝は息子に内緒であったらしい。
「はっは、弘樹は仲間外れにされたか。僻むなよ」
「そんなんじゃねぇよ」
おじさんにいじられた近藤が嫌そうな顔をすると、由紀に紹介してくれた。
「こっち、うちのジイさんだ」
聞いた由紀は、たぶんそうかなとは思っていた。
――近藤はおじいさん似なんだな。
そう、近藤の強面のルーツを発見してしまったからだ。
腰を悪くしたという祖父は、孫息子にそっくりだった。
「腰の具合はいかがですか?」
「おう、だいぶマシになったさ。気持ちは若いつもりでも、身体が付いて行かなくていけねぇな」
由紀が尋ねると、おじさんがカラカラと笑って言う。
顔はそっくりでも、性格はずいぶんと違うようだ。
そこに、そっくりの孫息子の方の視線を感じた。
「なにさ」
「眼鏡は買ったのか?」
由紀が声をかけると、近藤が聞いてきた。
「ああこれ? 家にちゃんとスペアがあるのさ」
由紀は昨日とは違う眼鏡を示すように、眼鏡をかけ直した。
なにせ眼鏡がないと生活に困る身である。
うっかり壊した時のためにちゃんと用意してあったのだ。
もちろん昨日買ってもらった百均眼鏡は、第二のスペアとして保管している。
レンズが割れた眼鏡は、そのうち眼鏡屋に相談に行くつもりだ。
それにしても、由紀の昨日壊れた眼鏡を気にしていたらしい。
近藤のこういうところが、やはり繊細だなと思う。
「弘くーん」
ここで由梨枝が料理を運んで欲しいのか、近藤を呼んだ。
これにすぐに厨房に向かいかけた近藤だったが、ふと由紀を振り返る。
「待っているなら、なんか飲むか? 母さんが呼んだのならサービスだ」
「やった! じゃあアイスコーヒーで」
速攻リクエストをした由紀に頷いた近藤は、由梨枝から料理を受け取って運んでいく。
――奴の給仕姿が新鮮だな。
近藤の強面にお客さんがビビるかと思いきや、意外と反応が普通である。
元々の経営者である祖父がそもそも強面なので、客にも免疫があるのかもしれない。
きっと慣れが大事なのだろう。
こうやって近藤の働きぶりを観察していると。
「西田さんだったか、アンタは弘樹と学校でも仲がいいのかい?」
おじさんが尋ねてきた。
孫息子の学校生活が気になるのかもしれないけれど、生憎由紀には、近藤の学校での様子について語れることはなにもない。
「いえ、バイトに誘われた時に初めてまともに喋りました」
嘘を言っても仕方ないので、由紀は正直に言う。
学校でいつも近藤軍団に囲まれていることは、可哀想なので言わずにおいてやる。
本人も囲まれるなら、可愛い女子の方がいいだろうに。
――いや、それはそれでキョドりそうか。
由紀は想像するだけで、女子集団に慄く近藤が目に浮かぶ。
一方、由紀が近藤とさして仲良くないと知ったおじさんは、不思議そうに首を傾げる。
「じゃあなんで、うちで働こうと思ったんだい?」
実に最もな疑問に、由紀もそのままの事実を返す。
「逃げられなかったからですかね」
由紀の答えはこれに尽きる。
「はっは、そうかい! 弘樹は意外とナンパが上手いのかねぇ」
回答を聞いたおじさんは、可笑しそうに笑った。
――私って、にゃんこ近藤にナンパされたのか?
それは衝撃の事実である。




