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恋は虹色orドブ色?  作者: 黒辺あゆみ
第五話 地味女と眼鏡とコーヒー

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33/50

3

登校日の翌日は土曜日だ。

「おはようございまーす」

由紀が挨拶しながら店に入ると、コーヒーのいい香りが漂っていた。

 ――お客さんがいるの?

 そう思ってコーヒーの香りの元を探すも客らしき姿はなく、厨房を覗くと近藤がコーヒーを淹れてる。

 以前オレンジが痛むからとオレンジジュースを貰ったことはあったが、もしやコーヒーもそう言った期限が迫っているのだろうか。


 けれど、コーヒーを淹れている時の近藤の姿は、真剣でとても静かだ。

 由紀が眼鏡をずらして見ると、まるで集中しているのを邪魔しないようにしているみたいに、その纏う色までムラが消えてとても静かになる。

 ――この色は、とても綺麗だわ。

 しばらくコーヒーの香りと綺麗な色に魅入っていると。

「覗いてねぇで、入ってくればいいだろう」

由紀に気付いたらしい近藤がそう言った。

「どうして朝からコーヒー淹れてんのさ」

由紀が近寄りながら尋ねると、近藤はこちらをチラリと見て、またコーヒーに視線を戻す。


「別に、イライラしてたから」

ボソッとした声でそんな答えが返って来た。

 ――イライラで、コーヒー?

 甘いものを欲しがるというのは聞いたことがあるが、コーヒーが欲しくなるパターンもあるのだろうか。

 こんなことは人それぞれなのかもしれないので、由紀が敢えて突っ込まないでいると、お湯を注ぎ終えた近藤がポットを置いた。

「……昔ジイさんに言われたんだよ、イライラしている時はコーヒーでも淹れてろって」

聞かれていないのに、近藤が昔語りを始めた。


 近藤はグレていた中学時代、警察にやっかいになったことがあるという。

 その時両親が引き取りに行けなくて、変わりに現れたのが近藤の祖父だった。

 祖父は引き取った後にこの喫茶店に連れて来ると、ムスッとしていた近藤コーヒーの器具を押し付けたそうだ。

『そんな顔をしているなら、これでコーヒーでも淹れていろ。気持ちが落ち着くし美味しいコーヒーが飲めるし、一石二鳥だぞ』

近藤は意味がわからないと喚いたが、祖父は「いいからやれ」の一点張り。

 これをしないと帰れないと悟り、渋々言われるままにコーヒーを淹れたのだという。


「俺ぁそれまで、コーヒーは缶のヤツしか飲んだことがなかった」

それがコーヒーミルで豆を挽いてドリップしてと、初めて本格的なコーヒーを飲んだそうだ。

 缶コーヒーのものとは段違いの香りに、近藤は非常に驚いたらしい。

「それを飲んだら、自分がなににイライラして喧嘩をしたのか、全部忘れちまってな」

それ以来、イラつくことがあればこの店に押しかけ、コーヒーを淹れるようになったという。


 それからしばらくして両輪の離婚が決まり、由梨枝が祖父の喫茶店で働くようになると、学校から帰ると毎日コーヒーを淹れていた。

 すると自然と悪い仲間と遊ぶ機会が減っていき、やがて夜遊びをしなくなった。

「そんなわけで、今の俺があるのはこのコーヒーのおかげってわけだ」

静かな近藤の言葉が、由紀の心に染みる。

 ――私にとっての眼鏡が、近藤のコーヒーか。

 由紀が眼鏡をかけると普通の景色が見えるように、近藤はコーヒーを淹れると平静な自分を取り戻せるのか。


 由紀が伊達眼鏡をかけるようになったのも、ひょんなことがきっかけだ。

 幼少期の頃の由紀は、自分が見えているものは人には見えないと理解すると、自然と外出が減った。

 おかしなことを口走り、「へんな子」と言われるのが嫌だったのだ。

 その頃は今のマンションではなく、一軒家で祖母と一緒に暮らしていた。

 そんなある日、祖母の部屋に遊びに入った際、テーブルに置いてあった老眼鏡をかけてみたのだ。

『こら、目が悪くなるよ』

そう言って祖母が取り上げたそれは、由紀にとっては魔法の眼鏡だった。


『おばあちゃん、これ見えなくなる!』

祖母は最初、由紀がなにを言っているのかわからなかったという。

 目がいい子供が老眼鏡をかけると、見えなくなるのは当然だからだ。

 しかし、由紀が言いたいのはそうではなかった。

 しばらくして孫の言いたいことを理解した祖母は、由紀の手を引いて眼鏡屋に出かけ、度無しの眼鏡を作ってくれた。

 それ以来外が怖くなくなり、普通の子供と同じ生活が送れるようになったというわけだ。


 由紀はこの「色が見える」という性質を恨んだことが、当然ある。

 どうして他のみんなと同じに生まれてこなかったのかと。

 しかし普通の人と同じ視界を手に入れ、色で人の相性を見るようになって、自分が特別なんかじゃないと知った。

 なに不自由ないように見えるのにどす黒い色を纏う人や、障害があって不自由そうなのにとても綺麗な色を纏っている人など、世の中にはいろんな人がいる。

 悩みなんてものは誰にでも平等にあるもので。

 それとうまく付き合って行けるか、それとも付き合い方を間違うかで、人生が上手く回るか狂うかが決まるのかもしれない。

 人生をうまく回すきっかけを手に入れた由紀や近藤は、たぶん幸運なのだ。

「ほらよアイスコーヒー、クリームは作ってないがな」

話をしながら作っていたアイスコーヒーのグラスを、由紀に渡して来る。

 くれるというものは遠慮なく貰う。


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