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その後も、新開会長はほぼ毎日店に通った。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは弘樹」
相変わらずのすれ違う挨拶である。
新開会長はカウンター席に座り、厨房に雲隠れした近藤を切なそうに見つめ、注文を聞きに来る由紀を忌々しそうに睨む。
おそらく小学生の春香は新開会長が卒業するまで、この視線をずっと向けられていたのだろう。
――これを三年間されたらすっごい嫌だな。
だいたい近藤の実の妹に嫉妬しなくてもいいだろうに。
生徒会長としての彼女はそこそこ器が大きいと評判なのに、恋愛に関しては極狭だ。
新開会長は高校生活最後の夏休みなのだから、もっと有意義な時間を過ごせばいいのに。
それとも高校生活最後だからこそ、近藤を本気で落とそうと頑張っているのだろうか?
しかし、その頑張りは当の近藤には通じていないのだが。
こうして由紀の人生初のアルバイトでは色々なことがあったが、本日は夏休みの登校日だ。
教室では久しぶりに会う友達同士で花が咲いていた。
「おはよ、ほいお土産」
由紀も隣の席の柴田に挨拶しながら、早速ツーリング旅のお土産であるキーホルダーを渡す。
「ありがとー。写メ見たよ、笑っちゃった」
「でっしょ? これは絶対見せねばと思ったのさ」
柴田とそんな風に話していると。
「おはよう!」
中田が教室に入るなり、ズンズンとした足取りでこちらにやって来た。
「「おはよう」」
由紀と柴田がにこやかに挨拶するも、なぜか中田の表情が険しい。
――どうしたのさ一体?
怪訝な顔をする由紀の両肩を、中田がガシッと掴む。
「学校終わったらファミレス行くよね」
いきなりそんなことを言われた。
しかも疑問形ではなく断定形である。
「バイトもないし、いいけどさ」
由紀は特別断る理由も見当たらないため、頷く。
本日登校日は、由梨枝が休みにしてくれたのだ。
代わりに腰がだいぶ癒えてきた近藤の祖父が、会計係としてカウンターに座っているらしい。
「おっはよう、なになにどうしたの?」
下田も現れて、由紀に迫る中田を覗き込む。
「なんか、終わったらファミレスに行こうって」
柴田が下田に教えるが、そんなホンワカした雰囲気ではなかったと思う。
「いいねー、行こ行こ。この間に出た新メニューを食べたいんだぁ」
下田のおかげで、中田の表情も通常に戻った。
――ホント、なんなの?
由紀の疑問は、学校が終わるまで持ち越しとなる。
ちなみにこの日の近藤は、始業ギリギリに登校した。
夏休みの登校日なんて、授業なんてものはない。
ただ生徒が羽目を外し過ぎていないかという確認をするだけだ。
早々に終わった学校を出た田んぼ四人組は、予定通りにファミレスに向かう。
この時期は、移動のほんの十数分の暑さが辛い。
溶けそうになりながら店内に入ると、エアコンの涼しい風が迎えてくれる。
「涼しーい」
「天国だわ」
そんなことを言いながら空いている席を探して座る。
「なんにしようかなー」
冷たい麺が食べたい気がするが、涼しい場所で辛いものを食べたい気もする。迷った末に担々麺を選び、注文を終えてさあドリンクバーに行こうという時。
「ちょっと待て西田」
由紀の隣に座る中田が、肩を押さえてきた。
「なに?」
由紀が顔を向けると、中田がぐっと迫って来る。
――近い、近いから!
顔を押し戻す由紀に、中田が言った。
「吐け、あの写真の向かい側に座る男は誰だ?」
「……は?」
由紀はなんのことかと眉を顰める。
すると中田はスマホに例のハンバーガーの写真を表示して見せ、ぐぐっと拡大する。
「ほら、これよこれ!」
「なにがぁ?」
「どれどれ」
ビシッと指さす中田に、向かいの席の柴田と下田も顔を寄せる。
写真の隅に、時計をはめた腕がちょっとだけ写り込んでいた。
誰のだなんてわかりきっている、近藤の腕である。
――マジか。
由紀は背中に変な汗をかく。
写真を撮った時も後で確認した時も、全く気付かなかった。
だが、事実を素直に答えるのもマズい気がする。
高校生の男女が二人で一日旅をする、これを人はデートと呼ぶ。
相手が近藤だと知れば、三人から何を言われるか恐ろしい。
なにせ年齢イコール彼氏いない歴四人組でもあるのだ。
由紀は笑顔を取り繕い、ごまかしにかかる。
「やだなあ、お父さんに決まってる……」
「あんたんちは親二人とも会社勤めじゃん、平日に出かけないっしょ」
けれど、即座に中田に反論された。
「いや、有給とかさ」
「それにこの腕時計、若いコ向けのブランドだし。親世代はつけないって」
中田の論破に、由紀はぐうの音も出ない。
――にゃんこ近藤、もっと渋い時計をつけていろよ!
由紀は八つ当たりな言いがかりを近藤に向ける。
「あのハンバーガーの店だって雑誌で見たことある! 家族で行くっていうより、野郎仲間かカップルで行く店だよね!?」
中田の冴えまくる思考が止まらない。
確かに店内は野郎とその連れの女だけで、女子グループや家族連れなんていなかったけれども。
「さあ、誰と行った!」
由紀の意見を封じた中田が、まるで名探偵のような口調で問い詰める。
「確かに、コレ誰かなって私も思ったぁ」
下田までも中田に賛同してきた。
「そう? 私おっきいハンバーガーばっかり気になって、そんなのわからなかったわ」
緩い柴田の存在が和む。二人とも彼女を見習えばいいのに。
由紀が口を割るまで、カウント十秒。
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