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この質問に、春香は事も無げに言った。
「去年の夏休みは、一週間に三日くらいは朝から家まで誘いに押しかけて来てたんじゃないの? 夏休みに呼び鈴が鳴ると、『ああまたか』って思ったわ」
「え、家まで来てたの? メールとかじゃなくて?」
今時、小学生でもそんな誘い方は滅多にしないかもしれない。
小学生こそ塾や習い事で意外と忙しいので、事前確認は必須なのだ。
この朝からピンポン事件の、春香の解説によると。
「だって、弘兄ぃはあの人にアドレスなんて教えてないもの」
知らないからメールしようもなく、誘いたければ家に押しかけるしかない。
朝の朝食後の早い時間に、よく呼び鈴を鳴らされたという。
「……そうか」
近藤が出て行く前に捕まえようとして、早朝の行動になったのだろうか。
でも、ギリギリで迷惑行為に入るため、嫌がらせにもとれる行為だ。
――夢中になったら周りが見えない人なのかも。
それは恋愛における、一番やっかいなタイプといえる。
しかし、ここまで聞いて由紀には謎なのだが。
――新開会長って近藤の一体どこが好きなの?
春香の話からも、二人は幼い頃のご近所で同じ幼稚園だったという以上のつながりがないのだ。
これで近藤が超イケメンだというならば、ハッキリとしたきっかけがなくても執着するのはわからなくもない。
けれど相手は不良には人気があるが、一般生徒には不人気のあの近藤だ。
傍から見て「好き好き大好き!」となる要素が、どうにも見当たらない。
「ねえ、新開会長の近藤への一目惚れエピソードとかあった? なんか、あの人がそこまで執着する理由がわかんないんだけど」
由紀は首を傾げながら疑問を口にすると、春香も眉をひそめた。
「そんなの知らないわね。会った時にはもうあんなカンジだったし」
この答えを聞いて、由紀は「うーん」と唸る。
以前近藤に聞いた話を思い出しても、新開会長に対して「同じ学校に通っていた一つ年上の女子」という以上の話はなかった。
照れくさくて言わなかったエピソードがある可能性もないわけではないが、あの男は意外とそういう嘘というか隠し事が苦手だ。
そんな話があればポロっと零した気がする。
新開会長がああいう強面なのが趣味だっていうなら、それまでだ。
けれど近藤だって、赤ちゃんの頃から強面だったわけではあるまい。
幼稚園児の近藤のどこが、新開会長の心を突き動かしたのだろうか。
――うーむ、気になる。
由紀はまるで難解なパズルを解いているような気持になった。
一方。
「……入り辛い」
トイレから戻った近藤が話題が気まずいのか、厨房に入れないでいるのに、由紀はちゃんと気付いていたりするのだった。
由紀が休憩を終えたら、もう新開会長の姿はなかった。
由梨枝が言うには、由紀が休憩に引っ込んだ後、比較的早くに店を出たらしい。
「お客さんとしてきてくれるのはいいんだけどねぇ」
由梨枝が苦笑している。
「ここはホストクラブじゃない」という春香の意見に、由梨枝もおおむね同意なのだろう。
「いい加減に営業妨害なんだが、注意しても聞くかどうか」
近藤がため息を吐く。
自身の恋愛沙汰が引き起こしている事態なのだから、いたたまれないのだろう。
それにしても近藤に恋愛沙汰なんて、実に似合わない言葉である。
もっとチャラい男子ならばともかく、この強面顔の近藤だ。
――いや、不良だったころはある意味不良仲間にモテていたのか。
となると、とんだモテモテ男というわけである。
「モテる男は辛いってか、ギラギラしていた近藤くんや」
由紀は言いながら「ぷぷっ」と笑いを漏らした。
「おめぇ、その『ギラギラ』ってのはやめろ」
近藤が拳ぐりぐりの刑を脳天に仕掛けて来た。
どうやら本気で恥ずかしいワードだったらしい。近藤にとっての過去の黒歴史なのだろう。
「痛い痛い! もう言わない!」
速攻でギブアップした由紀を見て、近藤が大きく息を吐く。
「若さゆえの過ちだ、誰だってあるだろう」
歳をとった爺さんみたいな言い方だが、近藤はまだピチピチの十七歳のはずだ。
グリグリ攻撃の余韻の残る頭を抱えながら、由紀は一応、本人にも再度確認をする。
「ねえ、新開会長をこれで落とした的なエピソードって、なんかないの?」
「言っただろう、幼稚園児だった頃なんてほとんど覚えていない。いつが初対面だったのかも謎だ」
やはり近藤は全く覚えていないらしい。
幼い頃の一歳の差は肉体的にも身体的にも大きい上に、一般的に女の子の方が成長が早いと言う。
新開会長が覚えていて近藤が覚えていないことは、むしろ自然なのだろう。
――謎のカギは幼稚園児時代か。
なにか証拠資料でも残っていれば、推理のしようがあるのだが。




