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そんな話をした後、さっさと食べ終えた近藤が席を立った。
恐らくトイレだろう。
一人になった由紀は、由梨枝お手製焼きそばを堪能する。
「うまーい」
市販の麺が、どうしてこんなにモチモチになるのだろう。
由紀の母親が三パック入り焼きそばを買って作っても、焦げてカッチカチになっている麺がかなりの割合で混じっているのに。
しかも野菜をケチっていないのでボリューム満点だ。
――これで、また一つ食事の切ないポイントが増えたわ。
今後由紀はカップ焼きそばを食べる度に、この味を思い出してしまうことだろう。
そんな幸せであり切ない味の焼きそばを噛み締めていると、自宅に引っ込んでいたはずの春香が厨房に顔を出した。
「なにか忘れ物?」
由紀は春香が再度姿を見せた理由をそう推測したが、彼女これにはなにも言わず、近藤が座っていた椅子に座った。
「あの人、もしかして毎日来てるの?」
そう言ってカウンターの方を視線で指す。
春香の言う「あの人」とは、新開会長のことだろう。
「毎日来てるねぇ」
焼きそばのソースの味で喉が渇いた由紀は、冷蔵庫から出した麦茶を飲みながら、春香の言葉を肯定する。
「やっぱり……」
眉をひそめた春香が、ため息を吐いた。
「弘兄ぃが店を手伝うから、会える確率が高いと思ってるんだろうけど、ここはホストクラブかってーのよ」
春香も、先ほど由紀は思ったようなことを口にする。
やはり誰の目にもそう映るのだろう。
せっかくなので、春香にも新開会長の人となりについて聞いてみることにした。
近藤以外の視点だと、話が違うのかもしれない。
「新開会長とは、幼稚園の頃からの知り合いだって?」
焼きそばを食べながら由紀が尋ねると、春香が頷いた。
「そうね。付き合いの深さはともかく、時間は長いわね」
「じゃあ、あの人って昔から変わらないカンジ?」
さらに由紀が聞くと、春香は「うーん」と首を傾げた。
「正直、幼稚園の頃のことなんて覚えてないけど」
年が三つ違うので幼稚園で一緒になることはなく、春香の記憶にある新開会長は小学生からだという。
「小学校に入っての初登校で、危ないからって弘兄ぃと手を繋いで登校していたんだけど」
兄弟姉妹のいる子たちは、みんな似たような状況で歩いていたのだが。
「途中の交差点で、アタシのことをすっごい睨んでくる子がいるの」
当時の春香はその子に何故睨まれているのかわからず、学校に着くまでずっと泣いていて、近藤をひどく困らせたという。
その睨んでいた子が新開会長である。
「しばらくして、弘兄ぃと一緒にいるとその子に睨まれるってわかってさぁ」
ならば兄と一緒に登校するのを止めようと思ったものの、両親は春香が一人で登校するのを心配した。
そのため友達のお姉さんにお願いして、朝一緒に行ってもらうようにしたらしい。
春香が一年生の時、新開会長は四年生である。
――新一年生をガンつける四年生って。
小学生の三歳差は非常に大きい。
そんな相手にジェラシーを飛ばすとは、筋金入りである。
もしそんな女子がクラスにいたら、由紀なら絶対に近寄らない。
それから春香へのジェラシーは、新開会長が卒業するまで続いた。
「アタシはもう慣れちゃってスルーしてたけどさぁ、あの人弘兄ぃに近寄る女子がいると速攻で釘を刺しに行ってたらしくて」
実際春香の友達も、春香のことで近藤とちょっと立ち話をしていたら、階段の踊り場で待ち構えていた新開会長に、怖い顔で凄まれたらしい。
少しでも近藤に近付く女子がいれば、すぐさま飛んでいきけん制する。
その行動力はある意味感服するが、そういうのはイジメのカテゴリーに入る行動ではなかろうか。
「学校で問題にされなかったの?」
この由紀の疑問に、春香は肩を竦める。
「あの人がそんな風になるのって、弘兄ぃに関することだけだし」
新開会長は近藤に関わらない事には至って真面目で、教師の言うこともよく聞いた。
クラスでは学級委員長を務め、成績も優秀。
そんな絵にかいたような優等生の新開会長であるので、多少の悪い噂はあまり大きくならなかったという。
「例え先生に言っても問題にされないの。『あの新開がそんなことをするわけないだろう?』って」
「……なるほど」
優等生の新開会長を、学校側は信頼していたわけだ。
あまりしつこく言いに行けば、むしろ優秀な新開会長を妬んでそんな悪い話を流しているんだろう、とまで疑われる始末。
教師から信頼されているというのは、時折加害者と被害者の立場を逆転させる。
そうやって必死に女子を蹴散らしていた新開会長だったが、中学生になれば近藤も交友関係が広くなり、その人付き合いを全て把握するなんてできるはずもなく。
「学校だけが付き合いの場じゃないから。あの頃の弘兄ぃって、いわゆる不良って奴だったし」
春香の意見に、由紀も「そりゃそうだ」と納得する。
別に学校だけが世界じゃない。外には卒業生の先輩だっているし、他の中学の不良とだって知り合うだろう。




