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この時の由紀は、田んぼ仲間との美味しい物シェアの感覚しかなく。
シェアを嫌う人もいるけれど、あの三人はOKな人種である。
なので「一口ちょうだい」はコミュニケーションなのだ。
けれど由紀が今シェアしたいつもの田んぼ仲間と違い、近藤である。
そしてさらに、誰かと同じ食べ物を分け合った場合、時にその行為は間接キッスと言うのではなかろうか。
――うぁあああ!
声に出ない叫びが由紀の内心を駆け巡る。
むしろ声に出さなかった自制心を褒めたい。
乙女の端くれとして大事にすべきものを、アイスクリームの誘惑に負けてないがしろにしてしまった。
なんという乙女失格ぶりだろうか。
一口食べたまま固まった由紀を見て、近藤はガシガシと頭を掻く。
「おい、おめぇのアイス、溶けてるぞ」
「うぁ、もったいない!」
近藤の指摘で、由紀は手元のアイスクリームが暑さで溶けかけているのに気付き、再起動する。
――忘れよう、さっきのはちょっとうっかりしていたミスってことで。
そう自分に暗示をかけた由紀は、アイスクリームの溶ける早さと戦いに没頭するのだった。
そんな事件を孕んだアイスクリームタイムを終えて、由紀たちはまたバイクを走らせる。
現在山の中腹を通っている道路を、展望台に向かって登っているところだ。
周囲には牧草地帯が広がっており、そこで牛が何頭か呑気に寛いでいる。
――おおー、景色がいい!
景色が車の窓越しではなく、自分の周囲三百六十度に広がっているというのは、なかなか気持ちのいいものだ。
「すごーい、ひろーい、牛かわいいーい」
由紀がそう呟きながら後ろでキョロキョロしていると、捕まっている背中越しに近藤が笑った気配がした。
――人の感動を笑うな!
由紀が混同の背中をバシバシ叩くと、いっそう背中が震える。
そんなことがありながらも、やがて展望台に続く駐車場に到着した。
平日だというのにそこそこ車が停まっていて、バイクも数台ある。
みんな夏休みの週末を避けた観光客だろう。
「おぉー、ここに来たのっていつぶりかなぁ」
バイクを降りた由紀は懐かしさが込み上げてきて、しんみりとした口調で漏らす。
ここは由紀の地元でも人気の日帰り観光スポットで、小学生の頃は両親と遊びに来ていた。
しかし中学に入る頃になると、親と出かけるのが気恥ずかしくなったりする。
最近では遠出をするのなんて、正月の親戚周りとお盆のお墓参りくらいだ。
そんなわけで由紀にとって、観光目的の遠出は久しぶりだった。
しかも両親とではなく、遠足でもなく、何故か近藤との二人旅。
それを思うと変な気分だが、今はここを楽しむのが先だ。
「早く行こうよ、ほらほら」
「へいへい」
先行する由紀の後ろに、近藤が続く。
「やっぱ山の上は涼しーい」
「……だな」
はずみ足取りの由紀の言葉に、近藤も頷く。
この快適さを知ってしまうと、下界の熱帯の街に帰りたくない。
けどそんなわけにもいかないので、せいぜいここで英気を養って行くことにする。
二人で緩やかな坂道を上って展望台に向かっていると、夏休みだからだろう、パラグライダーをしている集団がいた。
それだけここは風が強いということでもある。
「へぇー、あんなにすぐに高いところまで行けるんだぁ」
「高所恐怖症でなけりゃ、いい景色だろうな」
感心する由紀に、近藤が身もふたもないことを言う。
だが確かに、どんなに絶景が見られるとしても、高い所が怖ければ罰ゲームでしかないだろう。
上空から聞こえてくる悲鳴が、歓声であることを祈りたい。
しばらくパラグライダーの様子を眺めた後、由紀たちは歩くのを再開して展望台に到着した。
崖になっている場所に手すりが付いており、その先は山の麓へ続く急斜面になっているため、遠くまでよく見える。
「ふぁー……」
由紀は感嘆の声を上げながら、手すりにつかまって身を乗り出し、山の麓を一望する。
遠くまで広がる街並みが、まるでミニチュアのようだ。
その景色の中に、自分たちのやって来た道が見えた。
「私たち、ずーっとあっちの方から来たのかぁ」
由紀はそう言って、風に煽られながらしばらく景色を眺める。
最初ドキドキしてバイクに乗って、風が気持ちよくて、でも途中からお尻が痛くなって、おじさんにアイスクリームの屋台を教えてもらって。そんな風にして近藤とやって来た道のりが、今目の前にある。
「なんかさぁ、今までは車の中からバイクが走っているのを見ても、あんまり良さがわからなかったんだけどさぁ」
由紀の言葉を、近藤が無言で聞いていた。
「バイクって、走っているだけでも楽しいんだね」
流れる景色や風の音を体感するのは、存外心地いいものだ。
傍から見ているだけでは分からなかった、新たな発見である。
「俺らにはいい景色を見るっていうのはついでで、本当の目的はバイクを走らせることだからな」
「なるほどねー」
走るためにバイクに乗る。由紀にもその気持ちがわかる気がする。




