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「ご注文は?」
「おわっ!」
後方からぬっと現れた由紀に、三人組がぎょっとして後ずさる。
「お前、お告げの西田!?」
「どーも」
彼らの一人が由紀のことを知っていたようで、名前を呼ばれて軽く頭を下げる。
他のクラスにもこのあだ名が知れ渡っているとは、認知度の高さを誇るべきか、怪しい奴だと思われていると悲しむべきか。
「マジで!?」
「この店、とうとう占いでも始めるのか?」
残りの二人もこちらをのぞき込むが、寄って来られると夏場のバイクジャケットは暑苦しいことこの上ない。
由紀が三人からススッと距離と空けると、厨房から出てきた近藤に背中が当たる。
「コイツ、夏休み中のバイトだ」
そう言って頭をポンと叩かれた。
「あー、そういやジイさん腰をやったんだっけか」
「占いはしてませんのでよろしく」
アルバイトがいる理由を悟った三人に、由紀がピッと片手を上げる。
その後それぞれカウンター席に座り出した三人に、近藤が問いかける。
「今日はどこまで行くんだ?」
「山だよ山」
「この時期に海なんて行っても、人を見るだけだしなー」
「言えてる。あ、俺たちアイスコーヒーな」
答えながら最後に注文を受けたので、近藤が厨房に入ってコーヒーを淹れ始める。
――仲良しさんか。
由紀はチラリと眼鏡をずらして三人を見ると、彼らはそれぞれ緑や青系の色の綺麗な色をしていた。
「なんで西田はここでバイトしてるんだ?」
三人組の一人が尋ねる。
近藤と由紀は夏休み前、同じクラスという繋がりしかなく、特別親しかったわけでもないので当然の疑問だろう。
「……勧誘されたから」
由紀はかなり優しい言い方で説明する。
真実は強引に引っ張って来られたのだが。
「へーえ、アイツ西田みたいなのと話すんだ」
この「西田みたいな」というのがどういう意味なのか、言われずともわかる。
地味女と言いたいのだろう。
「いつも近くにいる奴らと毛色が違うな」
「言えてる、アイツらいかにもヤンキーだもんさ。一般人は寄れねぇって」
彼らから見ても、近藤軍団は遠巻きにしたい連中らしい。
そんな会話をしているとアイスコーヒーが運ばれて来た。
オープン前のまだ他の客のいない時間だからだろう、近藤自身もアイスコーヒーの入ったグラスを持ってカウンターの前に立つ。
「ほれ、お前の分だ」
そしてこちらにもおすそ分けが与えられる。
――やった!
由紀はいそいそとカウンターの隅の席に座り、クリームとシロップの入った器を引き寄せ、グラスに投入する。
クリームをたっぷり入れるのが、由紀の好みだ。
「休み始まりたてだから、どこも多いんじゃねぇの?」
「けど夏休み一発目の日曜は、やっぱ出かけたいだろー!」
「でも、男三人はムサイよなぁ」
「言うなよそれ、泣きたくなるから」
こんな風に男子トークが盛り上がっているのを聞き流していると、由紀の近くに座っている人が声を掛けてきた。
「なあなあ、西田の相性診断って当たるんだって?」
――相性診断ってか。
女子トークだとたまに振られる話題だが、男子から来るとは思わなかった。
男子も意外と恋バナが好きなのだろうか。
「まあ、そこそこ?」
曖昧に答える由紀に、彼はかぶりついてきた。
「一年の永野愛花ちゃん、俺脈あると思うか!?」
永野愛花は学校で有名な美少女で、学校のアイドル的存在である。
「お前、まだ言ってんのか」
「無理だって、ぜってぇ競争率たけぇぞ」
「聞かぬが花かもしれんぞ」
呆れ顔の他の三人に、彼はバンバンとテーブルを叩く。
「だって可愛いじゃんかよぅ!」
由紀も田んぼ仲間の野次馬に付き合って見に行ったことがあるが、永野愛花は確かに可愛い。
そして彼は彼女と同じ中学出身らしい。
買い物で使うスーパーマーケットが同じで、そこでたまに見かけるのだという。
――あの娘は確か、青系統の色か。
そして彼の色も青系統だ。
「相性としては、いい方だと思うけど」
「え、マジで!?」
ボソッと由紀が呟くと、彼は表情を輝かせる。
「もし愛花ちゃんを誘い出すのに成功したら、案外アリかもよ?」
由紀のアドバイスに、男子どもがざわつく。
「うおぉお、やる気出た!」
「おいおい」
「本気か?」
「……」
慄く男子を横目に、由紀はアイスコーヒーをズズっと啜った。
賑やかな三人組がツーリングに出かけると、もうじきオープン時間となる。
由梨枝を手伝ってお皿を準備したりしていると、近藤がもの言いたげな視線を向けていることに気付く。
「なに?」
「昨日とは逆だな」と思いつつ由紀が向き直ると、近藤は一瞬悩むようなそぶりを見せて、口を開いた。
「……相性診断はなにが根拠かと思ってな」
ボソボソと近藤が喋る。
今までも似たような疑問を持たれたが、占いみたいなものだと説明してきた。
「根拠ね、色」
だがこの時の由紀は、何故か本当のことがスルリと出た。
「……は、色?」
「そう、その人たちの色」
――なに言ってるんだろ、私。
呆れられるか馬鹿にされるだろうに、自分から教えてどうするのだ。
「ふぅん、色か」
けれど近藤は何故か頷いた。
「……信じるの?」
まさか納得されると思っていなかったので、由紀は反対にビビる。
一方の近藤はスッキリした顔をしている。
「信じるも信じないも 色占いっていうのは、雑誌なんかでたまに見るだろ? ソレを当てにするかは本人の勝手だ」
占いだと思われたのはいつものことだが、「色で判断する」というのを、しかも近藤に受け入れられるとは驚きだ。
――ていうか、占いが載っている雑誌を読むのか。
由紀にはそっちの方が驚きかもしれない。




