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第三話「さっちゃんと夢の宮殿」

 今回から話が動き出します。……たぶん。

 某京都垢坂。メトロのすぐそばにある垢坂サカス……の近くに寄り添うように立つ『世話越商事(よわごししょうじ)』本社ビルにある、従業員休憩室。


「間條さん、さっきの対応は何なの?」

「はい……」


 時刻は昼休憩に入った正午過ぎ。

 早紀はがっつり説教されていた。昼休憩からがっつりと先輩のベテラン受付嬢の野上さん(35)に怒られている。


「営業課の大戸さんの出張は明日からでしょ。ちゃんとお取次ぎしないと先方のお客様が困っちゃうじゃない」

「はい……」


 しかも完全に早紀のしでかしたミスが原因で怒られている。どう考えても早紀が悪いのでぐうの音も出ない。早紀を見つめる野上さんがどんな目をしているかは眼鏡が室内光を反射していてよくわからないが、恐らく呆れた顔をしているのだろう。

 野上さんは軽くため息をつくと、「もうあなたも若手じゃないんだから気をつけましょうね」と言って休憩室を後にした。野上さんは毎回毎回声を荒げることなく、不条理に人を責めることなく粛々と正論でもってこちらを諭すように説教をする。つまるところ直情径行な早紀の一番苦手なタイプである。

 叱られた後に飲むコーヒーはとてもまずい。最近は野上さんと一緒に仕事をすることはなかったから、久しぶりに入ったらミスしてこれだ。


「なによなによ、すぐに訂正したからいいじゃない、まったく……」


 イラつきを晴らすかのようにブラックコーヒーを風呂上がりの牛乳のノリでガブガブ飲んでいると――


『ぴろりろりん☆ ぴろりろりん☆』


 昼下がりのオフィスにファンシーな着信音が鳴り響く。

 上司に詰められて項垂れていた若手男子社員や設備点検に来た作業着のおじちゃんや数人でわいわいおしゃべりしていたOLグループが一斉に早紀の方に注目したが――何事もなかったかのように食事に戻った。この会社では早紀のメルヘンな着メロを知らない者はいないのだ。

 早紀は足早に休憩室を抜けると、ほとんど人の通らない非常階段に出てマジカル☆ホンを開く。


『早紀センパイ、正夢界本部からのお呼び出しっす~! 頑張って穏便に済ませようと思ったけど無理だったっすすいません~』


 ネッコ・シーの申し訳なさそうな震え声が聞こえてくる。いつもなら仕事先に電話するなと怒っているところだが、この前ぼ台場でやらかした一連の落雷事件は一ミリくらい自分も責任があるため強くは出られない。

 早紀は軽くため息をついて無言で電話を切ると、腕時計を見て残りの休憩時間を確認した。業務開始まであと十五分……まあいけないことはないか。早紀は非常階段に腰掛けると目を閉じて両手を胸の中心に組む。段々マジカル☆リングから出た虹色の霧が早紀の全身を包み込む。そのまま早紀はほのかな眠気に身を任せまどろみの海に沈んでいった。夢の世界――正夢界へ。



♡♡♡♡♡



「――早紀センパイ……早紀センパイ!」

「ん……」


 まどろみから目覚めた早紀は、ゆっくり上体を起こすと目をこすりながら周囲を見渡した。四方から漂う甘ったるい匂いと着色料で染められたかのようなピンク色の空。正夢界の中枢部で間違いないようだ。

 一言で表すと『お菓子の国』といったところだろうか。早紀が腰掛ける柔らかい地面はふわふわの綿あめでできており、四角いサブレでできたまっすぐな道路沿いに棒に刺さった色々な形のキャンディーが、まるで街灯のように並んでいる。道路の果てには真っ白な宮殿のようなものが見える。あれが今回の目的地……妖精王の住むところだ。


「とりあえず行きましょう! 自分ができる限りカバーするんで早紀センパイはあまりコトを荒立てないようにお願いするっす!」


 ネッコ・シーは自分の胸を叩いて頼れる男(男かはわからないが)アピールをした。

 早紀はそれを無視して立ち上がると、足早にサブレの道を歩く。休憩明けまでに話を済ませないと野上さんにまた説教を喰らってしまう。「無視っすか~?」とネッコ・シーが困り顔で後に続く。

 サクッ、サクッと踏みしめるたびに美味しそうな音がするサブレの道を歩いてほどなく、お菓子の宮殿に辿り着いた。入口には門の両脇を固めるように西洋風の甲冑を身に纏った目つきの悪い二足歩行の猫が二匹立っている。


「身分を証明するものを提示しろ!」

「相変わらずのお役所仕事ね……」


 早紀がめんどくさそうに「ん」と人差し指に着けたマジカル☆リングを見せると、門番猫は舌打ちをして構えた槍を下げ、板チョコでできた門を開いた。

 玄関に足を踏み入れると、ミルクチョコ、ホワイトチョコ、苺チョコ、ビターチョコ、パイナップルチョコ……様々な扉が並んだ細長い廊下が早紀とネッコ・シーを出迎えた。行く先は早紀にもネッコ・シーにも分からないが、人差し指のリングには分かる。リングから漏れる虹色の光が伸びて、ビターチョコの扉を照らし出す。早紀がその扉を開けると、また同じようなチョコの扉だらけの廊下へ出た。早紀とネッコ・シーはリングに導かれるままにパイナップル、ホワイト、苺、アーモンド、キャラメル……色とりどりの扉から正しいものをひたすら開き、チョコレートの迷宮を進んでゆく。

 しばらくして扉を開くと、不意に迷宮を抜け、開けた部屋へと出た。

 赤い絨毯がまっすぐ伸び両脇には甲冑を着た猫たちが槍を構え、ズラリと並んでいる。そして絨毯は年老いた三毛猫の座る玉座へと通じている。早紀は居並ぶ甲冑猫たちの鋭い視線を意に介せず玉座へとまっすぐ歩きゆく。その後を「ま、待ってくださいよ~」と慌ててネッコ・シーが続く。


「貴様、あれ程の人前で魔法を使ってくれたそうじゃないカ……?」


 玉座の傍に立っている黄金の鎧を着た隻眼の白猫――ネッコ・エーが早紀の方を睨んで言った。エーは猫の兵士たちの隊長であり、玉座に座る長老の側近でもある。睨んでみたところで所詮猫なので早紀の膝くらいまでしか身長がないため全然すごみがない。

 早紀はふんっと鼻を鳴らすと、


「緊急だったから仕方なくよ、それともアンタたち雑魚猫があの化け物を倒せたの?」

「そういう話をしているんじゃない! 魔法少女の存在があんな形で世に回ってしまったらだナ――」

「まあまあ落ち着いて、早紀ちゃん、エーちゃん」


 突然、玉座の上で石像みたいに動かなかった三毛猫がもごもごと口を開いた。そのくぼんだ眼は開いているのか閉まっているのかよくわからない。耳は垂れているしひげもどこか張りがなく、全体的にくたびれているお婆ちゃん猫といったたたずまいだ。


「魔法少女の持つ力はニンゲンちゃんたちから見るととても恐ろしいもの。我々正夢界の住民はニンゲンちゃんの純粋な夢や希望から力を得て、それをもとに悪夢を倒している。分かるよね、さっちゃん」

「……」


 長老は老いた見た目とは裏腹に高くてよく通る声で、ゆっくりと諭すように早紀に語り掛ける。

 早紀は不機嫌そうに押し黙った。ネッコ・シーはエーと早紀の間に散る火花を見ておろおろと狼狽えている。


「魔法少女の力がもしもニンゲンちゃんにとって恐怖の対象になってしまえば、今のパワーバランスが一気に反転して悪夢が覇権を握る世の中になってしまう。それはダメだよね、さっちゃん」

「いつもアンタたちの尻拭いをしてるのはアタシなのに随分な言われようじゃない?」

「貴様! 長老に向かってどんな口の利き方ダ!」


 激昂したエーが帯刀していた剣を抜き、一瞬のうちに間合いを詰め早紀に激しい突きを放ってきた。が、早紀はそれを瞬き一つせず人差し指と中指で白刃取りをしてエーの動きをぴたりと封じた。エーは脂汗をかきながら剣を動かそうとしていたが、一切ピクリともしないからやがて諦めて剣を手放し長老の傍へと戻った。

 早紀は掴んでいたエーの剣を投げ返すと、長老を睨みながら、


「偉そうに説教垂れるなら、アタシのことクビにして新しい魔法少女を見つけなさいよ。アタシだって、後継者が見つかったんなら引退して家庭を築いて普通の幸せをつかンでやるわよ」


 そう吐き捨てた。あたかも引退したらすぐ結婚ができるかのような言い方だ。

 長老は困ったように眉を下げて、手を眉間に当てて「にゃあ~……」と困ったかのような鳴き声を漏らした。そしてしばらく黙り込んでいたがやがて頭を上げて、


「……早紀ちゃんが長い間魔法少女として頑張っていたのは紛れもない事実だからね。わかった、次の魔法少女候補を探そう」

「ええ!? 長老、それ本気っすか~!?」


 ネッコ・シーが驚きのあまり目を丸くして長老に詰め寄る。エーがそのネッコ・シーを「無礼者ガ!」と思い切りぶん殴られて吹き飛ばされ、早紀の足元に転がってきた。


「早紀センパイじゃないとあれだけ大量のナイトメアを、あれだけ迅速に被害を出さずに倒すのは無理っすよ! 今までの他の魔法少女候補はみんな駄目だったじゃないすか!」


 早紀のヒールに頭を踏みつけられながらネッコ・シーが長老に訴える。

 長老はネッコ・シーの言葉にうなずくと玉座から立ち上がり、エーの肩を借りながらと早紀の元へと歩み寄った。


「その通りだね、シーちゃん。……だから、さっちゃん。君自身が次の魔法少女を見つけるんだ、そして君が育てるんだ。若くて、強くて、可愛くて、素直で……そして若い魔法少女をね」

「悪かったわね、年増で可愛げのない魔法少女で」


 早紀がそう言うと、長老はふっと優しく微笑んだ。不思議な包容力のある笑みだった。

 早紀はその表情を見て、もはや長老たちと話すことはないといった態度で踵を返し来た道を戻り始めた。

 背後からエーの「こら、長老の話は終わってないゾ! あと貴様も肩貸せ……長老重い、寝ないデ!」という声が聞こえてくるが振り返らずに歩き続ける。もうそろそろ休憩時間が終わるから仕事に戻らないといけない。


「さ、早紀センパイ……本気で引退するつもりなんすか?」

「当たり前よ。二十九歳までには辞めて、絶対三十歳になるまでには結婚してやるンだから」


 早紀の瞳にはここ十年程いかなるナイトメアに対しても浮かべたことのない闘志が燃え上がっていた。

 金持ちと結婚、寿退社、世界一周新婚旅行、一姫二太郎……早紀の人生にはやらねばならぬ目標がたくさんある。こうして早紀は二十九歳の誕生日を目前に控えたある日、遂に引退を決意するのだった。


「ん……今何時……? ――ってもう二時!?」


 夢から目覚めることにより正夢界から帰還した早紀は腕時計を見て驚愕した。涎をぬぐうとすぐさま立ち上がりエレベーターから一階のエントランスに戻る。そしてきっちり野上さんに説教されるのであった。


 早紀の二十九歳の誕生日まで、あと三か月……。

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