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第二話「さっちゃんと下り龍」

「わぁ~おいしそ~!!」


 早紀はキラキラと目を輝かせながら目の前の馬鹿でかいパンケーキを見つめた。

 ここは某京都孕宿にある行列のできるパンケーキ屋さん。開店の一時間前からカップルや女子高生集団ばかりの列に一人で並び……一日二十食限定の『横綱パンケーキ』にありつくことができたのだ。分厚いパンケーキ三段重ねの上にドロドロと一瓶分くらいはありそうなラズベリージャムがかかっていて、更にその上にバニラアイス、チョコアイス、イチゴアイスの三色コンボ。キウイやイチゴやオレンジなどの新鮮なフルーツが所狭しと散りばめられ、トドメにソフトクリームのような量のとぐろを巻いた自家製生クリームがドカンと乗っている。お値段しめて税込二千五百円。絶対に一人で食べる量のパンケーキではないのだが早紀にはそんなのお構いなしだ。

 休日はいい。細かいことで怒る先輩も行き遅れている自分を鼻で笑う小生意気な後輩もいない。しかも自分がやりたい好きなことを誰の目も気にせずにすることができる。パシャパシャとひとしきりイ○スタ用の写真を撮り終えると早紀は涎を垂らしながら、両手を合わせて、


「いっただきま――」

『ぴろりろりろりん☆ ぴろりろりろりん☆』


 突如鳴り響いたメルヘンな着信音に、スマホをいじっていたJK集団や一つのクリームメロンソーダをベタなハート形ストローで二人で飲んでいたアツアツカップルたちが一斉に早紀の方を振り返る。早紀はこめかみに青筋が浮かんでいるのを悟られないように「ちょっとトイレ行こうかな~?」と苦しい言い訳とバキバキの作り笑いを浮かべて早足で店の外に一時避難した。


『早紀センパイ、某京湾に複数のナイトメアが出現っす! 至急応援願いたいっす!』

「おいゴミカス猫!! テメエなにせっかくの休日の真昼間に電話してきてンだよぶっ殺すぞ、もう絶対殺すからなオイ!!」

『ひ、ひぃ~! すいませんすいません! こっちも仕事なんで勘弁してくださいっす~!』

「ナイトメアもテメエも埋め立ててやるから覚悟しとけよ!」


 乱暴にマジカル☆ホンをぶった切るとすぐさま早紀は店内に戻り唖然とする客を余所目に、


「むぐっ! むぐっ! むぐっ……! とっても美味しかったですごちそうさま~♡」


 たった三口で大人四人がかりで丁度いいくらいのサイズの横綱パンケーキを綺麗に平らげると、早紀は生クリームがついたままの口元でパンケーキ屋の店長と思わしきおじさんに笑顔でお辞儀をした。そしてすぐさま店を飛び出ていった。カランカラン……静まり返った店内に出入り口のベルの音が鳴り響く。


「どんな大食いタレントでも完食に十五分はかかったのに……」


 パンケーキ屋を開いて十年になるベテラン店主が、稲妻のごとく去って行った早紀のエピソードを『瞬食の魔女』と称してSNSに書き込み、瞬く間にその存在が都市伝説になるのはまた別の話である……。



♡♡♡♡♡



 人気のいない路地裏を見つけて入り込むと、手早く早紀は魔法少女に変身する。

 ぎゅううう……先ほどパンケーキを食べたばかりでお腹が妊婦と見紛うくらいに膨れ上がっているのでただでさえタイトな衣装がまるで拷問器具のように容赦なく締め付けてくる。早紀は脂汗をかきながらも右手の人差し指に装着したリングから素早くステッキを取り出しコンクリートの壁に向かってペンであるかのように振り回した。ステッキの描いた軌跡は虹の光によって尾を引き、瞬く間に魔法陣が出来上がる。マジカル☆ステッキは本来こういう魔法陣を描いて使うためにあるものであって、ナイトメアを殴ったり突き刺したりするのに使うわけではない。まあ早紀はここ十年、真昼間に人に見られぬように行き来するため以外でステッキの魔法陣を用いたことは一度もないのだが。

 魔法陣はグルグルグルと回り出し――やがて突然真っ二つに割れて空間に穴ができた。早紀がその穴に飛び込むと魔法陣は何事もなかったかのように消えてしまった。


 某京湾に面したぼ台場のウジテレビ局前に置かれた特設ステージ。

 焼け付くようなアスファルトの照り返しの中、熱狂に沸く観客たちは今か今かとアーティストの登場を待っていた。


「それでは皆さんお待たせいたしました……只今より大人気韓流アーティスト『防犯少年団』が登場します」

『キャ――――――――――――!!』


 もはや歓声か悲鳴かも分からないくらいの黄色い声援でぼ台場が揺れ動く。埋立地だからきっと高周波の音声には弱いのだろう。

 熱狂の中ついに舞台袖から防犯少年団が飛び出した!


「アンニョンハセヨ! サランヘヨ! ミナサンモリアガッテマスカー!!」

『キャ――――――――――――!!』

「キムチサムゲタンチーズタッカルビッ!」

『キャ――――――――――――!!』

「オモニー!主にオモニ―!」

『キャ――――――――――――!!』

「〇△×%gw諾えrごえrひおsdpsw!!」

『キャ――――――――――――……? キャ―――――――――――――!!』


 長身痩躯のイケメンスターたちに続いて出てきたのは、この場に全く似つかわしくない真緑の短足の化け物だった。ぞろぞろと後から同じような緑の化け物が四匹続けて壇上に現れた。五体の緑のずんくりむっくりした化け物は触手みたいな腕を伸ばして呆然とする韓流アーティストからマイクをふんだくると、大きく息を吸い込み、


『へびでええ~~~~~~~はいくるとぅまいっはぁ~~~~~~~』


 なんと歌いだした。

 緑の化け物はなんと生意気にも高音低音パートに分かれてハモってきているのだ。

 珍妙な風貌の化け物五匹が奇怪なハーモニーを奏でながら熱唱するその様に観客は当惑している。韓流スターたちはステージの袖に引っ込み、代わりにやたらいかつい警備スタッフたちが壇上の緑の化け物を取り押さえにかかった。

 緑の化け物はマイクを握り歌う顔をスタッフの方へと向けた。すると屈強な警備スタッフが嘘のように泡を吹いてひっくり返った。五匹の化け物は次々とスタッフたちに顔を向け、失神させていく。あっという間にステージは五匹の化け物の独壇場となった。


「ひえ~、見るに堪えない顔面に自己満足のハーモニーがきついっす~」


 上空から様子をうかがっていた黒猫の精霊ネッコ・シーは特設ステージの惨状に顔をしかめ、猫耳をぺちゃりと抑えた。早紀を呼び出してもう五分になるが一向に到着する気配がない。もしやバックレたのでは……そんな一抹の不安がよぎったその時だった。


「うるさああああああああああああああああい!!」「ぎにゃっ!」


 突如超高速の何かがネッコ・シーの身体にぶち当たり、思わず間抜けな悲鳴を上げながら落下して尻餅をついた。一拍置いてコンクリートの床の上に落ちてきた筒状のそれは、トイレットペーパーの芯だった。


「早紀センパイ! お待ちしてたっす!」

「アンタ……食事中に呼び出すンじゃないわよ……」


 早紀は真っ青な顔でお腹を抱えながらネッコ・シーを睨んだ。

 タイトな魔法少女の衣装をいつも通りスマートに着こなしているが――明らかにお腹が膨張している。破水寸前のその危ういカーブを見たら誰でも電車で座席を譲ってしまうことだろう。


「センパイ……そのお腹……大丈夫っすか?」

「うるさいわね……さっさと片付けてアンタもグギュルルルルウウウウチュロロロロロロロロ――」


 早紀の腹からありえないレベルの腹の音が鳴る。どう考えても腹が痛いとかそんなレベルの音じゃない。お腹の中にガマガエルを百匹飼っているかのような轟音が鳴り響く。


「さっさと……片づけて……キャベ〇ン……」


 もはやそんな錠剤で何とかなるレベルの腹ではないだろう。

 ともあれ、いつもならここでネッコ・シーはフックを食らって月面まで飛ばされるか正拳突きでブラジルまで飛ばされているのだが、今日はそんな余裕はないのか早紀はすぐさまスイーパーを出してそれに飛び乗り特設ステージの方へと飛んで行った。

 誰もいなくなったステージで、五匹の化け物は気持ちよく歌い続けている。そして周りの観客はその気持ち悪い様子と謎のハーモニーに顔を真っ青にしている。


「グバダ――――――!」「fsfghj――――――!」「gでwx――――――!」「%$&#Ix――――――!」「醐婀娜――――――!!」

「うるせええええええええ!!」


 五匹の化け物の真ん中ののっぺりとした一匹に、空中からステージに飛び降りた早紀の拳がめり込む。骨格を粉砕してミシミシミシと明らかに到達してはいけない部位まで拳がめり込む音がする。早紀が拳を引き抜くとあっけなくのっぺりは倒れてしまった。


「悪いけどアンタたちの気持ち悪い歌声を聞いてたらお腹が痛くなってくンのよ……あののっぺりみたいにひしゃげてもらうわよ……?」


 その言葉と共に早紀は一瞬でその場から消えた。いや、一つ一つの動作があまりに速すぎて消えたように見えるのだ。


「オラ!」「gaohuっ!!」「オラッ」「dscなpっ!!」「おらおら!」「$%&##っ!!」「おらー!」「獄娜っ!!」


 一瞬のうちに残りの四匹も顔面に早紀の拳を喰らいその場に崩れ落ちた。


「よしっ、片付いたな……早く花摘みにいかないと……大きな一輪のひまわりを……」

「早紀センパイ! 煙がまだ出てないっす! まだやつらは――」


 ネッコ・シーがそう言い終わる前に早紀の身体が突然伸びてきた緑の触手でぐるぐる巻きにされた。早紀は「ちょ、ぐえっ」と苦しそうに呻く。倒れたはずの五匹の触手が油断した早紀の身体を捉えたのだ。


「奴らは五匹で一匹の化け物、『リトルグリーンモンスター』っす! 触手に高周波数のハーモニーが武器のナイトメアなんすよ!」

「そういうことは……先に……」


 早紀は尋常じゃない脂汗をかきながら必死に歯を食いしばっている。あの早紀をここまで苦しませるなんてこのリトルグリーンモンスター、只者ではない。


「グバダ――――――!」「fsfghj――――――!」「gでwx――――――!」「%$&#Ix――――――!」「醐婀娜――――――!!」


 触手で縛り上げた早紀を円形に囲むようにして、五者五様の歌声をハーモニーにして響かせる。大気がすさまじい勢いで振動して、特設ステージの鉄骨が小刻みに震えている。何というひどいハーモニーだ!

 リトルグリーンモンスターの触手締めと高周波ハーモニーをもろに浴びている早紀は脂汗をかきながら、「ホントに……やめ……」と弱弱しい声を漏らすしかない。リトルグリーンモンスターはその状況を好機と一層力を入れて締め上げ、ハーモニーを強める。振動していた鉄骨が耐え切れずに遂に崩壊しステージの屋根が崩れる。その音で観客たちは悲鳴を上げて押し合いへし合いこの場から去ろうと押し合いへし合いして柵が崩壊した。そして早紀も――


「もう、限界……」


 ゴロゴロゴロゴロピッシャ――――――――ン!!

 崩壊した。下り龍が、産み落とされる。


「アンタたち……」


 早紀は先ほどまでとは打って変わって静かな声色。早紀はアルカイクスマイルを浮かべたまま一匹一匹を見つめると、


「死になさい」


 晴れやかな顔のまま早紀は「覇っ!」と喝を入れた。

 それだけで早紀の身体を縛っていた触手は千切れ四散する。リトルグリーンモンスターはたじろいで一瞬歌うことをやめてしまう。その隙に早紀はリングから虹色の光と共にステッキを取り出す。それを大きく掲げると、素早く振り回して魔法陣を描く。


「マジカル☆サンダああああああああああああああああああああー!!」


 あらん限りの大声で叫んだ。

 瞬間、真っ青だった空に大きな黄色い魔法陣が現れた。そして魔法陣を二つに割るような黒い直線が走ったかと思うとパカリと空間が取り外されたかのように、真っ黒な穴が開く。その穴が一瞬真っ白な光を放つと――


「グバダ――――――!」「fsfghj――――――!」「gでwx――――――!」「%$&#Ix――――――!」「醐婀娜――――――!!」


 ゴロゴロゴロゴロピッシャ――――――――ン!!

 本日二匹目の下り龍がリトルグリーンモンスターを直撃する。目を開けていられないほどの稲光を放つ特設ステージ丸々程のサイズの雷がリトルグリーンモンスター五匹の身体を跡形もなく焼き払った。


「あっちゃ……これはまずいっすね……」


 事の顛末を見届けていたネッコ・シーは、ぷすぷすと黒い煙を上げる特設ステージだったところにできたクレーターを見て頭を抱えた。早紀の姿はもうどこにもない。恐らくはトイレだろう。

 観客たちは呆然と落雷跡を眺めていたが……やがて「キャ――――――――――――!!」と歓声を上げながら写真を撮り始めた。ここまで騒ぎになってしまってはもうネッコ・シーの力でここであった戦いを揉み消すことはできない。ネッコ・シーはクンクンと早紀の臭い――もとい匂いを嗅ぎつけるとステージ近くの仮設トイレに急行する。


「早紀センパイ……色々とまずいっすよこれ……」

「……今のアタシに喋りかけンな……」


 ゴロゴロゴロゴロピッシャ――――――――ン!!

 ゴロゴロゴロゴロピッシャ――――――――ン!!

 ゴロゴロゴロゴロピッシャ――――――――ン!!


 ……下り龍は夕方日が沈むまで産み落とされ続け、ネッコ・シーはその間ずっと仮設トイレに結界を張り続ける羽目になるのだった。

 これが魔法少女歴十八年のさっちゃんが、十年ぶりに戦闘で魔法を使った日の出来事である。

汚い話でごめんなさい。

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