007: 入学の手引き
学園の本鈴は九時で、綵、レーゼと惇を乗せた車輌は少し余裕をもって八時十分に王都の壁を通過した。王都の壁は近づいて見てみると予想以上に高く、見上げると首が痛くなる程の二十数メートルはありそうなそれにぽつんと開く門を潜った時は、立派な門なのにとても小さく見えた。そこから五分ほどのこれまた広い遊園地の駐車場のような広さのガレージにPz.Ⅲを停め、更に十五分ほど歩くとようやく本校舎である、石造りの灰色の建物に辿り着いた。
──たどり着いたのだが。
「これ、学校ですよね⋯⋯ ?」
「あぁ。凄いだろ?」
「わたしも始めてきた時は驚いたよ~」
そこは、これまでのスケールを裏切らない、どこかの王宮かと見間違うような高級さを持っていた。白い砂の道から階段を上がって石畳の道へ上がると、目の前には円形の広場に、廊下へ繋がる裏口らしい両開きの濃い木の扉と、それに連なる背の高い両開きの窓の列。ぐるっと右側を見ると、灰色の五階まである壁と、その上にのる朝陽に照らされる天廊の赤い屋根が見える。
「コンテワールの旧王城だ、壁の側って位置から安全の問題で王城の役割が王都の中央に移されてからは、うちの校舎として使われているらしいな」
「よく譲ってくださりましたね⋯⋯ 」
「二十年前に龍退治をした剣士とメイガスがいて、その褒美として城跡を剣士が貰って作ったとか。その剣士は今も教鞭とっているよ」
「メイガスの方は⋯⋯ ?」
「さぁな、あんま聞かないしな」
そんな雑談をしつつ裏口から中に入ると、延々と続いていそうな天井の高い廊下をひたすら歩いた。柱にかかるランプも、単なる魔力で光る電球のような魔法灯ではなく、ちゃんと焔が灯る形の魔法灯だった。柱と柱の間の間に挟まれるように掛かる絵画は、額の中で人間や動物がうろちょろと動く、とても珍しい空間が封入された絵画達。何から何まで高級さが溢れている。
「よし、ここだ。ちょっと待ってろ」
「はい」
職員室、と金色の文字で書かれた両開きの厚い扉の前で立ち止まり、惇が言う。裏口とは違い、とても濃い色だが茶色い扉だった。とても触れたくないような扉だったが、惇は慣れているらしく気にすることなくノックし、その扉を引いた。
「失礼します、剣術Ⅲ学科二回生 依川 惇です。橘内先生は── 」
「お、なんだい?」
広々とした職員室に少し大きめの声でそう呼ぶと、ひょい、と扉の隣から顔を洗っていたらしい橘内先生が顔を出した。女性の先生で、濡れているからかキラキラとした黒い瞳のその先生は、真っ黒い髪を腰のあたりまでのばし、秋らしい茶色のチノパンにブラウスを着込み、さらにその上に灰色のセーターを来ていた。
「入学希望者の授業見学の許可を頂きたいのですが」
「ん?あぁ、横の君だね。ようこそ、我が学園へ。剣技Ⅲ科を担当している橘内 しぐ だ。」
「お初にお目にかかります、レーゼと申します」
「レーゼちゃんね、よろしく。いきなりでなんだけれど、授業まで時間が無いし、単刀直入に聞くね、なぜこの学園に入学しようと?」
「はい、惇さんと同じ学校に通いたいと思いまして」
「おおぅ。なに、彼女なの。綵も居るのに二股かな?」
「わたしは彼女じゃないですし、レーゼも違いますっ!!」
「ははは、冗談だよ」
はぁ⋯⋯ と深い溜息をつく綵。このくだりも早くも本日二回目だ。
「希望学科は?」
「惇さんと同じものです」
「おー、一途だね、レーゼちゃん」
うーん、と少し橘内先生は考えるような素振りをし、すぐにレーゼに目線を戻した。
「そうだね、うちは基本的にどんな人でも歓迎するし、どんな人にも教えたいと思う。けれど、うちの教官の数や環境を考えると現実的に、そう簡単に誰でも入れることは出来ないんだ」
「はい」
「だから、悪いけれど入学試験── それも、途中入学だから厳しめのものを受けてもらうことになるけれど、大丈夫かな?」
「はい、わたしはどんな試験でも構いません。惇さんのため、合格してみせましょう」
「そうかぁ⋯⋯ いやまぁ、諦めないよねぇ⋯⋯ 」
自信あり、ということなのか微笑みながらそう言うレーゼに再び橘内先生は思い悩んだ。確かに、学園の方針としては少しでも多くの対魔物や国防に適した人材を育成するため、入学試験とは別に、途中入学も随時募集している。しかし、ここは世間から倍率が10倍を超えると言われるほどの学園だ。学園としてもできる限り多くの人を入学させたいのだが、様々な問題でそれが出来ずにこの倍率になってしまったということは言うまでもない。だからこそ、途中入学させた生徒が世間に納得が行く程の人材でなければいけないし、もしこのレーゼちゃんが入学に足らない場合、入学試験に落ちた人から批判が来てしまう。
はて、どうしたものか。惇は真面目に授業を受けてくれているし、成績も良いほうで教師の間での評判もそこそこ良い。綵も同じく。その二人が勧めてくるのだから、それほど問題はないのだろうが⋯⋯
「──わかった、取り敢えず、授業の見学については了解した。見学を許可しよう。入学の件は学園長に話して、授業の後に言い渡すこととしよう。授業は初めなくてはならないからね」
「はい、承知致しました」
「じゃあ惇、案内を頼んだよ。後でまた会おう」
「はい、分かりました」
橘内先生は、そう言うと職員室へ戻ろうと背を向けた、しかしふと思い出したかのように職員室の扉に手をかけたとき、こちらに顔を向けた。
「そうだ、あくまで志望は剣術Ⅲと扱っておくが、多くの学部を見るに越したことはないと思うし、綵の魔法学科も見学して行ってはどうかな?」
「魔法学科ですか?」
「ああ、受講者が少なくて、ウィズも寂しがっていたからな。準備室に居るだろうから、少しだけでも覗いていくと良いよ」
「リ、リーゼちゃんが来るの!?」
橘内先生がそう提案すると、パッと弾かれたように綵がその場で跳ねそうな程わかり易く反応した。
「リーゼちゃんが来てくれると、凄く嬉しいなぁ⋯⋯ 魔法学科は全然生徒が居なくて、寂しかったのよ」
「──綵もこう言っているし、どうかな」
「なるほど⋯⋯ 惇さん、どうしましょうか」
「ええっ、俺はリーゼのしたいようにしてくれれば良いけれど⋯⋯ そうだな、午前中は魔法学科に行って、午後にこっちに来れば良いんじゃないか?」
「──わかりました。では、そうします」
「うん、こっちも午後からのつもりで準備しておくよ。じゃあ二人とも、よろしく頼むよ」
橘内先生は今度こそ職員室の中へと消え、扉が重そうな音を立てて閉まった。扉の前に残された三人は、顔を見合わせると、ふぅと一息ついた。
「正直、ここまですんなりと受けてくださるとは思いませんでした」
「まぁ、俺も推した身としてなんだが、ここまですっと許可が下りるとは思わなかったな。良くて二、三日後かと思ってた」
「まあ、何にせよ見学は許されたんだから良かったじゃない」
「そうだな。よし、じゃあ行くか。案内するよ」
「はい、惇さんがどのような学校に通っているのか、この目でよく見ておきましょう」
遅くなりました!
そして短い!
申し訳ございません、ペースを上げますのでそれで勘弁してあげてください⋯⋯
もちろん、質は上げていきます!